「ドイツ・・・・・?」 突然のことで、頭が回らない。 美作さんは相変わらず穏やかな表情で、あたしを見つめている。
「・・・・・さっきの電話?急に決まったの?」 類の言葉に、美作さんは肩をすくめた。 「決定したのはついさっきだけど、話があったのは結構前。まだフランスにいた頃だよ」 「そんな前から?どうして・・・・・」 言ってくれなかったのだろうと、少し悲しい気持ちになる。 「決定してから言おうと思ってたんだ。あんまり早くからわかっちまうと、うろたえ出すやつがいるから」 にやりと笑ってあたしを見る。 「あ、あたしは、だって・・・・・日本に帰ってきてから3ヶ月しか・・・・・」 「だから、元々ドイツに行く準備のために戻ったんだ」 「ま、今まで偶然が重なっただけで、実際1年前にそうなる予定だったんだ。仕事じゃあしょうがねえだろ」 西門さんがわざと明るい口調で言う。 だけどその声はどこか遠くから聞こえてくるようで・・・・・ 「・・・・・つくし?大丈夫?」 類があたしの肩を抱く。 「あ・・・・・うん。ちょっとびっくりして・・・・・」
類と西門さんがちらりと目を見交わす。 「・・・・・わりい、類。ちょっと牧野貸してくれるか」 美作さんの言葉に類は溜め息をつき、口を開いた。 「わかった」 その言葉に、美作さんは席を立ち、あたしを促し窓からテラスへと出た。 あたしも、その後を着いていく。
「悪い。そんな顔させるつもりはなかったんだ」 溜息をつきつつ、優しくあたしを見つめる美作さんに、胸が苦しくなる。 「ううん・・・・・。考えてみれば、西門さんの言うとおりだよね。たまたま、仕事で行った先が同じだっただけで・・・・・でもなんだか、ずっと一緒で・・・・・・傍にいることが当たり前みたいになっちゃってて・・・・・実感、湧かない。いつ行くの?」 「・・・・・来週」 美作さんの言葉に、あたしは目を丸くする。 「来週!?そんなに急に・・・・・」 「牧野、聞いてくれ」 美作さんの顔が、急に真剣なものに変わる。 そっとあたしの肩に置かれた彼の手に、力がこもる。 「美作さん・・・・・・?」 「俺が、お前たちの傍にいたのは、偶然じゃない」 「え・・・・・?」 思いもしなかった話に、あたしは愕然とする。 「俺が、お前たちの傍にいられるよう、父親に言って仕事の場所を調整してもらってたんだ」 「なんで・・・・・・」 あたしの言葉に、美作さんはふっとまた優しい笑みを浮かべた。 「お前が、心配だった。司と別れ、類とも別れた時のこと、今でも覚えてる。お前は辛いときもそれを全部自分の胸の内に閉まっちまうところがある。そうして結局爆発するまで放っといて・・・・・類が婚約した時のことだって覚えてるだろ?自暴自棄になって、俺と付き合うことになった時のこと。俺は、もうお前にそんな辛い思いをして欲しくなかった」 「でも、それは・・・・・」 「わかってる。今のお前には、類がついてる。だけど、心配だったんだ。もしまたお前が1人になったら・・・・・・。そう思うと、どうしても傍を離れられなかった。だけど、今度ばっかりは・・・・・・今まで、俺の我侭を通してきちまったからな。タイムリミット。どうしても、断りきれなかった」 そう言って、苦笑する美作さんの瞳は、どこまでも優しくて・・・・・
知らなかった。 そんなふうにずっと傍にいてくれたこと。 あたしは1年前、あたしを何より大事にしてくれていた美作さんを裏切ったのに・・・・・ 美作さんの優しさに、涙が止まらなかった。
「牧野、泣くな」 大きな手が、あたしの髪を撫でる。 「お前には、いつも笑っていて欲しいんだ。そうじゃないと、安心できねえ」 あたしの顔を覗き込み、笑顔を見せる。 「笑っててくれ、いつも。離れても、俺はお前の幸せを願ってる。いつも見守ってるから。お前は、類の傍にいて幸せになるんだ。いいな?」 美作さんの顔を見上げる。 「優しすぎるよ・・・・・。どうしていっつもそうなの・・・・・・。あたしは・・・・・美作さんの気持ちも知らないで・・・・・・」 「お前は、知らなくていいんだ。本当はずっと言わないでおこうと思ったんだけど・・・・・。類のやつは、もう気付いてる。類からそれを聞いたらきっと、お前はまた気にしそうだからな」 そう言って美作さんがちらりと部屋の中に視線を向ける。 中では、類と西門さんが心配そうにこちらの様子を伺っていた。 「これからは、俺は傍にいてやれない。だけど、1年以上お前らを見守ってきて・・・・・もう大丈夫だってことは、十分わかってたんだ。それでも傍にいたかったのは、やっぱり俺の我侭だな」 あたしを見つめる瞳に、切なさが滲む。 「ここには総二郎もいる。俺がいなくても大丈夫だ。もしまた海外に行くことになっても・・・・・お前たちなら大丈夫だ。類がお前の傍にいれば、心配はない。あいつが、お前の傍から離れるなんてありえないからな。だから・・・・・安心しろ」 「そんな・・・・・永久に別れるみたいな言い方、しないで」 「ああ・・・・・。また、会える。俺はいつでもお前のこと思ってるから。お前に何かあれば必ず駆けつけるよ」
もう決まってしまったこと。 それはもう変えようがないんだと、言い聞かせられているようだった。 永遠に会えないわけじゃない。 何よりも、美作さんが今まであたしを思ってくれていたことが嬉しくて、切なくて・・・・・・ あたしは、その思いに応えなくちゃいけないんだと、再認識させられたようだった・・・・・。
「牧野。俺の思いに応えてくれようと思うなら、幸せになってくれ。類と・・・・・。それだけで、俺も幸せを感じられるから」 そう言って微笑む美作さんに、あたしは頷いた。 涙を堪えて・・・・・ 笑顔で見送ることが、今のあたしに出来ることなんだ・・・・・。
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