そして闇の中へ 1
          


      「強盗に誘拐に、殺人、か・・・。ったく事件が絶えねーな―」
      新聞を見ながら、新一が言った。
      博士の家、蘭と二人でコーヒーを飲みながら寛ぐ時間。最近は前よりも蘭と一緒にいられる時間が増
     えたことを、密かに喜んでいたりする新一。
      ―――やべえなァ、あの黒ずくめのやつらのことを早く調べなきゃなんね―のに・・・。
      とは思うものの、蘭の笑顔を見ていると、つい顔が綻んでしまうのだった。
      とそこへ、
     「まー、だからこそ君の推理が役にたっとるんじゃないか」
      と言いながら入って来たのは阿笠博士。今まで地下の研究室にいたのだ。
     「ホレ、完成したぞ!ワシが発明した犯人追跡用めがねじゃ!」
     「めがねェ?俺めがねなんてかけね―ぜ?」
      と、怪訝な顔をして新一が言う。
     「まあまあ、必要なときだけかければ良いんじゃ。―――横のボタンを押してみい」
      言われた通り、めがねの横についているボタンを押すと、“キュイイイン”という音とともに、片方
     のレンズにレーダーが写った。
     「おっすげー!」
      思わず新一は感嘆の声をあげた。蘭も目を見開き、感心したように見ている。
     「この点滅してるのは?」
     「近所の野良猫にこれと同じ発信機をつけたんじゃ」
      と言って博士は、手に持った小さな丸いものを見せた。
     「その位置じゃと、2キロ東のゴミ捨て場にいるな。―――この発信機をつけておくと、半径20キロ
     以内ならどこにいても居場所が割り出せる。これはシールになっておるから、普段はボタンなんかにく
     っつけておけば良い」
     「へェ、なるほどな」
     「すごーい、博士天才!!」
      蘭がニコニコしながら言うと、博士の顔も一気に緩む。
     「いやいや・・・」
      ニヤニヤする博士をチロッと睨みつつ、新一は席を立った。
     「ありがとな、博士。あ、この発信機、もう1つ作っといてくれな?」
     「ん?おお、良いが。どうするんじゃ?」
     「1つは蘭に持たせる。俺がいねー間に何かあったら困るからな」
      と言って、蘭に笑いかけると蘭も嬉しそうに微笑む。
     「新一、帰るの?」
     「ああ、実はこれから依頼者が来ることになってんだ。―――蘭も来るか?」
     「え、良いの?」
     「ん。お茶とか、用意してくんねーか?」
     「うん!」
      蘭は嬉しそうに頷き、新一と一緒に玄関に向かった。
      蘭が小さくなってしまってから、新一はとにかく蘭と一緒にいたがる。蘭の身が心配というのが大半
     の理由だが、それを建前に蘭と一緒にいられるのが嬉しいから、というのもあるようだった。


      「お願いします、探偵さん!わたしの父を探してください!!」
     「は・・・はい・・・」
      その依頼者、広田雅美は開口一番、新一にそう言った。
      おさげ髪にめがね、といういかにも田舎から出てきたばかりという感じの素朴な少女は、目に涙を溜
     めながら新一に訴えた。
     「東京に出稼ぎにきてた父がこの1ヶ月間行方不明なんです・・・。働いていたタクシー会社も辞めて
     しまっていて・・・警察にも探してもらったんですが、全然見つからなくて・・・」
     「それで僕の所へ?」
     「はい・・・高校を休んで、山形から探しに出て来たんです。もう探偵さんしか頼む人がいないんです!」
     「・・・分かりました。で、お父さんの写真なんかはお持ちですか?」
      新一が聞くと、雅美はポケットから1枚の写真を出して新一に見せた。
     「これが父の広田健三です。身長は170cm、年齢は40歳です・・・」
     「この猫は?」
      と新一は、写真の中で広田が抱いている黒い猫を見て言った。
     「それは父が飼っている猫で、名前は“カイ”です」
     「カイ?」
     「父は猫好きで、他にも“テイ”“ゴウ”“オウ”の3匹を飼っています」
     「なるほど・・・猫と暮らしていたわけですね」
      蘭は、新一が雅美と話している間に、お茶を入れていた。お盆にお茶を乗せ、雅美の所へ運ぶ。
     「どうぞ」
     「あ・・・ありがとう」
      雅美は蘭を見ると、何か懐かしむような眼をして、微笑んだ。
     「・・・可愛いわね。工藤さんの妹さん?」
     「あ、ううん。わたしは隣に住んでて・・・お兄ちゃんの家には、時々遊びに来てるの」
      と、蘭は子供らしく言った。最近は大分子供の振りも板についてきた。
     「そう・・・」
      ―――?この人・・・
      蘭は、なんとなく雅美に違和感のようなものを感じていた・・・。
     「小さいころに母を亡くして・・・父はわたしのたった1人の身寄りなんです・・・。もし父の身に何
     かあったら、わたし・・・わたし・・・う、うっ・・・」
      大粒の涙を流し、顔を伏せる雅美。
     「だ・・・大丈夫だよ!雅美さん!」
      蘭の声に、雅美は顔を上げた。
     「新一お兄ちゃん、名探偵だもん!きっと見つかるよ!」
      雅美は、蘭を優しい目で見つめ、ふっと微笑んだ。
     「・・・ありがとう」
      それから1週間、新一は広田健三を探しつづけた。広田が勤めていたタクシー会社、ペットショップ、
     飲み屋など、思いつく限りの捜索をしたが、すぐに見つかるだろうという予想に反し、広田はなかなか
     見つからなかった。
     「ええ、まだ・・・すいません。必ず見つけますんで・・・じゃあ・・・」
      新一が電話を切ると、側にいた蘭が心配そうに新一を見た。
     「また雅美さん?」
     「ああ・・・今日だけで2度目だ・・・クソッ、付き合いの悪い男だったらしくて仕事場でも誰も行方
     を知らねーし、娘がいたことさえ話さなかったみて―なんだ」
     「そう・・・」
     「もう1週間もたつってのによー」
      頭を掻き毟る新一。高校生名探偵として有名になり、様々な依頼が舞い込むようにはなったが、人探
     しというと殺人事件の捜査とはまた違った難しさがあるようだった。
      何とか新一の役に立ちたいと思っている蘭だが、どうして良いか分からず・・・と、そのとき点けっ
     放しにしていたテレビから競馬の実況中継の声が聞こえてきた。
     『お―――っとその差は4馬身から5馬身!!ぶっちぎりだ――!!』
      蘭がテレビを見ると、1頭の馬が後続の馬に大差をつけてゴールするところだった。実況のアナウン
     サーが興奮した声で告げる。
     『ゴーカイテイオー、G1、5連勝―――!!』
      ―――ゴーカイ・・・テイオー・・・?この名前って・・・!そうだ、広田さんの飼ってた猫の名前、
     確か・・・
      蘭は電話の横においてあったメモ用紙とボールペンをとると、テーブルの上で文字を書き出した。
     「蘭?どうしたんだ?」
      新一が不思議に思って、蘭の手元を覗き込む。
      ―――「カイ」・・・「テイ」・・・「ゴウ」・・・「オウ」・・・これを並べ替えると・・・
     「ゴウカイ・・・テイオウ・・・?」
     「そうよ!今テレビで言ってた馬の名前!広田さんってきっと競馬が好きだったのよ!だから自分の猫
     に馬の名前をつけたのよ!」
      勢い込んで言う蘭に、新一はメモを見ながら、
     「うーん・・・そうかも知れねえけど・・・」
      と、首を捻る。
     「ね?だから!きっと競馬場にいるよ!行ってみよう!」
     「へ?・・・って今からか?」
     「もちろん!今テレビで流れてたVTRの馬・・・ゴーカイテイオーって、今日の3時半からやるメイ
     ンレースに出るみたい。今、1時でしょ?今から行けば間に合うよ!」
      ・・・というわけで、なぜか博士も一緒に3人で競馬場へと向かったのだった・・・。
      競馬場についたのは3時10分。後20分でメインレースが始まるとあって、場内はたくさんの人で
     ごった返していた。馬券売り場にはたくさんの人が並び、オッズやパドックの様子を伝えるモニターテ
     レビの前にもたくさんの人だかりがしていた。この中で一人の人間を探すというのは至難の業に思えた
     が・・・。
     「わーっ、わたし競馬場なんてはじめて―!!すごーい!!」
      と、蘭は目を輝かせている。
      ―――ったく、のんきなやつ・・・。
      新一は半ば呆れた様子で蘭を見た。そんな蘭にチラッと視線を投げる人間も結構いて・・・
     「おっ、可愛いなあ。お嬢ちゃん馬が好きなの?」
      なんて声をかけていくのもいて、そのたびに新一は鋭い視線を投げて牽制するのだった・・・。
     「早く雅美さんのお父さんを見つけなきゃ!」
      と言ってきょろきょろ周りを見回す蘭に対し、博士と新一は
     「しかし、この人ごみじゃのォ・・・」
     「ああ、そう簡単には・・・」
      といったとき・・・
     「あ―――!!」
      と、蘭が大声を出した。
     「「え?」」
      と、博士と新一が同時に振り向く。と、蘭の視線の先には―――
      ―――いた―――っ!!
      信じられないことに、本当にあの写真で見た広田健三その人が競馬新聞を見ながら歩いていたのだっ
     た―――。
     「ねっ見て見て!わたしって名探偵!!」
      と、はしゃぐ蘭。
      ―――んな馬鹿な・・・。
      思わず自分の目を疑う新一だった・・・。


      その後3人は広田の後をつけ、彼の住んでいるアパートを確認してから一度新一の家に戻り、雅美に
     連絡をした。
      雅美は“すぐに行きます!”と言っていた言葉どおり、20分ぐらいで新一の家にやって来た。
     「ありがとうございます、探偵さん!!父を見つけていただいて!」
      息を切らしながら礼を言う雅美に、少々呆気に取られながらも、
     「あ、いえ・・・」
      と応える新一。
     「しかし早いですね。ついさっき連絡したばかりなのに」
     「嬉しくて飛んできたんです!それで父は今どこに?」
     「練馬区の、アパートに・・・」
      と言いつつ身支度を整えながら、新一は何か妙な気がしていた。
      ―――あれ?彼女・・・こないだとずいぶん雰囲気が違うな。服装が大人っぽくなってるし、化粧も
     してる・・・。
      疑問に思いつつも、それは表には出さず身支度を終えると、雅美、蘭とともに家を出た。
      本当は蘭は置いて行こうかと思ったのだが、博士が出かけてしまい、1人で留守番をさせるのは心配
     なので連れて行くことにしたのだ。
      広田のアパートにつき、ちょうど出てきた雅美と広田が対面する。
      広田は雅美の顔を見るなり手に持っていたゴミ袋を落とし、驚きに目を見開いた。
     「ずっと・・・ずっと探してたのよ・・・お父さん!!」
      雅美は広田に抱きつき、泣き崩れた。それは、感動的な親子再会の場面のように見えたが―――
      なぜか、新一はその光景に違和感を覚えた。なぜだかは分からない。強いて言うなら探偵の勘、だと
     でも言うべきか・・・。 
      が、その理由は結局分からず、雅美に挨拶をすると、2人はその場を後にした。
     「良かったね。雅美さん、お父さんが見つかって」
      蘭が無邪気に笑って新一を見る。新一は、
     「ん・・・」
      と言ったきり、顎に手をやり考え込んでいた。
     「新一・・・?」
      蘭は不思議そうに首を傾げたが・・・。ふと視線を感じ、後ろを振り向いた。それに気付いた新一も
     、後ろを振り返る。と、サングラスにくたびれたコートといういでたちの体格の良い男が、電柱の陰か
     らこちらを伺っていた。が、2人が男を見ると、サッと背を向け、行ってしまったのだ・・・。
     「・・・んだ?あいつ・・・」
 
      新一と蘭はまだ知らなかった。この日、広田健三が命を落とすことになるのを・・・。そして、事件
     がそれだけでは終わらないことを・・・。


       
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      何とかここまで終わりました〜。やっぱり難しいですね。なるべく明るい話に持っていきたかったん
     ですけど・・・。ここまでは原作に忠実に進めてみました。これからは微妙に・・・変わっていくはず
     なんですけど・・・。どうなることやら・・・。
      競馬場での描写には妙に力が入ってしまいました。ただ、未成年が入場できたかどうかちょっとわか
     らなかったので、博士を連れてっちゃいました。子供連れで行ったことは何度もあるんですけどね・・・。
      と言うわけで、今回はこれにて♪