The kiss of the secret 1
「快斗ォ、早く!」
家の玄関で、蘭が言った。
まもなく、2階から快斗があくびをかみ殺しながら降りてくる。
「ふぁ〜い、今行く〜」
「んもう・・・また昨日、遅くまでマジックの練習でもしてたんでしょう?今日は入学式だっていうの
に・・・」
「へへ、まあな」
「まあなじゃないわよ」
「ほら、2人とも遅刻するわよ」
と出てきたのは2人の母親。といっても、蘭にとっては本当の母親ではない。
蘭の父親と、快斗の母親は蘭が小学校2年生、快斗が小学校1年生のときに再婚したのだ。蘭の本当
の母親は蘭が3歳のときに交通事故で、快斗の父親は快斗が5歳のときにマジックショーの最中の事故
で亡くなっていた。
「はあい、お母さん、行って来ます!」
と、笑顔で答えると、蘭は先に家を出た。快斗も後からついて来る。
「待てよ、蘭」
「―――ねえ、その蘭っていうのやめない?」
「なんで?」
「だって、姉弟なのに、変じゃない。ちゃんと昔はお姉ちゃんって呼んでくれてたじゃない」
蘭がちょっと拗ねたようにいう。
「別に良いじゃん。もうこの呼び方で馴れちまってるし。今更お姉ちゃんなんて、恥ずかしくて呼べね
えって」
「もう・・・」
溜息をつく蘭の横顔をそっと盗み見ながら、快斗は苦笑いした。
―――今更“姉ちゃん”なんて呼べるわけねえだろ?俺にとって、蘭は姉ちゃんなんかじゃねえんだ
から・・・。
そう、快斗にとって、蘭は“姉”ではなく1人の女性だった。そうはっきり自覚したのは、蘭が中学
生になった頃。初めてセーラーの制服を着た蘭を見たとき、快斗の胸は今にも破裂しそうなくらい大き
く高鳴った。蘭が急に大人になったような気がした。そして、それまでは一応お姉ちゃんと呼ぶことも
あったのが、その日を境に決してお姉ちゃんとは呼ばなくなったのだ。自分にとって、蘭は姉なんかじ
ゃないと、はっきりわかったその日から・・・。
「でも、また快斗と一緒に登校できて良かった。もしかしたら快斗は別の高校行くのかな、と思ってた
から」
「―――帝丹が一番近いからな。朝、ゆっくりできるじゃん」
「またそんなこと言って・・・。遅刻しないようにしてよ?」
「わーってるって。いちいちうるせーよ」
「あ、何よォ、その言い方。かわいくないなあ」
蘭が、頬をぷうっと膨らませて言う。快斗はそんな蘭がかわいくって、わざとからかう。
「姉貴風吹かせんなよー。1コしか年ちがわねえんだし、背だって、もう俺のほうが高いんだぜ?」
「1コだって、弟は弟でしょう?ちょっとはお姉さんの言うこと聞きなさいよォ」
「―――やあなこった!」
「もう!!」
―――弟、なんて言うなよ。俺は弟なんかじゃねえ・・・
そう言いたいのをぐっと堪え、快斗は歩き出したが・・・
「毛利、おはよう!」
と、後ろから声をかけられ、蘭と同時に振り向く。
そこに立っていたのは、快斗に良く似た、帝丹高校の制服を着た男で・・・
「あ、工藤先輩、おはようございます」
蘭がにっこり笑って、頭を下げる。
「―――もしかして、弟?」
その男が快斗を見て言った。
「あ、はい、弟の快斗です。快斗、こちら帝丹の生徒会長の工藤新一先輩よ」
快斗は、「どうも・・・」と言って、軽く会釈した。
「よォ、君のことは毛利から聞いてるよ。俺に良く似た弟がいるってね。これからよろしくな」
新一は、にっと笑うと蘭に「じゃあ」と声をかけて、足早に歩いていった。
「―――俺のこと、話したの?」
「え?うん、まあね。何?言っちゃまずかったの?」
不機嫌そうな快斗を見て蘭が言う。
「そういうわけじゃねえけど・・・俺は、聞いてないぜ、あの人のこと」
「そうだっけ?あのね、工藤先輩とは去年の文化祭でわたしが文化祭委員をやったときにいろいろお世
話になったのよ」
「ふーん。いろいろ、ね・・・」
「それ以来、たまに会うとあんなふうに話し掛けてくれるのよ。とってもいい人なのよ」
にこにこ笑って、新一のことを話す蘭。それを見ている快斗は当然面白くない。
―――なんだよ、蘭のやつ・・・。嬉しそうにあいつのこと話しやがって・・・。まさか、あいつの
こと、好きなのか・・・?
快斗の胸に、鈍い痛みが走る。
玄関に着くと、蘭は2年生の教室のほうへと向かった。
「じゃあね、快斗」
蘭は軽く手を振って行ってしまう。
快斗はそんな蘭の後姿を見送りながらため息をついた。
―――やっぱ蘭にとって、俺はただの弟なんだな・・・。けど、諦めねえからな。ゼッテー他の奴に
なんかわたさねえ・・・。
「おっはよー、蘭」
教室に入ると、親友であり幼馴染である園子が側に来た。
「おはよ、園子」
「窓から見てたわよ。快斗君と一緒に来たんだ」
「うん。今日からまた、一緒の学校だしね」
「ホント、あんたたちって仲良いわよねえ。あ、そういや工藤先輩ともなんか話してたわね。何話して
たの?」
「たいしたことじゃないよ。挨拶して、快斗のこと紹介しただけ」
「ふーん。あの2人ってホント似てるよね。・・・女の趣味も似てたりして」
「え?」
「・・・快斗君ってさ・・・結構もてるでしょ」
「?さあ。どうなんだろうね。家ではあんまりそういう話しないけど」
「だってさ、ルックス良いし優しいし、絶対もてるタイプよ?」
「そうかな?」
「そうだって!でも誰とも付き合ってないんでしょ?」
「うん・・・多分、ね」
蘭は、園子の言いたいことがわからず、首を傾げている。
「快斗君ってさ・・・ひょっとして、あんたのこと好きなんじゃないの?」
という園子の言葉に、蘭は目を丸くする。
「ええ!?な、何言ってんのよ、園子!」
「だあってさ、快斗君のあんたを見るあの目!あの目は自分の姉を見る目じゃなかったわよ?大体あん
たたち―――」
「そ、園子!!」
何か言いかけた園子を、蘭が慌てて止める。
「大丈夫。言わないわよ、あのことは」
そう、園子は知っているのだ。蘭と快斗が本当の姉弟ではないことを。
「そう、それにさ、工藤先輩も、あんたのこと好きなんじゃない?」
「ええ?もう、そんなことあるわけないじゃない。あの工藤先輩が・・・」
半ば呆れたように言う蘭を、園子は横目で睨む。
「あんたってホント、鈍いわねえ。工藤先輩が最近、用もないのにうちの教室の前通ったりすんのって、
あんたのこと見に来てるんだと思うわよ?廊下ですれ違ったりするときもさ、必ず声かけてくじゃない」
「それは、工藤先輩優しいから・・・」
蘭の言葉に園子がため息をつく。
「―――ま、いいわ。そのうちわかるわよ。修羅場になんなきゃ良いけどね」
その言葉に、蘭は首を捻る。
―――園子ってば・・・そんなわけないじゃない。快斗は弟だし、工藤先輩だって・・・あんなに人
気のある人が、わたしのこと相手にするわけないよ。
そんなことを思いながら、蘭は自分の席についたのだった・・・。
入学式が始まり、快斗もあくびをかみ殺しながら椅子に座っていた。もういいかげんお尻が痛くなっ
てきた頃、生徒会長、工藤新一の挨拶が始まった。会場がざわつく。それはそうだろう。ついさっき、
新入生代表として壇上で挨拶をした快斗と新一は、そっくりなのだから。
隣にいた男子生徒が、
「おめえの兄貴?」
なんて聞いてくるのをうざったそうに聞き、
「ちげえよ。ぜんぜん関係ねえ」
と答えてチラッと新一を見る。「格好良いねえ」なんて言ってる女子の声が聞こえる。蘭が、朝言っ
ていたことを思い出す。
―――とってもいい人なのよ。
―――けっ、なあにがいい人だよ。男が優しくするなんて、大体下心があるに決まってんだ。蘭は、
そういうところちっともわかってねえんだ、昔から・・・
蘭はもてる。かわいくてスタイルも良くて、誰にでも優しくて・・・。男女ともに人気があるのだ。
快斗が中学生になった頃、蘭のことを待っていて何気に蘭の下駄箱を開けてみてびっくりしたことがあ
る。どさどさと音を立てて落ちたたくさんのラブレター。それを拾い上げ、当然のように自分の鞄にし
まった。そして家に帰ってからそれらを開け、名前をチェックしたのだ。自分の知らないところで他の
男が蘭に近づく。それが許せなかった。本当は高校だってどこでも良かったのだ。だが、快斗は迷わず
蘭と同じ高校を選んだ。近くにいれば、誰かが蘭に近づこうとしてもそれを邪魔することは簡単だと思
ったからだ。
快斗は壇上の新一を睨んだ。
―――おめえにだって、わたさねえぜ。たとえ蘭が気に入ってる人間でも・・・ゼッテーゆるさねえ。
入学式が終わり、ぞろぞろと自分たちの教室に向かって歩いて行く生徒たち。快斗もその中にいた。
と、突然、快斗は腕をつかまれ、引っ張られた。
「!!な?」
驚いて引っ張った奴を見ると―――それは、先ほど壇上で挨拶をしていた新一で・・・
「あにすんだよ!?」
「―――おめえな・・・少しは先輩に対する言葉使いっつーもん、覚えろよ」
新一が呆れたように言った。
「余計なお世話だよ。なんか用か?」
「それは俺の台詞だよ。俺が壇上にいる間中、ずーっと睨んでただろ?」
「俺が?」
「ごまかすなよ。あんだけ殺気のこもった視線送られりゃあ、いやでも気付くぜ?何なんだよ、いったい」
「・・・気のせいじゃねえの?俺別に、あんたに恨みとかないし」
「・・・あ、そ・・・そう来るか。んじゃあ俺から言ってやろうか?毛利のことだろ?」
いきなり図星を指され、ドキッとする。が、それを顔に出さずに新一を見る。
「何でそう思う?」
新一は肩を竦め、
「簡単なことだろ?俺とおまえは今日が初対面。特に恨みを買った覚えもない。だとしたら俺とおまえ
が関わる理由って言ったら毛利のことしかねえだろ」
と言った。快斗は、ふいっと視線をそらせた。
「俺が、毛利に手ェ出したとでも思ってんのか?だったらまだそんなことしてねえから安心しろよ」
その言葉に、快斗がぴくっと反応する。
「―――まだって、どういう意味だよ?」
「やっぱそれを心配してたのか。―――まだはまだ。言葉どおりの意味だよ」
「蘭のことが・・・好きなのか?」
「・・・本人より先に、おめえに言うわけにいかねえだろ?」
快斗が、新一を睨みつける。新一は快斗の鋭い視線にちょっと吃驚したような顔をしたが、怯むこと
なく受け止めていた。
「―――蘭はあんたにはわたさねえよ」
「・・・それを決めるのは、毛利じゃねえのか?」
「・・・とにかく、蘭には近付けさせねえからな」
そう言うと快斗は身を翻し、すたすたと歩き出した。
その後姿を見送りながら、新一は眉を寄せた。
―――なんだ?あいつ・・・ただ、姉貴の心配してるにしちゃあ、異常じゃねえか・・・?
そう思いながら見ていると、向こうからやってきた女生徒が、快斗に声をかけた。
「快斗君、どうしたの?1人で。もうみんな教室に戻ってるでしょう?」
と言ったのは園子だった。
「トイレ行ってたんだ。体育館にずっといたから冷えちまって」
さっきまでの憮然とした態度が嘘のように、にこやかに話す快斗。その変わり様に新一は呆れて見て
いたが・・・。
「じゃあね」
と言って歩き出す園子。新一は快斗の姿が見えなくなるのを確認して、園子の前に現れた。
「やあ、鈴木さん」
突然目の前に現れた新一に、園子はギョッとする。
「あ!先輩ィ、もう、吃驚させないでくださいよォ」
「ごめん、ごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「わたしに、ですか?」
「ああ、君、確か毛利の幼馴染だったよな」
「そうですけど・・・」
「じゃ、弟のことも良く知ってるよな」
「はあ、まあ・・・」
「その弟と、毛利のことで聞きたいんだけど・・・」
「・・・・・」
園子はいやな予感がした。新一は笑っている。とてもにこやかに。だが・・・目が、笑っていなかった。
「あ、あの、わたし、ちょっと急いでて・・・。このプリント、職員室まで持っていかないと・・・」
「俺が持ってってやるよ。どうした?鈴木、顔色悪いぞ。俺のことがこええわけじゃねえだろ?」
「は、はい・・・」
―――目がめちゃめちゃ怖い〜〜〜!ぜっっったいやばいわよ〜〜〜、誰か助けて〜〜〜っ
新一にじりじりと迫られ、園子はいつのまにか壁と新一の間にはさまれていた。
「―――で?毛利とあの弟・・・何かあるのか?」
単刀直入に聞かれ、園子は言葉が出てこなかった。言ってはいけないことなのはわかっている。わか
ってはいるが・・・
「ん?鈴木。どうなんだ?」
相変わらず、凄みのある笑顔で迫られ・・・
―――もうだめ〜〜〜っ、蘭、ごめんっ!
快斗は玄関に着くと2年生の下駄箱の所に行き、蘭の下駄箱を覗いた。
バサバサッ
思った通り、何通ものラブレターが中から出てきた。
「ったく、油断もすきもねえな」
ぶつぶつ言いながら、落ちたラブレターを拾う。と、不意に人の気配がして顔を上げると、目の前に
新一が立っていた。
「よォ」
「・・・どうも。まだ何か用ですか?工藤先輩」
わざと敬語を使う。が、その目は合わそうとせず拾ったラブレターに向けられていた。
「―――毛利ってもてるよな。あんだけかわいけりゃ無理ねえけど」
「・・・・・」
「心配だよなあ。弟としちゃあ」
「何が言いたいんですか?」
「―――好きなんだろ?毛利のこと」
その言葉に、快斗は動きを止め、ちらりと新一を見た。
「そりゃ、姉ですから」
「そういう意味じゃなく・・・女として、好きなんだろ?」
「・・・何言ってんすか?先輩」
快斗は、唇の端を上げて笑った。
「おめえの方がわかってんだろ?それとも言ってほしいか?おめえと毛利が本当の姉弟じゃないって―――」
その言葉を言い終わらないうちに、快斗が新一の胸倉をつかんだ。―――周りに人気はなく、聞いて
いる人間はいなかった。
「―――安心しろよ。誰にもいわねえよ。ただ、これだけは言っとくぜ」
「なんだよ?」
「毛利はおめえのもんじゃねえ。俺は・・・諦める気はねえからな」
今までとは違う、凄みのある視線で快斗を睨みながらそう言うと、新一は快斗の手を払い、すたすた
とその場を後にしたのだった・・・。
快斗は拳を握り締めながら新一の後姿を睨みつけていたが・・・
「あれえ?快斗?どうしたの?」
後ろから蘭の声が聞こえ、快とははっとして振り向いた。
蘭がきょとんとした顔で立っている。
「あ、もしかして待っててくれたの?」
「―――ああ、まあな。今日は部活ないんだろ?」
「うん。ちょうど良かった。園子が今日は一緒に帰れないって言うから、寂しいなと思ってたところなの」
蘭がぺろっと舌を出して照れくさそうに言う。
そんな蘭を見て、快斗もにっと笑う。
「何だよ、1人じゃ帰れねえのか?お子様みてえだな」
「あ、ひっどーい。帰れなくはないもん。ただ寂しいなあと思っただけよっ」
頬をぷうっと膨らませる蘭。快斗は可笑しそうにクックッと笑って先を歩いた。
「あ、待ってよ快斗ォ。ね、買い物付き合ってよ」
「んあ?どこに?」
「駅前のスーパー。今日はわたしが夕飯作るからね」
「は?何で?」
「何でって・・・快斗ってば覚えてないのォ?今日からお父さんとお母さん、旅行に行くって言ってた
でしょ?」
「あ・・・そういや、そうだったな・・・」
「もう・・・ね、何食べたい?快斗の好きなもの作ってあげるよ」
「マジ?」
「うん!魚料理が良い?」
その言葉に、固まる快斗。それを見て、蘭がぷっと吹き出す。
「てんめ・・・」
「あっはは、ごっめーん、快斗ってばホントお魚だめなのねえ」
可笑しそうにけらけら笑う蘭。
「ちっきしょう・・・見てろよ、ゼッテー仕返ししてやっからなっ」
「ごめんってばあ、冗談よ。で?何が良いの?」
「・・・スーパー行ってから決めるよ」
「ん、わかった。じゃ、行こうか」
にっこり笑う蘭と、それに見惚れる快斗。傍から見たら、姉弟というよりは、仲の良いカップルに見
えるのだった・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
うわ〜〜、やっぱり長くなっちゃいました〜。これは5000番をゲットされたREI様のリクエストによる
お話なんですが、「快蘭で義姉弟」というお題をいただいた時点で「長くなりそう」と思ったんですよ
ね。だって、このシチュエーションはおいしすぎるでしょ〜。思わず力はいっちゃって・・・。次で終わ
りにできるかなあ?ちょっと無理かも。3話構成くらいになるかな。両親が留守の間に何があるのか?
何もないわけはない・・・というわけで、次回お楽しみに♪
