「3月とはいえパリはさみーな」 2日後、俺たち4人はパリに来ていた。 「教会ここ左」 あきらがメモってきた教会の地図を見ながら言う。 あきらは相変わらずこういうところがまめで、俺たちは迷子になる心配がない。 その横で牧野がカメラを手にきょろきょろしている。 初めてのヨーロッパでかなり興奮しているようだった。
「美作さん、今度ここ!!」 「か・・・・かんべんしてくれよ、はずかしい」 あきらが引っ張りまわされ、閉口している様子を呆れて見る。 「何で銅像と写真撮るか。意味わかんねえ」 そう言う俺の横で、類がくすりと笑う。 「なんだよ」 「別に。そういうところがかわいいって顔してるから」 ちらりと意味深な視線を送られ、思わず言葉に詰まる。
―――こいつ・・・・・
「・・・・・なんで牧野の招待状を俺に渡した?考えてみりゃあ当日、空港ででも渡せば済むことだったのに」 俺の言葉に、類は楽しそうに笑った。 「今頃気付いた?総二郎にしては鈍いね」 「お前な・・・・・」 「好きなんでしょ、牧野のこと」 真っ直ぐに俺を見る類の瞳。 こいつの、何もかも見透かしたようなこの視線には弱い。 「・・・・・だから、何だよ。心配しなくても手なんかださねえよ」 「ふうん?いいの?それで」 「・・・・・どういう意味だよ。あいつは、司の彼女だ。今更俺が出てったところでどうにもならねえよ」 「そうかな?」 穏やかな笑みを浮かべる類。 その表情からは類の気持ちを読み取ることはできない。 「この1年、牧野がどんなに寂しい思いをしてたか知ってる。類、お前だって見て来ただろ?」 「うん。だから俺はなるべく牧野の傍にいようと思った。俺じゃ司の代わりにはなれないけど、少しでも気が紛れれば良いと思ったから。でも・・・・・最近の牧野は少し変わったよ」 「変わった?どう―――」 どういう風に?と聞こうとして、牧野の声に遮られる。 「ああっ、フィルム切れちゃった」 その声に、がっくりと項垂れる。 ―――なんでデジカメじゃねえんだ、この時代に
「―――お前写真撮りすぎ」 俺が声をかけると、振り向きながら拗ねたように眉を寄せる。 「だって初ヨーロッパなんだもん。何でほぼ日帰りなの」 牧野の言葉に、あきらがふっと笑う。 「俺が、2日後にデートがあるから」 その言葉に、牧野が心底呆れたようにあきらをじろりと見る。 「そろそろ始まる」 類が時計を見て言うと、牧野がまた慌てたように口を開く。 「あっ、あたしフィルムとってすぐ行く」 「1人で大丈夫かよ」 あきらの言葉に、俺が答える。 「俺が一緒に行くよ。牧野1人じゃ絶対迷子だ」 「平気だってば!」 「いいから、急ぐぞ」 そう言って牧野の腕を取り、走り出した・・・・・。
「持ってきた?」 ホテルの部屋から戻ってきた牧野に聞く。 「うん。ごめんね、つきあわせて」 「いいよ。ほら、急ぐぞ」 そうしてまたホテルを出て走り出す。
暫くすると、牧野が口を開いた。 「・・・・・西門さんも、2日後にデート?」 「あん?なんだそりゃ」 「美作さんが言ってたから・・・・・西門さんもそうかなって」 「・・・・俺は、デートの約束なんかねえよ」 「ふーん・・・・・」 なんとなく歯切れの悪い牧野を、走りながらちらりと見る。 「何だよ?らしくねえな。言いたいことははっきり言えよ」 「べ、別に・・・・。それよりも急がなきゃ」 俺から目を逸らした牧野の頬が、微かに赤く染まっていた。
たったそれだけのことなのに、胸がざわつく。
どうってことはない。期待なんかするな。
自分に言い聞かせる。
「こっちの方が近いかな」 牧野の声にはっとする。 人通りのない、薄暗い横道に入っていく牧野。 「おい、ちょっと待てよ、この辺はあんまり治安が―――」 「だって時間ないじゃない。大丈夫だよ、すぐに通り抜ければ―――」 そう言って俺のほうを振り返りながらも先に進む牧野。
薄暗かったのと、牧野のことしか見てなかったのとで、気付くのが遅れた。
牧野のすぐ傍に、人の気配。
気付いて牧野の手を取ろうとした、その瞬間だった。
―――ドスンッ
誰かが牧野にぶつかり、牧野はそのまま崩れるように倒れた・・・・・。
「牧野!!」
|