「キャー!つくし!久しぶり!!」 美作邸に着くなり、滋さんの抱擁を受け、倒れそうになるあたし。 「し、滋さん、久しぶり。相変わらず元気そうだね」 「あったりまえじゃない!つくしも、幸せそうだね!」 ニコニコと、からかうような眼差しを向ける滋さんに、あたしもあることを思い出す。 「滋さんこそ。婚約したんだって?おめでとう」 その言葉に、頬を赤らめながらも満面の笑みを浮かべる滋さん。 「ありがと!今度つくしにも紹介するね!結婚式には絶対呼ぶから!」 幸せそうな滋さんを見ていると、あたしまで幸せな気分になってきた。 「はいはい、惚気大会はそれくらいにしてくださいよ。今日は美作さんの快気祝いのパーティーなんですから」 そう言って割って入ってきたのは桜子だ。 確か、美作さんのところの系列会社の重役秘書をしていると聞いた。 すっかり貫禄のついた桜子は、緩やかなウェーブを巻いた髪を背中にかかるくらいまで延ばし、化粧もばっちりと決めていた。 「桜子、見違えた。キャリアウーマンっぽく見えるよ」 「っぽく、じゃなくてそうなんです。来年には社長婦人になってるかも、ですよ」 うふふと意味深な笑みを浮かべる表情は相変わらずだ。 「つくし、いつまで入口にいるの。早く中に入ってきて」 そう言ってひょっこり顔を出したのは、これまたすっかりOLが板に着いた優紀だった。 「あ、ごめん、今行く」 慌てて言いながら、優紀の後を着いていく。 ショートカットが気に入っているのか、短い髪は昔のまま変わらないのに、すっかり慣れた薄化粧とてきぱきとした立ち居振る舞いが、以前よりもずっと大人っぽく感じさせた。
「お、来たな。類は?」 広いリビングのソファーには西門さんが座っていて、もうすっかりくつろいでいた。 「すぐ来るよ。車降りたところで、田村さんから電話かかってきちゃって。美作さんは?」 「あきらも電話。そっちにいるよ」 くいと顎で示された方を見れば、美作さんが窓の外、庭に面したテラスのベンチにもたれかかり、携帯で話している様子が見えた。 仕事の話だろう、真面目な顔で話しこんでいる美作さんを見て、なんとなくドキッとしてしまった。 ソフトで優しいイメージの強い美作さんだから、眉間に皺を寄せ、仕事の話をしている彼というのが見慣れなくて、つい目を離せないでいると、いつの間にか傍に来ていた西門さんにおでこを弾かれる。 「いたっ、何すんのよ」 「見惚れてんじゃねえよ。類に怒られるぞ」 「見惚れてなんか・・・・・」 「お前まさか、フランスであきらと何かあったんじゃねえだろうな」 じろりと横目で睨まれ、あたしは目をむく。 「まさか!ありえないから、そういうの。やめてよね、変なこと言うの」 「油断ならねえから、お前は。何せ結婚したってのに隙だらけだし。『昔の男』がずっと傍にいるってどうなんだよ」 「だから、そういう言い方しないでよ。美作さんとはいい友達なんだから」 「へーえ?俺ともいい友達?」 言いながら、顔を覗き込んでくる西門さん。 「あ、当たり前でしょ?あのね、そうやって急に顔近づけないでよ」 慌てて身を引けば、にやりと余裕の笑みで。 「ん?何、どきどきしちゃった?」 そう言ってまた顔を近づけるから、あたしはさらに後ろに下がろうとして―――
ぽすんと、暖かいぬくもり。 「総二郎、つくしをからかわないで」 あたしを腕の中に収め、むすっとしてそう言ったのは類だった。 「類、いつ入ってきたの?」 「さっき。つくし、話に夢中で気付かなかったろ」 ちろりと睨まれ、うっと詰まる。 「ご、ごめん」 「まあまあ、しょうがねえだろ。こんないい男が目の前にいるんだから」 そう言いながら一歩近づいた西門さんを、類が片手で押し戻す。 「それ以上近づくなよ」 「なんだよ、話すくらいいいだろうが」
「何やってんの、お前ら」 電話を終え、リビングに戻ってきた美作さんが呆れ顔で言う。 「おお、終わった?休みだってのに、仕事の電話かよ」 西門さんの言葉に、苦笑して肩をすくめる。 「ああ、まあな。悪かったな。始めようぜ」 美作さんの言葉にみんな集まり、西門さんが乾杯の音頭を取る。 あたしの隣に立った美作さんが、ちらりとあたしを見る。 何か言いたそうなその視線に首を傾げてみると、なんでもないというように少し微笑み、また西門さんのほうに向き直った。
―――なんだろう?
なぜか、その様子に引っかかるものを感じていた・・・・・。 それでも久しぶりに集まったメンバーとの会話が弾み、パーティーが盛り上がっていくにつれ、そんなことも気にならなくなっていた。
まるで高校生のころに戻ったような感覚。 そういえば1人足りないけれどと、時折道明寺の話題に触れながらもパーティーは和やかに進み―――
気付けば、もう外は暗くなってきていた。 「あ、ごめん、あたしもう行かなくちゃ。この後、婚約者と会うことになってるの」 時計を見た滋さんが、慌てて席を立つ。 「あ、あたしも失礼します。ちょっと用事が―――」 「優紀ちゃんもデート?」 西門さんの言葉に、頬を染める優紀。 「いいですわね、羨ましい。わたしはそんな相手いませんけど、ちょっと用事があるのでお2人と一緒に失礼しますね。先輩、今度は女だけで飲みに行きましょうね!」 「あ、うん。またね」
ぞろぞろと女性3人がいなくなり、急にリビングは静かになってしまった。
「女のパワーはすげえな」 西門さんが感心して言うと、美作さんもくすくす笑う。 「まったくだぜ。そういや桜子はこれから秘書仲間と合コンらしいぜ」 「合コン?あいつも相変わらずだな。どうりでメイクも気合入ってるはずだ」 呆れたようにそう言う西門さんに、みんなが笑う。 目の前に置かれたカクテルを手に持ち、口に運ぼうとしたそのとき。
美作さんが、口を開いた。
「俺、ドイツに行くことになったよ」
ぴたりと、手が止まる。
ゆっくりと美作さんのほうを見ると、美作さんもこちらに視線を向けていて。
「たぶん、3年は向こうにいることになる」
そう言って美作さんは、穏やかに微笑んでいた・・・・・。
|