***恋慕 1***


 その日の夕食の時間、ほとんどの隊士が広間に集まっている、近藤は広間にその姿を探した。
 絶対に見落とすはずがないその姿が見えないことを疑問に感じ、隣にいた原田にさりげなく声をかけた。
「ねえ、桜庭君の姿が見えないみたいだけど?」
「え?ああ、そういえば・・・・。あれ?そういや新八の姿も見えねえなあ。2人してどこか行ってんのか?」
 その言葉に、近藤の眉が微かに上がる。
 もちろんそのわずかな変化に気付いたのは、土方くらいのものだったが・・・・・。


 「全く、俺をこんなに心配させるなんて・・・・帰ってきたらお仕置きだな」
 ざわつく心を落ち着かせるように、そんなことを言いながら門前までやってきた近藤。
 すっかり暗くなってきたあたりをきょろきょろと見渡し、人の姿が見えないことに溜息をつきその場でしばらく突っ立っていたが・・・・・

 しばらくすると、夜道から人の話し声が聞こえてきた。
 1人は、聞き間違えようもない桜庭鈴花その人の声だとすぐに分かった。
 そしてもう1人は・・・・・

「もう、永倉さん、そろそろ降ろしてください!」
「何言ってんだよ、屯所まで抱えてけって言ったのはおめえだろうが」
「だから、そんなの冗談に決まってるじゃないですか!もうすぐ屯所ですよ!?こんなところ誰かに見られたら――――」
 鈴花の声は、そこで途切れた。
 門前の近藤の姿が目に入ったからである。
 その鈴花は、なぜかしっかりと永倉に抱きかかえられていたのだ・・・・・。

「―――お帰り。2人で、ずいぶん遅かったんだねえ」
 近藤がにっこりと笑う。
 しかしその笑顔は鈴花の背中を冷たい汗が伝うには十分なほど冷たく・・・・・
「あ、あの、近藤さ・・・・・」
「ああ、ちょっと面倒に巻き込まれちまってよ」
 鈴花の言葉を遮るように永倉が言う。
「面倒?」
 近藤が顔を顰める。
「ああ。後でちゃんと報告しに行くよ。今はこいつを運ばせてくんねえかな」
 永倉が、鈴花を抱えたままでにやりと笑って言った。
「あ、あの、わたしはもう大丈夫ですから!降ろしてください!」
 鈴花の慌てた声にも、永倉はその手を離そうとしない。
「なあに、遠慮すんなって。ちゃんとおめえの部屋まで送り届けてやるからよ」
 そう言って永倉は不適に笑うと、鈴花を抱えたまま近藤の横を通り過ぎようとしたが・・・・・
「待ちなよ」
 近藤の低い声が永倉の足を止める。
「ああ?」
 永倉が訝しげに近藤を見る。
「・・・・桜庭君は、俺が部屋まで連れて行くよ。永倉君は先にその面倒とやらの報告を・・・・トシに」
「土方さんに?けど、今ちょうど夕飯時じゃあ・・・」
「だから。きみも、夕飯はまだだろう。片付けの都合もある。さっさと先に食って、その後報告に行けばいい。桜庭君のことは心配しないでいいよ。俺が後で運ぶから」
 そう言って近藤は強引に永倉の腕から鈴花を取り上げると、そのまま永倉に背を向けて行ってしまったのだった・・・・・。

 あとに残された永倉は呆気にとられていたが・・・・。
「ちっ・・・・せっかくいい感じだったのによ・・・・。けどまあ、近藤さんのあんな余裕のない顔見れただけでも儲けもんってやつか」
 そう言ってクックッと笑いながら、永倉は広間へと足を向けたのだった・・・・・。


 「―――さて、と。どういうことか、説明してもらおうか」
 鈴花の部屋へ行き、畳にその体を下ろすと、近藤はその場に胡坐をかいて座った。
 腕組みをし、その表情はにこやかに見えるようだが、鈴花にはその額に青筋が浮いているのが見えるようだった・・・・・。
「あ、あの・・・実は・・・・・」
 鈴花は冷や汗をかきながらも、何とか誤解を解こうと今日あったことを話し始めた。
「今日・・・・新入隊士の入隊試験があったじゃないですか」
「ああ・・・そういえばそうだったね」
「それで、その試験官を永倉さんがやることになっていたんですけど、永倉さん逃げちゃって・・・それで、わたしが代わりにやることになったんです」
「それは知らなかったけど・・・それで?」
「それで・・・やっぱり何人かは不合格者がいまして・・・・・でもたぶん、そのときのわたしの対応が気に入らなかったんだと思うんです」
「・・・・・・対応ねえ・・・・・」
 近藤は不服そうだったが、特に何も言わず、話の先を促した。
「それで、その後神社の境内にいたわたしを、その、襲ってきたというか・・・・」
「ちょっと待って」
 そこで、近藤は表情を険しくして話を止めた。
「襲われたっていうのも聞きずてならないけど、その前に。どうして君はそこにいたの?」
「それは・・・永倉さんが、試験官を代わったわたしに、お団子を買って来てくれるって言うのでそこで待ち合わせを・・・」
「どうしてわざわざそこで?」
「あの・・・他の人に見られると面倒だからってことで・・・」
「・・・・・ふ〜ん・・・・・・それで、永倉君を1人で待っているときに襲われた、と」
「はい。永倉さん以外の人が来ることを予想していなくって、油断してしまって・・・。それで、そのまま林の中へ連れて行かれて・・・・でもちゃんと意識はあったんで、スキを見て逃げようと思ってたんです。でも、その前に永倉さんが助けに来てくれて・・・。ただ、そのとき私、敵を油断させようと気絶した振りをしていたので永倉さんが来た時もまだ目を閉じていて、永倉さんわたしが気絶していると思ったみたいでそのまま抱えられちゃったんです。すぐに目を開けたんですけど・・・自分のせいだって申し訳なさそうにしてる永倉さんに、逆に申し訳なくなってしまって・・・それで、冗談で屯所まで抱えて行ってくださいって言ったんです。まさか、本当にそうするとは思わなくて・・・すぐに冗談ですって言ったんですけど・・・・・」
 一気に話し終えた鈴花を、近藤はじっと見つめていたが・・・・やがて、ふっと息を吐き出した。
「きみの話は良くわかったし、仕方がないとも思えるけど・・・・」
 いつもの優しい声でそう言う近藤に、鈴花はほっと胸をなでおろしたが・・・。
「でも。それは理屈の上での話だよ。俺の感情的には・・・・そうはいかない」
 そう続けた近藤の笑顔に、鈴花の背中をまた冷たい汗が伝って行ったのだった・・・・・。




 

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