***夢のあと vol.42 〜類つく〜***



 
 「牧野さん」

 その声に、つくしが振り向く。
 そこに立っていたのは岳三だった。

 学校の帰り、こうして後ろから声をかけられるのも3日連続だ。
「今度は岳三くんか・・・」
「え?何?」
「ううん、なんでも。どうかした?」
 つくしの言葉に、岳三はちょっと照れくさそうに頭をかき―――
「あのさ、彼女のこと―――お礼を言おうと思って」
「彼女って―――さやかさんのこと?」
「うん。漸く、彼女とちゃんと付き合えることになって―――牧野さんのおかげだって、さやかが」
 岳三の言葉に、つくしは笑った。
「あたしは何もしてないよ。彼女の中で、もう答えは出てたから。背中を押してくれる人が必要だっただけ」
「それが、牧野さんでしょ?正直言って―――本気の恋愛なんてしたことなかったから、どうしたらいいかわからなかった。マジで、感謝してるんだ」
「そんなの、いいよ。良かったね、うまくいって」
「ありがと」
 照れくさそうに、それでいてとてもうれしそうに微笑む岳三は今までとは全く違う表情で―――
 漸く年相応の、大学生らしく見えた気がした。
「―――そういう岳三くんの顔が見れただけで、あたしも嬉しいよ。西門さん―――お兄さんにもそういう人が現れるといいんだけどね」
 その言葉に、岳三は目を瞬かせ―――
「って、牧野さん―――気付いてないの?」
 と言った。
 その言葉につくしは首を傾げ、口を開こうとした時―――
「牧野」
 また後ろから声をかけられ―――

 その声に驚いて振り向けば、そこには類が立っていたのだった―――


 「びっくりした!こんな時間に帰れるなんて珍しいね」
 驚くつくしに、ちらりと視線を向ける類。
 その顔は、どこか不機嫌そうで。
「―――たまたま、会議が延期になったから。それより―――岳三と何してたの」
「あ、さやかさんのことでね、お礼が言いたいって・・・・・うまくいったみたい」
 そう言って嬉しそうに笑うつくしに。
 類は溜め息をついた。
「ふーん・・・・・。総二郎がどうとか、聞こえたけど」
「うん?岳三くんが、あんまり嬉しそうだったから―――西門さんにもそういう人が現れるといいのにって話をしてたの」
「なるほど―――。良かった、声かけて」
 類がほっと息をつく。

 岳三もおそらく気付いているだろう、総二郎の気持ち。  

 だけどそれを岳三の口から聞いたら、つくしはどう思うか―――。

 おそらく本気にはしないまでも、今までよりも総二郎のことを意識するようになるに違いないと、類は思ったのだ。

 「―――ね、どこに向かってるの?」
 会ってすぐにリムジンに乗せられたつくし。
 窓の外を見ると、あまり見慣れない風景が流れていて。
「―――牧野に、見てほしいものがあって」
 類の言葉に、つくしは首を傾げた。
「何?」
「ついてからのお楽しみ」
「え―――」
 不満げに口を尖らせるつくしに、類はぷっと吹き出す。
 それを見て、またむっと顔を顰めるつくし。

 そしてやがて着いた場所は―――

 「ここは―――」

 そこは、眼下に海の広がる岬で。

 白壁の小さな教会が、ぽつんと佇むどこかの絵ハガキにでもありそうな場所だった。

 「実際、本当の結婚式まで待ち切れそうもなくて」
 照れくさそうにそう言う類を、驚いて見上げるつくし。
「ここで―――2人きりで、結婚式挙げちゃおうと思って」
「ええ!?今?ここで!?」
「うん。何か不満?」
 しれっとそう聞く類に。
 つくしは開いた口が塞がらない。
「だって、式は来年だって―――」
「それまで待てないよ。牧野は無防備過ぎて、目が離せないけどいつも見張ってるわけにいかないし―――ま、だからと言って結婚したからって安心できるわけじゃないけど―――予防線にはなるでしょ」
 その言葉に、つくしは上目遣いに類を睨む。
「そんなにあたしが信用できないの?」
「ん―、微妙なところ」
「ちょっと―――」
「だから、俺が一番安心したいんだ」
 そう言って、ふわりとつくしを抱き込み、その髪に軽く口付ける。

 「牧野―――つくしが、俺だけのものだって」

 次の瞬間、ふわりと横抱きに抱えられ、つくしは慌てて類の首にしがみつく。
「る、類、ちょ―――」
「暴れたら落とすよ」
「げ―――」
「―――ウェディングドレスも何も用意してないけど―――一つだけ、用意したものがあるから」  

 首をひねるつくしに優しい笑みを向け、そのまま教会に入っていく類。

 そして進んだ先には―――

 誰もいない教会の中、類がつくしを下ろすと、そこには小さな箱が2つ並んでいて。

 「これ―――」
 類が箱を開けると、中から銀色に輝く指輪が姿を現したのだ。
「指輪の交換して、あとで婚姻届け出しに行って―――そのまま新婚旅行に出発」
 にっこりと満面の笑みの類。
 つくしは呆気にとられ、言葉も出てこない。
「来年の3月には、ちゃんと披露宴やるよ。その時にはみんな招待してね。でも―――式は2人きりでもいいと思って」
「って―――ご両親は?話してあるの?そんな急に―――」
「俺に任せるってさ。結婚は決まってる話だし、その時期が少し早くなっただけ」
「少しって―――!」
「牧野は俺と結婚したくないの?」
 じっと見つめられ。

 ぐっと詰まるつくし。

 「―――そんなわけ、ないじゃない」
「なら、問題ないよ。大丈夫。これから先何があっても―――絶対俺が牧野を守るから」
「―――そんなの、嫌」
 つくしの言葉に、類がちょっと目を見開く。
「守ってもらうだけじゃ嫌。あたしも―――類を守りたい。類とずっと一緒にいたいから―――あたしが、類を幸せにする」
 その言葉に、類がふっと破顔する。
「宣戦布告?―――なら、受けて立つよ。俺が、牧野を幸せにする」

 2人が見つめあい―――ようやくつくしも笑顔になる。

 「幸せになろう、2人で」

 「ずっと、一緒にいてね」

 2人の距離が近づき、唇が重なる―――

 教会の鐘が鳴り響き―――

 飛び立った白い鳩たちが、2人の愛を祝福していた―――。


                         fin.







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