The kiss of the secret 2


 「天気、悪くなってきたな」
 夕食を食べ終え、テレビを見ていた快斗が、ふと窓の外を見て言った。
「一雨きそうじゃねえ?」
 その言葉に隣にいた蘭が不安そうな顔をする。
「う、うん・・・」
「なんだよ、どうした?」
「雷なんか・・・鳴らないよね」
 同意を求めるように快斗を見上げる蘭。快斗は可笑しそうにくすりと笑い、
「なんだよ、相変わらず雷なんてこええのか?」
「だってえ・・・」
「なんだったら一緒に寝る?昔みたいに」
 からかうように、ニヤニヤしながら言う快斗に、蘭はちょっとむっとして、
「何よォ、1人でだって寝れるわよ、子供じゃないんだから!」
 と言ってみせたが、その瞳には不安げな光が揺れていた・・・。


 夜11時を過ぎた頃・・・やはり雷が鳴り出した。
 ―――やっぱり来たな・・・。蘭のやつ、大丈夫かな。あいつは空手なんかやってるくせに、雷とお
化けの類だけは昔っからからっきしだからな。 
 ちょっと様子を見に行ってみようか、と思っていると、快斗の部屋のドアを遠慮がちに叩く音が聞こ
え、快斗はちょっと笑った。
「なんだよ?」
 快斗が答えると静かにドアが開いて、毛布に包まり泣きそうな顔をした蘭がそおっと顔を出した。
「―――快斗ォ、雷止むまで、ここにいてもいい・・・?」
 瞳をうるうるさせながら言われては、断れるわけもない。
「別に良いけど・・・。そんなに怖いかね?ピカピカ光ってきれいじゃん?」
 そう言う快斗の声など聞こえないように、蘭はベッドに座っている快斗の隣に来て座り、ぴたっとく
っついた。
 風呂上りの、シャンプーの良い匂いがして、快斗の胸がどきんと音を立てる。
「―――大丈夫。すぐ止むよ」
 安心させるように優しく言うと、蘭はちょっと快斗を上目遣いで見て、微笑んだ。
「うん、ありがと、快斗・・・」
 無意識に向けられる、無防備な笑顔。それがどれほど快斗の心を動揺させているか、蘭は知らない。
「あ、そういえば―――」
 急に蘭が何か思い出したように言った。
「快斗、今日新入生代表の挨拶したんだって?わたし全然知らなかったよ」
「誰に聞いた?」
「園子がね、職員室に行ったときに先生が話してるの聞いたんだって。先生がね、吃驚してたって。新
入生代表の快斗と、生徒会長の工藤先輩があんまり似てたから」
 くすくす笑って言う蘭を、快斗はちょっと不機嫌そうに見た。
「そんなに似てるかよ?」
「うん。わたしも初めて工藤先輩見たときは吃驚したもの。さすがに見間違えることはなかったけど。
不思議よね。まったくの他人なのにあんなに似てるなんて」
 楽しそうに話す蘭に、快斗はなおも不機嫌になる。
「なあ」
「うん?」
「おめえ、あいつのこと・・・」
「あいつ?」
「生徒会長だよ」
「工藤先輩のこと?快斗ってば先輩にあいつだなんて・・・」
「んなことは良いんだよっ、それより、蘭―――おめえ、まさかあいつのこと、好きなんじゃ・・・」
「ええ?」
 快斗の言葉に、蘭は大きな瞳をさらに見開く。
「何言ってるのよ、そんな―――」
 と言いかけたとき、空が突然白く光った。
「!!キャ―――っ!!」
 蘭が、快斗にしがみつく。
「―――なんだよ、まだ光っただけだぜ?」
 快斗が高鳴る胸を静めようと、わざとそっけない言い方をする。
「だ、だって、すぐにきっと―――」
 蘭が快斗にしがみついたままそう言いかけた時、
『ドォォ――――ン!!!』
「!!!キャア――――!!ヤダ―――!!」
 けたたましい音と共に家が揺れ、蘭はいっそう強く快斗にしがみついた。
 がくがく震えながら目をぎゅっと瞑り、しがみついてくる蘭をどうにか安心させようと、快斗は蘭の
背中に腕を回し、優しくさすった。
「―――大丈夫だって。俺がついてんだから。な?蘭・・・」
「ふえ・・・快斗ォ・・・」
 震える手を快斗の背中に回し、その胸に擦り寄る蘭。
 快斗の胸に、蘭の柔らかな胸が当たり、その感触に快斗は体が熱くなるのを感じた。
 ―――やべ・・・
 まずいと思った快斗は、蘭の体を離そうとしたが、怯えている蘭はさらに強くしがみつき・・・
 蘭の髪から、また甘い香りが漂い・・・快斗の中で、何かがぷつっと切れる音がした。
「らん・・・」
「え?」
 低く呼ばれた自分の名前に、蘭は顔を上げる。
 いつもとは違う、真剣な眼差しの快斗と視線がぶつかる。
「快斗・・・?」
 近づいて来る快斗の顔。蘭は、すぐに動くことができなかった。
 やがて、快斗の唇が、蘭のそれに重なった。
 掠めるようなキスのあと、呆然としている蘭に、もう一度口付ける―――。今度は、その甘い唇を味
わうような深いキス―――。
 外ではまだ雷が鳴っていたが、すでに蘭の耳には届いていなかった。
 快斗は、ゆっくり唇を離すと、まだ呆然としている蘭を見つめた。
「らん―――」
 その声に蘭ははっとし、ようやく事態を理解したようにかーっと赤くなり、自分の口を両手で抑えた。
「か・・・いと・・・?今・・・」
「蘭・・・。好きだ・・・」
「え・・・」
「俺は、蘭が好きだ・・・。ずっと昔から、好きだったんだ」
 その瞳をそらさずに、告げる快斗。
 
 ―――これは夢―――?

 ―――俺は、蘭が好きだ・・・。

 ―――今、目の前にいるのは誰・・・?


 どうやって自分の部屋に戻ったのか。いつ眠りについたのか。
 昨日のことを、蘭は何も覚えていなかった。
 もしかしたらあれは夢だったのかもしれない。快斗にキスされたのも、「好きだ」と告白されたのも
・・・。
 そう思いたかった。だが、蘭の唇はその感触を覚えていた。快斗の唇が触れた、その感触を・・・。
 目を覚ましたのは朝の6時。蘭は早々に家を出て、学校に来た。快斗と顔を合わせることはできなか
った。どんな顔をして会えば良いのか、わからなかった。
 ―――快斗・・・。
 今まで知らなかった、快斗の想い。ずっと、本当の姉弟のように育ってきた。蘭は快斗を本当の弟の
ように思っていたし、快斗もそうだと思っていたのだ。
 初めて見る、快斗の男としての表情。自分を姉ではなく1人の女として見る熱い眼差し。今まで自分
が知らなかった快斗の男としての一面を、蘭はどう受け止めたら良いのかわからず、途方に暮れていた
・・・。
 ―――わたしにとって、快斗は弟、よね・・・?でも、それならどうしてこんなに胸が騒ぐんだろう
・・・。どうして、ちゃんと顔を合わせることができないんだろう・・・。お母さん、わたし、どうす
ればいいの・・・?わたしにとって、快斗は何・・・?

 その日1日、蘭は授業に集中することができなかった。放課後になってもすぐに帰宅する気にはなれ
ず、そのまま図書室へと向かった。 
 ―――どうしよう?今日はまだお父さん達帰って来ないし・・・。家に帰って、ご飯作らなきゃ・・
・でも、家に帰ったら快斗と顔会わせなきゃならないし・・・。
「は―――っ」
 思わず深いため息をつくと、すぐ近くでクスリと笑い声が聞こえた。
 驚いて蘭が顔を上げると、蘭の目の前に新一が立っていた。
「あ、せ、先輩・・・」
「どうしたんだ?ため息なんかついて」
 新一が優しくにっこり笑う。
「いえ、別に・・・」
 蘭は本当のことを言うわけにはいかず、俯いて言葉を濁した。
「―――弟のこと?」
 新一の言葉に、蘭ははっと顔を上げる。新一と蘭の視線が絡み合う。
「―――毛利」
「は、はい」
「話が、あるんだけど。ちょっと良いかな」
「あ・・・はい」
 蘭は促されるままに、新一の後について図書館を出た。

 2人は、学校の裏庭に出た。
「あの、先輩、話って・・・」
「―――毛利って、今、付き合ってるやついなかったよな?」
「え、はい、まあ・・・」
「じゃあ、俺と付き合ってくれないか?」
「え!?」
 突然の愛の告白に、蘭は目を見開いた。
「俺は、毛利が好きなんだ」
 ―――俺は、蘭が好きだ・・・。
 新一の顔に、夕べの快斗の顔が重なる。
「毛利?」
「あ、は、はい」
「返事、聞かせてくれないか?」
「あの、わたし・・・」
 答えに詰まる蘭を、新一がじっと見詰める。
「―――好きな奴でも、いるのか?」
 好きな、奴・・・?わたしの、好きな人・・・?
 ―――蘭・・・。
 快斗・・・?
 ―――好きだ・・・。
 いつもわたしの側にいてくれたのは・・・。
 でも・・・快斗は弟よ・・・?
「毛利?」
 ―――わたし、工藤先輩に憧れてたじゃない。優しくて、頭がよくって・・・。すごく素敵な人だっ
て思ってたじゃない。それなのに、どうして答えられないの?先輩の気持ちに・・・。
 ―――蘭・・・。好きだ・・・。

 蘭の頬を、一筋の涙が伝った。
「おい、毛利?どうしたんだ?」
「先輩、わたし・・・」
 蘭は、自分の中で湧き出た想いに戸惑い、涙を流しつづけた。

 ―――快斗は、弟なんかじゃない。どうして今まで気付かなかったんだろう。あんなに近くにいたの
に・・・。いつもわたしの事を守ってくれていたのは、快斗だったのに・・・。快斗・・・。

 蘭は、自分をじっと見詰める新一を、まっすぐに見た。
 その瞳に、もう迷いの色はなかった・・・。


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 えーと。まず、いいわけです。「快蘭のはずなのに、快蘭新になってるのでは?」ということで・・・。
それは気のせいです(笑)。すいません。別に誰でも良かったんです、ライバルの役は。それこそオリジ
ナルキャラを出しても良かったんですが・・・。一番書きやすかったんですよ、新一が(おい)。それに
快斗に対抗できるのは、やっぱり新一かな、と思ったんで。次回、いよいよクライマックスです〜。
お楽しみに♪