「逃げた永倉君の代わりに、君が試験管をやったというのは納得できるよ。もうきみもここでは古株になってきてる。きみになら任せても大丈夫と、判断できるからね」 近藤に褒められ、鈴花の頬がほんのりと朱に染まった。 「で、代わってくれたきみに、団子を買ってくる・・・というのも、代わってもらった者としては当然の行為だと思うし、それ自体には不満はないよ。ただ・・・・どうしてそれをわざわざ外で待ち合わせる必要があるのかってことだ」 「それは・・・・・」 「きみが永倉君の代わりに試験管を勤めたってことはほかにも知っているものがいるだろう。知っていれば、永倉君が君に団子を買ってきていたとしても何の不思議もない光景だ。それなのに、わざわざ外で待ち合わせた。傍から見たら、立派な逢引だぜ」 近藤の言葉に、鈴花は目を丸くした。 「あ、逢引だなんて!わたし達、そんなつもりありませんでしたよ!」 「わたし達・・・・・?きみはともかく、永倉君のことまで、きみがどうしてわかるの?」 険しい表情の近藤に、鈴花は口をつぐんだ。 「その、君の対応に不満を持った者に襲われたというのも、新撰組隊士としては油断しすぎだね」 「・・・・・すみません・・・・・」 「だが、悪いのは対応が気に入らないからといってきみを襲おうなんざ考えたそいつらだ。大方、試験管が女と思って甘く見た結果、きみにこてんぱんにやられて逆恨みしたんだろうさ。そんな野郎どものことを君が気にする必要は全くないし、君が責任を感じる必要もないよ」 近藤の温かい言葉に、鈴花は胸が熱くなるのを感じた。 「・・・・それから、その後の君の行動も間違ってない。相手の隙をうかがうってのは正解だったと思うよ。そんなやつらでも人数が多けりゃ危ないからね。下手に抵抗しない方がいい」 落ち着いた近藤の声に、鈴花はほっとしていたが・・・・ 「だが。永倉君に助けられた後に、どうしてそういうことになるのかなあ」 「あ、あの、それは・・・・・」 「責任を感じた永倉君に気を使うってのはきみらしい気もするけど・・・だからって、屯所まで抱えてけだなんて」 大きな溜息をつく近藤に、鈴花は慌てて言い募った。 「だ、だからそれは、冗談だったんですってば!本気にするとは思わなくて、その・・・・ちょっとでも永倉さんの気持ちを楽にしようと思っただけで・・・・・」 必死に近藤の方に身を乗り出す鈴花を、近藤は恨みがましい目で見た。 ―――全く、どうしてこの子はこうも鈍感なのだろう。神社の境内へ呼び出したところからしてわかりそうなもんだが。 近藤は、2人がここへ帰ってきたときの様子を思い出していた。 ―――永倉君の、俺を見るあの目・・・あれは明らかに俺に対する挑戦だぜ。うすうす感づいてはいたが・・・・永倉君は、鈴花に惚れてる・・・・・。 ちらりと鈴花を見ると。 不安気に自分を見つめる大きな瞳。 実際のところ鈴花がかわいくて仕方がない近藤が、本気で鈴花を怒れるはずもない。 だがすぐに許してしまうのも癪だ。
近藤は組んでいた腕を解くと、その腕を伸ばして鈴花の体を引き寄せた。 「きゃっ?」 予想もしていなかった近藤の行動に、鈴花は引き寄せられるままに近藤の胸に倒れこんだ。 「まったく・・・・・」 「こ、近藤さん・・・!」 「永倉君がきみを抱きかかえているのを見たとき、僕がどんな気持ちだったかわかるかい?」 「あの・・・・・」 「新撰組局長という立場がなかったら、あの場で永倉君を斬っていたかもしれないよ」 「!!」 近藤の指が、鈴花の髪を優しく撫でる。 「またこんなことがないように、しっかりお仕置きしなくちゃいけないなあ」 「お、お仕置きって・・・」 近藤の胸に身を任せながら、困ったように近藤を見上げる鈴花の表情がかわいくて、近藤は頬を緩ませた。 「君の目に・・・俺しか映らなければいいのにねえ」 「近藤さん・・・・・」 恥ずかしそうに頬を染め、俯こうとする鈴花の頬を近藤の掌が押さえた。 「鈴花・・・・」 「・・・はい・・・」 「・・・俺に、口付けてくれる?」 近藤の言葉に、鈴花は目を見開きこれ以上ないくらいに頬を紅潮させた。 「な・・・・!!そ、そんなこと、できるわけないじゃないですか!!」 「どうして?きみは、俺のことが好きなんじゃないの?」 「そ、それとこれとは・・・・・」 「言っただろう?これはお仕置き。できないなら・・・・」 「できないなら・・・・・?」 鈴花の瞳が不安気に揺れる。 そんな鈴花ににっこりと微笑みながら、近藤は次の言葉を続けた。 「そうだね・・・・今すぐ広間に行って、トシや永倉君・・・他の隊士たちの前で、口付けてもいいけど?」 近藤の言葉に、鈴花はぎょっとした。 近藤は平然とした様子でニコニコと笑っている。 ・・・・・近藤だったら本気でやりそうなところが怖かった。 「わ、わかりました・・・でも・・・・」 「でも?」 「目は、閉じてくださいね。恥ずかしいですから・・・・」 真っ赤になってそう言う鈴花がかわいくて、近藤はくすりと笑った。 「ん、わかった。これでいいかな?」 そう言うと、近藤は言われた通り目を閉じた。 もう引くに引けない。 鈴花はそう思い・・・誰もいるはずないのに周りをきょろきょろと見回し、本当に誰もいないことを確かめると、思い切って近藤の唇に自分の唇を重ねた。 ほんの一瞬の出来事。触れるか触れないかの口付け。 それでも鈴花は頭から湯気が出そうなほど真っ赤になっていた。 目を開けると、近藤はとろけそうに幸せな笑顔を見せた。 「ちょっと淡白だけど・・・・・君にしては上出来かな?」 「もう・・・勘弁してくださいよ〜」 「言っただろう?俺は嫉妬深いって。あんな場面を見せられて、平静でいられると思う?・・・・・でもこれで、覚悟は決まった」 「覚悟・・・・・?」 鈴花が不思議そうに首を傾げる。 「きみを・・・絶対に離しはしない。たとえ何があっても・・・・・。君が生きている限り、俺はどんなことがあってもきみだけは離さない。他の男と一緒になんか、絶対にさせないよ」 近藤の、鈴花を抱きしめる腕に力が入る。いつも以上に強引な近藤に、鈴花は驚いて目を見開く。 「・・・・身勝手だと思うだろうが・・・・俺はもう、きみなしでは生きていけない。たとえ一瞬でも・・・・他の男がきみに触れるのは、許せない」 そう言って鈴花を見つめる近藤に瞳は、熱を帯びたように熱く、鈴花の姿を映して揺れていた。 「近藤、さん・・・・・」 鈴花が近藤の名を呟いたのが合図となったかのように、近藤は鈴花の唇を荒々しく奪い、激しく貪った。 「・・・・・んっ・・・・・・・」 鈴花の表情が苦しそうにゆがむのを見て、一瞬その唇を離すが、また唇を塞ぎ、そのまま鈴花の体を畳に横たえた。 「こ、近藤さん!あのっ」 近藤の胸に手を当て、必死に抵抗を試みようとする鈴花の手を、近藤の手がいともたやすく退けてしまった。 「あのさあ。俺が、きみに口づけされて平気でいられると思う?」 「え?」 「もう、我慢できない」 そう言って、近藤は鈴花に覆いかぶさったのだった・・・・・。
――――もう絶対、試験管を代わったりするのはやめよう・・・・・。
押し寄せる快感の波の中で・・・・鈴花はそう1人、心に決めるのだった・・・・・。
終
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