「落ち着いたみたいだね」 病室に戻ってきた類が、俺と牧野を見て言った。 その、何もかもわかっているような意味深な笑みに、牧野の頬が染まった。 類は、牧野の思いにも気付いていたんだろう。 牧野のことを、ずっと見守ってきた類。 相変わらず牧野を見つめる瞳には、誰にも向けられることのない類の牧野に対する思いが込められていて・・・・・ 2人の間に何もなかったって分かってても、やっぱり気になってしまうのはどうしようもなかった。
「さっき、そこで刑事に会って・・・・・できれば、牧野に話聞きたいって言ってるんだけど・・・・・どうする?」 あきらが、ドアの方を顎でくいと示す。 「無理しない方がいい。さっき類も言ったとおり、退院してからにした方が・・・・・」 そう俺が言いかけるのを、牧野は首を振った。 「いいよ、大丈夫。早く、解決したい。いつまでもこんな事件に関わってたくないよ」 さっきまだ、その傷の痛みに青い顔をしていたのに、全く牧野らしいといえば、らしいのだが・・・・・。 「大丈夫なのか?」 心配でそう言うと、牧野は俺を見てちょっと笑った。 「ん。大丈夫」 「じゃ、呼んでくるよ」 そう言って、類とあきらがまた部屋を出て言った。 「・・・・・無理はするなよ?」 「大丈夫だよ。でも・・・・・」 「でも?」 俺が聞くと、牧野はちょっと恥ずかしそうに目を逸らし、囁くような小さい声で続けた。 「傍に・・・・・いてくれる・・・・・?」 赤い顔してそんなことを言うから。 つられて俺も赤くなる。
―――こいつ、かわいすぎるだろ・・・・・
「いるよ、傍に・・・・・」 握っていた手に、そっと力を込める。
そのとき、病室の扉が開いた・・・・・・
刺された時の状況をいくつか質問された牧野は、少し青い顔をしながらも,落ち着いて答えていた。 その女とはそれまで特に接触がなかったこと、刺されるまで、その存在には全く気付かなかったこと・・・・・
一通り事情聴取が終わったあと、警察はその女について、わかっていることを話してくれた。 本当は牧野の傷が癒えてから、と思っていたらしいが、牧野が聞きたいと言ったのだ。
その女が牧野に敵意を抱いたのは、実に高校時代からだとわかった。 隣の県の女子高に通っていた女はテレビや雑誌に取り上げられていたF4に興味を持ち、中でも俺に強い興味を持つようになったのだという。それというのも、茶道部に所属していた女が、当時交際していたのがやはり同じ茶道部員で、その男とに二股をかけられ、ひどい振られ方をしたのが原因らしい。 F4の事を自分で調べるうちに、司と付き合っているという牧野の存在を知った。 F4と牧野の関係を、最初は羨ましいと思っていたらしいが、それがいつしか妬みに変わり、激しい敵意に変わっていった・・・・・。 英特大進学を果たした女は、さらにF4・・・・・特に俺に熱を上げ、ストーカーのように後をつけまわすようになった。 俺は気付かなかったが、聞くと本当に俺の行くところ行くところに出現していることがわかり、ぞっとした。 牧野が司と別れると、女の行動はさらにエスカレートしていった。 そういえば、このころから良く俺の前に現われるようになった気がする。 それまではその存在も知らなかったが、同じ講義を選択していたり、カフェテリアにいるとすぐ近くのテーブルで本を読んでいたり・・・・・会えば、必ず挨拶をしてくるようになったのもこのころだった。 特に意識もしてなかった俺は、最初、この女の危うい雰囲気には全く気づいていなかった。 それが、ある意味きっかけになったのかもしれない。 全く俺との距離が縮まないという事実を受け入れられなかったのか、自分こそが俺の恋人にふさわしいと、俺と結婚するのは自分しかいないのだと、思い込むようになっていたようだった・・・・・。 邪魔なのは、牧野の存在・・・・・。 そしてあの日。 俺に牧野の悪口を吹き込もうとして逆に俺の本命が牧野だということを知った女は、こう思ったのだ。
―――牧野つくしさえいなければ・・・・・ ナイフは、護身用にいつも持ち歩いていたもの。 牧野の後を着けていた女は、類と牧野が別れるのを待って、1人になった牧野の隙を狙い・・・・・襲ったのだ。
話を聞いている間、牧野は冷静だった。 俺のほうが、女の行動に憤り、自分の不甲斐なさに落ち込んでしまっていた。 俺があんなことを言わなければ。 俺が、女の奇行にもっと早く気付いていれば・・・・・。
牧野を、もしかしたら失っていたかと思うと、後悔してもし足りないくらいだったが・・・・・・
刑事たちが病室を出て行くと、牧野は隣で項垂れていた俺の手を握り、微笑んだ。 「なんて顔してんの?」 「牧野・・・・・ごめん・・・・」 「謝らないで。言ったでしょ?西門さんのせいじゃないよ。すぐ傍にその人がいてあたしを狙ってるなんて、あたしも気付かなかったし・・・・・それに・・・・あたしは、生きてるから」 明るく、にっこりと微笑む牧野の表情に、影はなかった。 無理をしているわけじゃないのだ。 そんな牧野が、眩しかった。 それでも俺が何も言えないでいると、傍に立っていた類が、口を開いた。 「・・・・・でも、いいきっかけにはなったんじゃない?2人とも、ちっとも素直になれなかったからね。これで、漸く俺も安心できるよ」 そう言って笑う類を、牧野がちょっと拗ねたような表情で見る。 「これからは・・・・総二郎が、牧野を守ってよ。俺も忙しいし、そういつも牧野の傍にはいられなくなるし」 「類・・・・・お前・・・・・」 類の表情は、穏やかなままだった。 だけど・・・・・俺には、その内に秘める牧野への思いが感じられた。 牧野の傍で、牧野をずっと守ってきた類。 きっと、その位置を誰にも譲りたくはないだろう。 だけど・・・・・・
俺は、牧野を見つめた。 「・・・・・これからは、俺がいつも傍にいる。お前を・・・・ずっと守るよ」 「西門さん・・・・・」 「だから・・・・・ずっと俺の、傍にいてくれ・・・・・」 「・・・・・・うん・・・・・・」 大きな瞳から、涙が零れ落ちた。 その涙を指で掬い・・・・・そっと、その唇に口付けた・・・・
―――これからもずっと、傍にいて・・・・・
この場所は、誰にも、譲らない・・・・・・
fin.
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