-tsukushi-
こんなに怒ってる西門さんを見るのは、初めてかもしれない。
切れ長の目は容赦なく鋭くあたしに注がれ、あたしの手首を掴む手は緩みそうもなく、きりきりと痛んだ。
「―――頼まれたの、桜子に」
あたしの言葉に、西門さんは表情を変えず続けた。
「それは聞いた。俺が聞きたいのは、何で断らなかったのかってことだ」
「何でって・・・・・」
「キャバクラだぞ?何するところかわかってるだろうが。たとえ仕事だって、こんなことするなよ!」
怒鳴った拍子にその手に力がこもり、あたしは手首の痛みに顔を顰めた。
「たった1日だけだし、お給料が良かったから・・・・・」
「で、客に触らせて、次も指名するって言われたらまたやるつもりだったわけ?」
「触らせたわけじゃないよ。今日は接客はしないっていう話で・・・・・」
「あほかお前!ああいう店で、そんなの通るかよ!」
「だって―――」
手首を掴んでいた手をぐいと引っ張られ、あたしは思わずよろけて、西門さんの傍に引き寄せられる。
「お給料がいいからって、あんな店でバイトできる女なわけ?お前は。それ知って、俺がなんとも思わないとでも?」
「―――本当に、1日だけのつもりだったのよ。だから、桜子にも黙っててって―――」
「俺に隠しとおせるわけねえだろ?ほんっとに馬鹿だなお前は!」
「ば―――馬鹿とかあほとか、そこまで言わなくたっていいじゃない!」
「いーや、言わせてもらうね。お前がそんなに馬鹿なやつだとは思わなかった。よりによってキャバクラでバイトだと?あんな気障ったらしいスケベ野郎に簡単に触らせやがって!」
怒りがおさまりそうもない西門さんに、あたしは小さく溜め息をついた。
「ただのバイトだよ」
「俺は認めない、そんなバイト。お前が他の男の横に座ってるって考えただけでも腹が立つ」
「そんなこと言ったって・・・・・」
「お前の横にいていいのは俺だけ。お前の笑顔も全部俺のもの。他の男に安売りすんなよ」
「―――じゃあ、西門さんの笑顔は?」
「おれ?」
「バイト辞める代わりに―――西門さんの笑顔を、あたしだけに頂戴」
昼間、バイト先の休憩室で見たTVの映像が蘇る。
リポーターの女性に、甘い笑みを向けていた西門さん。
それだけじゃない。
TVを見てたすべての女の子があのとろけるような笑顔を見ているのだ。
「仕事だって、わかってるけど。でも、あたし以外の人に笑顔向けないで。西門さんの彼女はあたしなのに・・・・・」
ポロリと涙が零れた。
「牧野・・・・・」
西門さんが、驚いたような顔であたしを見つめる。
あたしは慌てて涙を拭った。
やきもちなんて、みっともない。
西門さんがもてるのは今に始まったことじゃない。
でも、誰にでもあんな笑顔を向ける西門さんを見ていると、自信がなくなってしまう。
あたしは、西門さんの彼女でいられるのかなって・・・・・
俯いた瞬間、西門さんの腕があたしをふわりと抱きしめた。
「―――ほんっと馬鹿なやつ」
その言葉にむっとしてあたしは離れようとしたけれど、西門さんの腕が緩むことはなくて、あたしは戸惑いながらも西門さんの顔を見上げた。
「・・・・・俺がどれだけお前に惚れてると思ってるんだよ」
「そんなの・・・・・わかんないもん。いろんな人にその憎たらしい笑顔振りまいてるくせに」
「そりゃあ、性分だからな。だけど、あんなのは全部作り笑い。本当に俺が笑顔になるのは、お前の前だけだって何でわかんねえかな」
西門さんの瞳が、甘くあたしを見つめる。
「・・・・・自信、ないもん。あたしは西門さんみたいにいろんな人と付き合った経験もないし・・・・・」
「関係ないだろ?俺がお前がいいって言ってるんだから。むしろ付き合った経験なんか少ないほうがいい。これ以上嫉妬したら俺がおかしくなっちまう」
「・・・・・自分のこと棚に上げて。ずるいんだから」
じろりと睨みつけると、なぜか西門さんは嬉しそうに笑った。
「今までは、うざいとしか思わなかったけど・・・・・お前のやきもちは気分いいもんだな。初めて知ったよ」
おかしそうに笑いながら言われて、あたしは頬が熱くなるのを感じて焦った。
「もう、離してよ!あたしのことからかって楽しんでるんでしょ」
「少しな。けど、お前が悪いんだぜ。俺に黙ってあんなバイトするんだから」
「それは―――ごめんなさい」
降参して素直に謝ると、西門さんの目が優しく笑った。
―――ああ、そうか・・・・・
「約束、守れよ?」
「約束?」
西門さんの掌が、あたしの頬に触れる。
「バイト、辞める代わりに―――俺の笑顔をお前だけに、ってやつ」
「あれは―――」
「いまさら取り消しはなしだぜ。俺の笑顔は、お前だけのものだ。だから―――あんなバイト、もう二度とするなよ」
とろけるような笑顔と、甘い声・・・・・
―――そう、この笑顔は・・・・・あたしのものだ・・・・・
ゆっくりと唇が重なり、啄むような口づけを繰り返す。
「―――返事は?」
わざと耳元に唇が触れるか触れないかの位置で囁く。
「わかったって言ったら・・・・・笑ってくれる?」
「ああ。牧野つくしだけに、最高の笑顔をやるよ」
そして再び合わさる唇。
あたしは西門さんの首に手を回し、背伸びをしてその耳元に囁いた。
「じゃ、約束。ずっと・・・・・あたしだけに見せてね」
切なくなるほど甘い、その笑顔を―――
fin.
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