「―――懐かしい」
ここへ来るのは何年振りだろう。
英徳高校の非常階段。
ここへは本当によく来ていたから・・・・・。
「でしょ?やっぱり牧野と来るならここだと思って」
そう言って類が笑った。
「ごめんね、付き合わせて」
「別に。俺がそうしたいと思ったからそうしてるだけ。総二郎と結婚して、もう2人で出かけるのなんか無理だと思ってたからうれしいよ」
いつものように話す類が、あたしの棘棘した心を癒してくれるみたいだった。
「忙しそうだね。ちゃんと休みとかとってる?」
「適当にね。俺、どこでも寝られるタイプだから、移動中の車の中とかでちゃんと睡眠はとってるよ」
「それだけじゃ心配だよ。働きすぎて、倒れたりしないでよね。フランスじゃ、すぐにお見舞いにも行けないし」
あたしの言葉に、類がくすりと笑う。
「心配してくれるの?」
小首を傾げ、あたしを見つめるビー玉のような瞳。
どきんと胸が鳴る。
昔から、類のこの目には弱いんだ。
「そ、そりゃあ、友達だもん。当然でしょ?」
赤くなった顔を隠すように、あたしはくるりと向きを変え、手すりにもたれてそこからの景色を見た。
「そうだね。俺も―――つくしのことはいつも心配してるよ」
あたしの隣で、同じように手すりにもたれる類。
「総二郎は、今が忙しい時期なんでしょ?少し落ち着けば、きっと何とかしてくれるよ」
「ん―――大丈夫。仲悪いわけじゃないよ、お義母さまとだって。ただ、意見が合わないことが多いだけ。人物的には、嫌いじゃないの。今までの苦労とか、妻としての気持ちとか、母親としての気持ちとか、わからないでもないし。ただ―――何でも言う通りにできないのが、あたしの性格っていうか・・・・・もうちょっとあたしが素直になればいいんだろうけど」
「へえ、それはちゃんとわかってるんだね」
冷やかすような類の言葉に、あたしは顔をしかめた。
「そりゃ、ね。あたしだってもう高校生とかじゃないし。でも、なかなか思うようにはいかないの」
「ん、それもわかる。2人の性格考えると。意外と、似てるのかもって気がするけどね」
「ええ!?」
あたしが驚いて声を上げると、類がぷっと吹き出す。
「相変わらず、反応は素直だな」
「類!あたしで遊んでるでしょ」
「ごめん、楽しくって・・・・・」
くすくすと笑い続ける類。
そんな笑顔を見るのも久しぶりで。
相変わらずのきれいな顔をじっと見つめてしまう。
「類は―――恋人は、いないの?」
あたしの言葉に、笑うのをピタリと止める類。
「―――いると、思う?俺に」
「だって・・・・・類みたいな人、周りの女の人が放って置くはずないもん。その中に、きっと素敵な人だって・・・・・」
「いないよ」
きっぱりと否定する類の、強い口調にちょっとどきりとする。
「そんなの、いない。確かに顔だけならきれいな女はたくさんいると思うけど。でも、それだけじゃ好きにならない。付き合うなら・・・・・俺はやっぱり―――」
そこまで言って言葉を切ると、類はあたしのほうに体を向け、じっと見つめてきた。
まっすぐな視線から逃れることができなくて。
あたしはそのまま固まってしまった。
「―――おれはずっと、牧野だけを見てきた。例え牧野の相手が俺じゃなくても―――牧野が幸せならそれでいい。だから今回も、ただ手助けしたくて、それで連れ出してあげたつもりだけど」
いつの間にか、呼び方が牧野に戻っている。
類のひんやりした掌が、あたしの髪に触れる。
「もしかしたら―――少しは期待してたのかもしれない。まだ、望みはあるって―――」
目を、そらすことができない。
「望み、って・・・・・」
「このままあんたを連れ去ったら・・・・・どうなるかな」
「何、言ってるの―――」
「喧嘩ばっかりで、そのたびに家を飛び出してあきら頼って・・・・・それで、うまくやっていけるの?これからもずっと・・・・・俺のとこに来れば、もうそんな思いもしないですむよ」
「―――類・・・・・?」
なんだか妙な気がしていた。
類の瞳は相変わらずきれいに透き通っていて。
その瞳に吸い込まれそうになる。
類の顔が近づき、唇が触れそうになるところまで、あたしはその瞳に見惚れていて動けなかった。
寸でのところで、はっとして離れようとするけれど。
あたしの体はしっかりと類の腕に捕まえられていて。
「ここで、俺が離すと思う・・・・・?」
その言葉に、答えたのはあたしじゃなかった―――。
「―――つくしを、離せよ」
はっとして階段の方を見ると。
そこには、不機嫌に顔を強張らせた総二郎が立っていた・・・・・。
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