***傍にいて vol.1***



 「俺の本命は1人だけだから」
 冷たい声色。

 自分が言われたわけでもないのに、それを聞いた途端、動けなくなってしまった。

 そっと盗み見てみれば、そこには西門さんと、見知らぬ女の後ろ姿。

 やばいところに居合わせてしまったと思ったけれど、今更戻ることもできず、かと言って進むことも出来ない。
 願わくば、早く何処かへ行って欲しかった。

 「すいませんでした・・・・・」
 沈んだ女の声。
 走り去って行く足音が聞こえ、ほっと息をつく。
 その瞬間、足元にあった小枝を踏んでしまい、パキッという音が辺りに響く。

 ―――やばっ

 一瞬の沈黙の後、近づいて来る足音。
 どうしよう、と思っている間に足音はすぐそこに―――

 「牧野?」
 目を見開いてあたしを見る西門さん。
「・・・・・こ、こんにちは」
 とりあえず、挨拶してみる。
「お前・・・・・今の、聞いてたのか」
「き、聞こえちゃったの。べ、別に聞くつもりは・・・・・」
 慌てて言い訳しようとするあたしを、呆れたように見つめる西門さん。
「わかってるよ、んなこと。それより、また高等部の非常階段に行くのか?」
「う、うん・・・・・」
「進歩しねえなあ、お前らの逢い引きも」
「あ、逢い引きって!変な言い方しないでよ!あたしと花沢類はそんなんじゃないんだから!」
「はいはい。ま、せいぜい仲良くやんな」
「だから、そんなんじゃないってば!」
 必死に否定するあたしのことは全く相手にせず、あたしの横を通り過ぎてく西門さん。
「じゃあな」
 そう言って振り向きもせず、ひらひらと手を振って行ってしまう西門さんを見送って。
 あたしは大きな溜め息をついた。
「ほんとに、違うのに・・・・・」
 もう声も届かないほど遠くなってしまった後ろ姿に、チクリと胸が痛む。
 決して振り向いてくれない彼の心と、自分の距離を思い知らされたような気がして・・・・・

 それから気を取り直して歩き出したあたしを、じっと睨みつけている人物がいたことを、この時のあたしは知る由もなかった・・・・・


 「はい、これ。いつもありがとう」
 あたしは、非常階段で待ってくれていた花沢類に、類に借りていたフランス語の本を返した。
「どうだった?」
 いつものように穏やかに微笑む花沢類。
「うん、面白かったよ。難しいけど・・・・・勉強になるよね」
「なら、良かった。また持って来るよ」
 類がにこっと笑う。
 この人の笑顔には、いつも癒される。
 嫌なことなんて吹き飛んじゃうくらい・・・・・。
「・・・・・牧野?何かあった?」
 類が、あたしの顔を覗き込む。
「な、何?急に。べ、別に、何もないよ」
「なら良いけど・・・・・元気ないような気がしたから。・・・・・総二郎に、会った?」
 突然出された名前にドキッとする。
 それが、顔に出てしまったようで・・・・・
「会ったんだ。やっぱり何かあったんじゃないの?」
「・・・・・本当に、何でもないよ。花沢類、心配し過ぎ」
 そう言って笑って見せると、類が小さく溜め息をついた。
「そんなに好きなら、言っちゃえばいいのに」
「・・・・・無理だよ」
 あたしだって、傷つくのがわかってて告白出来るほど、図太くないし。
 西門さんにとって、あたしなんて恋愛の対象どころか、女の子にも見えてないんだから・・・・・
 1人いじけていると、類が苦笑してあたしを見た。
「最近ずっとそんな顔してるよ。牧野が嫌なら無理にとは言わないけど。ずっとそのままじゃ辛くなるだけじゃない?」
「わかってる・・・・・けど」
 煮えきらないあたしに優しく笑い、頭を軽く叩く。
「いつでも力になるから。俺の力が必要になったらおいで」
「ん・・・・・ありがとう」
「じゃあね。俺、今日は用事があるからもう行くよ」
 そう言って手を振って行ってしまう類。
 あたしも軽く手を振って・・・・・
 類の姿が階段から消えると小さく溜め息をついた。
 最近、溜め息の数も増えた気がする。
 こんなのらしくないってわかってるけど・・・・・
 自分でも持て余してる恋心に、また溜め息が出る。

 ふと、さっきまで類が座っていた場所に鍵らしきものが落ちていることに気付く。
「車のキー?類、落としてっちゃったんだ」
 あたしは落ちていたキーを拾い上げると、類を追いかけるべく、階段を駆け降りた。
 非常階段を降りると、学校の門へと向かう類の後ろ姿が見えた。
「類!!」
 大きな声で呼ぶと、類が気付いて振り返る。
 キーを頭上で振って見せると、気付いて笑い、こっちに戻って来る。
 ほっとして、あたしも類の方へ歩き出す・・・・・と、突然類がハッとしたように一瞬足を止めた。
 急に表情が険しくなり、駆け出す類。
「牧野!逃げろ!」
「へ?」
 どうしたんだろうと、思った瞬間だった。

 どすん、と脇腹に強い衝撃を感じる。

 ―――なに・・・・・?

 横を見ると、そこには見知らぬ女性が立っていた。

 ―――見知らぬ?ううん、どこかで見たことがある。どこで・・・・?

 「牧野!」
 類の声が聞こえる。
 どうしたの?って、言おうと思うのに声が出ない。
 なんで?
 体から、力が抜けていく。
 目が霞む。

 よろけたその瞬間、女の手に光る物が見えた。

 それには赤いものがこびりついているように見える・・・・・

 そして・・・・・

 あたしは、意識を手放した・・・・・




  

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