-soujirou-
やっぱり牧野はただものじゃない。
俺が女に刺された次の瞬間にはその女に体当たりし、女の手からナイフを奪うと逆に女に突きつけたのだ。
「あんたが憎んでるのはこのあたしでしょう!?やるならあたしをやりなさいよ!何で西門さんを―――!!」
「西門さんは―――わたしのものよ―――」
ぎょろりと見開かれた瞳が、宙を見つめていた。
「ふざけないで!あんたなんかに、彼は渡さないわよ!!」
遠くでパトカーのサイレンがとまるのが聞こえた。
何人もの人が走ってくる足音。
「牧野!総二郎!」
あれは、類の声・・・・・?
俺の体からは力が抜け、その場に膝をつく。
「西門さん!」
女にナイフを突きつけたまま、牧野が俺に駆け寄る。
「大丈夫―――だ。大した事ねえ」
「真っ青な顔して、大丈夫なわけない!すぐ、病院に―――」
「その前に・・・・・聞きてえことがある」
「何よこんなときに!」
「―――さっきの台詞・・・・・彼は渡さないって・・・・・お前、思い出したの・・・・・・?」
俺の言葉に、牧野の頬が微かに染まる。
「だって・・・・・・」
「ん・・・・・?」
「傍にいるって・・・・・あたしの傍にいてくれるって、言ったじゃない・・・・・・」
『―――俺がいる。俺が傍にいるから―――』
あの言葉は、病院で言った言葉だ。
「じゃあ、まだ・・・・・?」
「総二郎!大丈夫!?」
駆けつけた警官が女を取り押さえ、類が俺に駆け寄る。
「ああ、掠り傷だよ、こんなもん」
「何言ってんのさ。ほら、病院行こう」
そう言って類が俺の肩を支えてくれる。
反対側には牧野が来て、俺の腕を支える。
そうして俺たちは、揃って救急車に乗り込み、病院へと運ばれたのだった・・・・・。
「大丈夫だよ」
「でも・・・・・」
「ちゃんと、言ってあげなきゃ」
「類も一緒にいてよ」
「牧野・・・・・」
「2人で、何いちゃついてんだよ」
治療を終え2人を探していた俺は、病院の外のベンチで牧野と類が2人、顔を寄せ合って話し込んでいるのを見つけそう声をかけた。
「西門さん!もういいの?」
「言っただろうが、傷は浅いって。見た目ほど大した事ねえんだよ。それより・・・・・いくら記憶を失ってるからって、彼氏が怪我してるっていうのに、他の男と何してるわけ?」
そう言ってじろりと睨みつければ。
牧野と類が、示し合わせたように顔を見合わせる。
その様子にもむっとして睨みつけていると、類が溜め息をついて、立ち上がった。
「ほら、だからいやだって言ったろ?今度は俺が総二郎に刺されるよ」
「俺が刺したくなるようなこと、してたわけ?」
「冗談でしょ?俺だってまだ命は惜しいよ。話は牧野に聞いて。俺はもう行くから」
そう言ってひらひらと手を振ると、その場から逃げるように類は病院を後にした・・・・・。
俺はむっとしたまま類が座っていたベンチに腰掛けると、そのまま黙って牧野の言葉を待った。
「・・・・・痛くない?」
牧野の言葉に、肩をすくめる。
「見た目ほどはな。俺には・・・・・自分より、お前に何かあったほうがこたえる」
俺の言葉に、牧野は顔を上げ、俺を見つめた。
「―――ありがとう」
「何が」
「いろいろ・・・・・。傍に、いてくれて」
「それは、類もだろ」
「・・・・・まだ拗ねてるの?」
呆れたような牧野の声に、むっとする。
そのまま黙っていると、隣で牧野の溜め息が聞こえた。
「―――早く、西門さんに会いたくって、焦ってたの」
唐突な話に、俺は思わず驚いて牧野を見る。
牧野は、前を向いたまま言葉を続けた。
「後ろに誰かいることは気付いてた。でも、急いでたから・・・・・。声をかけられて振り向いたとき、それが誰なのかすぐにはわからなかった。ただぞっとするほど青白い顔をしていて・・・・・あたしを燃えるような目で見ていたのに、はっとした。『わたしと彼の邪魔をしないで』って、そう言われて。あたしは・・・・・『あたしはただ、西門さんの傍にいたいからいるだけ』って言って、彼女に背を向けたの。ただ、早くその場を後にしたくて・・・・・何も考えてなかった。まさかまた、彼女に襲われるなんて―――」
「牧野・・・・・お前、記憶が―――」
俺の言葉に、牧野がゆっくり頷いた。
「彼女がどうしてそこにいるかなんて、考えてなかった。もうちょっと冷静に考えてたら、きっとあの時・・・・・」
そう言って辛そうに俯く牧野の体を、俺は思わず抱きしめていた。
「―――気にするな・・・・・誰もそんなこと、予想できない」
「でも、あたしは一度襲われてる。あの時の彼女が・・・・・正常じゃなかったこと、今ならわかるのに・・・・・」
「―――それだけ、俺に会いたかったってことだろ?つくしちゃんは」
にやりと笑って牧野の顔を覗き込めば、とたんに頬を染める。
「もう!人が真剣に話してるのに―――!」
そう言って勢いよく牧野が立ち上がろうとして、その腕が俺のわき腹を掠める。
「―――つッ」
俺が顔を顰めると、牧野がぎょっとしてまたベンチに座り―――。
「捕まえた」
俺はすかさず、牧野の体を抱きしめた。
「!!騙したわね?」
「別に?肝心なことを言わずに逃げようとする彼女を引き止めただけ」
そう言って牧野の顔を覗き込めば、牧野は困ったように俺を見上げ―――
「意地悪」
「どっちが。俺がどんだけ辛かったか・・・・・けど、もういい」
「いいって?」
「お前が、こうして戻ってきてくれれば・・・・・傍にいてくれれば、それで・・・・・もう他はどうでもいい」
「西門さん・・・・・。あたしも・・・・・あたしもね、西門さんの傍にいたいって・・・・・・傍にいてくれるなら、それはやっぱり西門さんがいいって・・・・・・そう思ったの」
やわらかく微笑み、俺を見上げる牧野の唇にキスを落とす。
たとえ記憶が失われたとしたって。
やっぱり、俺は牧野つくしの傍にいたいんだ・・・・・
それはきっと、牧野も同じ気持ちなんだと。
そう思えることが、嬉しかった・・・・・。
fin.
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