-rui-
始めは道明寺司。 そして西門総二郎。 それから花沢類。
3人の男と浮名を流した女、牧野つくし。
相当悪い女みたいだな、これじゃ。
俺は週刊誌の記事を読みながら、苦笑した。
「類様、牧野様をお連れしました」 ノックの音と共に田村の声が告げる。 「入って」
扉が開き、田村と牧野が部屋に入ってきた。 「では、わたしは手配の方に回りますので」 一礼し、田村が出て行く。 その姿を戸惑ったように見送って。 「ねえ、手配って?このホテルで、何かあるの?」 都内の高級ホテル。 そのスイートルームに俺たちはいた。 広い部屋できょろきょろと落ち着かない牧野。 俺は立ち上がると、牧野の前に立った。 「今日、両親がここへ泊まることになってる」 「え・・・・・」 「両親に、牧野を紹介するつもりだよ」 俺の言葉に、牧野は目を見開いた。 「ちょ、ちょっと待って。急にそんなこと―――。それにあの、週刊誌の記事。あんなのご両親が見たら、怒るんじゃ・・・・・」 「それが、そうでもないんだ」 「え?」 「とりあえず、座って話そう」 そう言って、俺は牧野の手を引きソファーに並んで座った。
「今朝、電話があった」 牧野の手を握りながら、落ち着いて話す俺を、じっと見ている牧野。 その瞳は不安に揺れていて、早くその不安を取り除いてやりたかった。 「飛行機の中で、週刊誌を見たって。牧野のことは話してたから・・・・・喜んでたよ、うまくいってるんだって」 「え・・・・・本当に?」 「うん。日本へ帰って来るとき―――両親に言われたことがあったんだ。そんなに好きな相手なら、ものにしてみろって。それが出来たなら、俺を一人前と認めてやるって」 俺の言葉に、牧野は口をぽかんと開け、呆気にとられていた。 「でも話の流れっていうか、勢いで出てきた言葉だし、俺も忘れてたんだけどね。でも、向こうは覚えてて・・・・・いっそのこと、婚約発表しようって」 「こ、婚約発表!?」 「うん。結婚するのは牧野が大学を卒業してからでいいけど、婚約くらいはしてもいいんじゃないかって。何しろ、目を離すとすぐに変な虫が寄ってくるお嬢さんみたいだからって」 「変な虫って―――」 牧野の顔が引き攣る。 「牧野が司と付き合ってたことも、総二郎と写真撮られたことも知ってるんだ」 「うひゃ」 「でも、何でだかそれがうちの親にはツボだったらしくて、会ったこともないくせに『あのお嬢さんならいい』なんて言ってたよ」 軽く笑って言う俺を、呆気に取られ見つめる牧野。 「なんだか、話についていけないんだけど・・・・・それって、喜んでいいこと、だよね?」 牧野の言葉に、俺は頷いた。 「もちろん。で、これから記者会見だから」 と言った俺の言葉に、また固まる牧野。
たっぷり1分経ってから
「はあ!?」
と、素っ頓狂な声を上げたのだった。
「ねえ!待ってよ!嘘でしょ?信じらんない!」 呆気に取られていた牧野を強引にオフホワイトのワンピースに着替えさせ、会場に向かって牧野の手を引き歩いていく俺。 「もう準備は整ってるから。牧野は、俺の隣にいてくれればいいよ」 「そんな!だってあたしまだ、類のご両親にだって会ってないのに―――!」 「だから、そこで会えるから」 「そこでって―――」 「この会場に来てるから。大丈夫。段取りはもう決まってるし」 「決まってるって―――類!ねえ、類ちょっと待って!」 ぐいっと手を引っ張り返され、俺は足を止めた。 振り向くと、牧野が困ったように眉間に皺を寄せ、俺を見つめていた。 「急にこんなの―――あたし、着いていけないよ」 「―――同じことだよ」 「え?」 「俺はもう、牧野を離すつもりはない。婚約とか、結婚とか、本当はいつだっていい。でも、相手は牧野以外にはありえない。それだけは絶対に変わらない。だから、もし今婚約しないとしても、いずれはすることになる。今でも、1年後でも、それは変わらない。だったら、早くしちゃった方が後が楽」 「楽って・・・・・そんな考え方―――」 「それに―――ここで、牧野と俺の婚約が決まれば、おれはまたずっと日本にいられる」 「え・・・・・?」 俺の言葉に、驚き目を見開く牧野。 「それ・・・・・どういうこと?」 「牧野がフランスへ着いてくるならともかく―――日本に残って大学を卒業したいと思っている以上、無理やり連れて行くことはできない。そう言ったら、父親が言ったんだ。『それなら、日本にいて彼女のそばにいればいい』ってね。俺も、父親がそんなこと言うのには驚いたけど・・・・・。どうやら、母親が勧めたらしいんだ。仕事は、日本でも十分できる。今はとにかく、2人を引き離すべきじゃないって。総二郎とのスキャンダルが、功を奏したって感じ?」 「じゃ・・・・・フランスには行かないの?」 「うん。行って欲しかった?」 俺の言葉に、牧野がぶんぶんと首を振った。 「そんなわけ、ない!類と離れてることが、どんなに辛かったか・・・・・・あんな思い、もうしたくないって、そう思ってた。でも、類には類の仕事があって―――困らせたくなかった。仕事のお手伝いはあたしにはできない。だからせめて、邪魔したくないって―――」 堰を切ったように、牧野の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。 「牧野・・・・・」 ぽろぽろと流れる涙を、俺は指で掬った。 「そんなに泣いたら、化粧が落ちちゃうよ。これから会見なのに」 「だって―――」 「でも、良かった」 「え・・・・・?」 涙で濡れた瞳が、俺を見上げる。 「牧野は・・・・・俺がいなくても、平気なのかと思った。俺が思うほど、俺のこと思ってるわけじゃないのかって・・・・・」 「そんなわけ、ない。あたしは―――」 「うん、わかってる」 そっと、牧野を抱き寄せる。 「ちゃんと、思ってくれてるって、わかってる。だけど、不安になってたんだ。もう、俺が牧野から離れるなんて無理だから。こんな風に慌しくはしたくなかったけど・・・・・でも、今聞いて、牧野」 「・・・・・何?」 「俺と・・・・・結婚して欲しい」 その言葉に、ゆっくりと顔を上げる牧野。 揺れる瞳に、俺が映っていた。
「・・・・・返事は・・・・・?」
「・・・・・はい・・・・・」
涙で濡れた頬を両手で包み込み、そっと唇を重ねる。
涙の味がする、触れるだけのキス。
そっと離すと、牧野は微かに微笑んでいて。
「―――ちょっとだけ、化粧直す時間、ある?」 その言葉に、俺も笑って頷いた。 「大丈夫。俺が、直してあげるから」 そう言って、再び牧野の手を握り、歩き出す。
今度は、牧野も俺の手を握り返し、一緒に歩き出した。
ゆっくりと、2人の未来へと続く道を・・・・・。
fin.
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