「牧野先生は?」
「あれ、さっきまでそこにいたのに」
「あー、たぶんあそこじゃない?先生の癒しの場所―――」
女子高生3人の視線は、非常階段へと続く廊下の先の扉へと注がれていた―――。
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「う〜ん、疲れた!」
非常階段の手すりから乗り出すように、体を伸ばす。
牧野つくし、24歳。
今年の4月からここ、英徳学園高等部の国語教師として教鞭をとっている。
相変わらずのセレブな生徒たちには閉口させられるが、それでも居心地は悪くなかった。
と言うのも、この英徳学園では未だにF4は伝説の存在として語られ、それに加えそのF4を制した女というので牧野つくし自体が伝説となっていたのだ。
そのおかげで、大方の生徒たちからは尊敬され、教師たちからも一目置かれる存在となっていた。
だが、そんな安穏な生活に、やや腐れ気味のつくし。
トラブルを求めているわけではないけれど、何の変化もない同じ毎日に退屈しきっているといったところか―――。
司とは、大学卒業を前に別れていた。
理由はいろいろあるけれど、2人の気持ちが離れてしまった、というのがやはり一番大きかったのだろう・・・・・。
花沢類は去年大学の卒業と同時にフランスへ渡っていた。
美作あきらも主に東南アジアの国を転々としているらしい。
西門総二郎は家元襲名に向けて活躍が目覚ましく、そして女性との浮名も相変わらずで、マスコミをにぎわせていた。
「―――なんだか、夢物語みたい」
ぽつりと呟く。
この学園での生活。
ジェットコースターみたいだったあのころは、遠い昔のこと。
自分というキャラクターが登場するロールプレイングゲームでもやっていたかのような感覚。
懐かしいというよりは、あれは本当にあったことだったんだろうかと、自分の記憶さえ疑わしくなってきていた―――。
ぼんやりと空を眺めていると、ジャケットのポケットに入れていた携帯のバイブが震え始める。
画面を確認し、耳にあてる。
「―――はい―――はい、わかりました。―――5時ですね、はい―――じゃあ」
電話を切り、小さく息をつく。
電話の相手は同僚の先輩教師。
同じ国語担当なので話をすることも多い。
先月告白され、特に断る理由もなかったつくしはそのままその教師と交際することに。
真面目で、たまに冗談も言うし明るく優しい男だった。
だけど、2人でいてもそこにはときめきがなく・・・・・
まだ1ヶ月しか経っていないというのに、つくしは彼と会うことが億劫になってきていた。
高校時代と同じように、この非常階段はつくしにとって癒しの場所だった。
だけど、ここにいてもやっぱり何か物足りなさを感じていた。
それは、いつでもここに来ると思い浮かぶあの人物が、ここにはもういないから―――。
携帯に表示された時間を見て、つくしはちょっと姿勢を正した。
「さて、行くか!」
そう言ってくるりと向きを変えた瞬間。
いるはずのないその人物の姿が目に入り、つくしは動きを止めた。
「―――相変わらず、ここにきてるんだ」
穏やかに微笑む、長身の美青年。
ビー玉のような瞳と、薄茶のさら髪は昔のまま、どこか少年の面影を残していて。
見間違えるはずのない、ずっとここで思い浮かべていたその人―――
「花沢―――類・・・・・・?」
小さく震える声で呼べば、嬉しそうに笑みをこぼす。
「よかった。忘れられてなくて」
すっと、伸ばされるきれいな手。
動くことのできないつくしの髪を優しく撫でる。
「どうして―――」
意味なく呟かれた言葉には答えずに。
類は、つくしの体を抱きしめていた。
「会いたかった―――」
温かなぬくもりとともに、その言葉がつくしの心に染み込んできた―――。
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