***ビターキャラメル vol.5***



 「ずいぶんいい雰囲気だったじゃねえか」

 テラスから戻ると、拗ねたように西門さんが言った。
「ほんと、ちょっと接近しすぎじゃないの?」
 じろりと横目で睨む類の視線も鋭い。
「う・・・・・そんなことないってば。ちょっと話してただけ。見てたでしょ?2人とも」
「だから、見たまんまを言ってるんだろうが。大体、モトカレとの不倫なんて良くありがちな話だし?」
「バーカ、俺たちはそんな安っぽい関係じゃねえんだよ」
 呆れたような美作さんの言葉に、西門さんの顔が引き攣る。
「すげーやな感じだな。安っぽくない関係ってどんなんだよ?心の恋人とか言うんじゃねえだろうな」
「ま、俺にとってはそんな感じか?」
 しれっと認める美作さんに、あたしは焦り、類も眉間に皺を寄せる。
「どういうこと、それ。つくし、まさか―――」
「違うってば!」
「あせんなよ、類。俺にとってはって言っただろうが。俺にとって牧野は今でも一番大事な女だからな。けど、見返りが欲しいわけじゃない。お前が、牧野を幸せにしてくれればそれでいい。もちろん、それが出来なかったときには俺も黙ってねえけど?」
 そう言って美作さんがにやりと笑えば、類はむっとしたように美作さんを見返す。
「変なこと言うな。つくしを幸せにするのは、俺の役目。あきらにも、他の誰にも譲る気はないよ」
「だってさ。良かったな、牧野」
 ぽんぽんとあたしの頭を軽く叩く美作さん。
 
 なんだか照れくさくて、頬が熱くなるのを感じる。

 「心配はしてねえよ。お前らが結婚してから今まで、ずっと見てきてるからな。牧野が幸せだってことはわかってる。だから、俺は安心してドイツへ行けるってわけだ」
「あきら・・・・・。いろいろ、感謝はしてるよ。フランスでは、あきらがいたからつくしに寂しい思いをさせなくて済んだと思ってるし。だから、つくしの気持ちもわかってるつもり。つくしのあきらを大切に思ってる気持ちも、寂しいと思う気持ちも・・・・・。だから、2人の絆の深さもわかってるつもりだし・・・・・認めてはいるけど」
「そうか、良かった。なら、俺の多少の我侭は許せるよな?」
 にんまりと笑い、あたしの肩をぐいと引き寄せた美作さん。

 次の瞬間には、美作さんの唇があたしの唇に重なっていた―――。

 「あきら!!」
 類が慌てて、あたしの体を引き寄せ美作さんから引き剥がす。
「何してんだよ!?」
 あたしは驚きのあまり固まり―――
 西門さんも呆然とその様子を眺めていた。
「最後の、我侭だよ。当分牧野には会えなくなるんだ。これくらいはいいだろ?」
「良くない!」
「けちけちすんなよ」
「そういう問題じゃないだろ!?」
 額に青筋を立てて怒っている類に、さすがにあたしもたじろぐ。
「る、類・・・・・」
 そんなあたしにまた優しい笑みを向けながら。
「これでドイツでもがんばれる。俺が1人でがんばるための、栄養補給だと思って大目に見ろよ」
 その言葉に、類が大きな溜息をついた。
「まったく・・・・・。いつからそんなにずうずうしくなったんだか。今回だけだからね。今度やったら、絶対に許さない」
「了解。―――ああ、空港には見送りに来なくていいからな。また泣かれちゃかなわねえ。湿っぽいのはごめんだ」
 そう言っておどけたように笑う美作さん。

 あたしに気を使ってくれてるんだと、わかるけれど。
 今は、美作さんの望むとおりにしたい。
 あたしはそう思って、笑顔で頷いたのだった・・・・・。


 飛行機が、大きな風を巻き起こしながら空にゆっくりと舞い上がっていく。

 あたしは頭上を通り過ぎていく飛行機を見上げながら、太陽の眩しさに目を細めた。

 今頃、美作さんもきっと飛行機の中だろう・・・・・。

「本当に良かったの?見送りに行かなくて」
 隣で、類が言う。
「約束、したから。それに、やっぱり顔見たら涙が出そうだもん」
「・・・・・寂しい?」
「そりゃあね・・・・・。でも、大丈夫。美作さんが、ずっと見守ってくれるって言ってたから・・・・・だから、あたしはいつも笑顔でいなくちゃ」
「・・・・・やっぱり、ちょっと妬けるな。遠く離れてもお互いを思ってるなんて、すごい強い絆だよね」
 ちらりと、あたしを横目で睨む。
「2人の間には、俺も入り込めないものを感じるよ」
「それは、だって、類と美作さんは違うから・・・・・・」
「それでも、悔しい。言っとくけど、不倫は絶対ダメだからね?」
「だから、不倫なんてしないってば!」
「じゃ、約束」

 風のように、あっという間に奪われる唇。

 驚く暇もないくらいの早業に、あたしは言葉も出てこない。

 「あきらの我侭は、あれが最後って言ってたから。もう、絶対他のやつとキスなんかさせないよ」
 そう言ってふわりと抱きしめられる。

 いつでもそうやってあたしを安心させてくれる人。
 類と一緒なら、あたしはどこでも幸せ。
 
 それが、美作さんにとっても幸せだというのなら。

 あたしはずっと類と一緒にいるよ。
 そうして、類と一緒に幸せになる。
 いつでも笑っていられるように。

 その笑顔を、いつでも美作さんに見守ってもらえるように・・・・・・


                              fin.




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