―――あ、かわいい。
花屋さんの前を通って。 ピンクの花を付けた桜草に目を奪われる。 控え目な小さな花なのに、そのピンク色は鮮やかで、可憐だ。
―――あたしのイメージじゃないだろうなあ。
小さく溜め息を付き、また歩き出す。 大体、花とかピンクっていうイメージとはかけ離れてるのよね。そんなこと、自分でもわかってる。 でも・・・・・ それでも時にはあんなかわいい花に見とれちゃうことだってあるんだから。
待ち合わせ場所のちょっと手前で足を止める。 待ち合わせの相手はあきら。 そして彼の隣には、何故か桜子がいた。 整形したとはいえ、その姿は可憐で、あきらと2人並ぶ姿はとても絵になっていて・・・・・ つくしの胸がズキンと音を立てて痛む。 さっき見た可憐な桜草が桜子の姿と重なる。 自分には似合わない可憐な花。 桜子だったら似合いそうな気がした。
「あ、先輩!」 先に桜子がつくしに気付いて手を振った。 続いてあきらがつくしの方を見る。 つくしを見つめて優しく微笑むあきらはドキッとするほどきれいで、女のつくしでも見とれてしまうほどだ。 「じゃ、私行きますね。先輩、また合コン付き合ってくださいね!」 そう言っていたずらっぽく笑うと、駆けて行ってしまった。 その後ろ姿を見送って、呆れたように溜め息をつくあきら。 「何言ってんだ、あいつ・・・・・牧野?どうした?」 桜子の後ろ姿をぼーっと見ていたつくしは、あきらの声で我に返った。 「あ・・・・・その、桜子ってかわいいなあと思って」 つくしの言葉に、あきらは首を傾げた。 「そうか?まあ、知らないやつから見たら顔は完璧だわな」 と、言って肩をすくめる。 「それより・・・・・お前、合コンなんか行ってんの?」 「ああ、うん。たまに・・・・・人数足りないからって連れてかれるの」 つくしの言葉に、あきらは面白くなさそうに目をそらせる。 「ふーん・・・・・辞めとけよ、合コンなんて」 「だって、人数足りないからどうしてもって・・・・・でも大体いつも途中で抜けちゃうの。どうせ男の人達の目当ては桜子だしね」 なんとなく言い方がきつくなってしまう。 あきらがそんなつくしの顔を覗き込む。 「お前、なんか怒ってる?」 「お、怒ってなんかないよ。何言ってんの」 至近距離のあきらの顔にドキッとして目を反らす。 「・・・・・ま、良いけど。それよかこないだお前が言ってた店、行ってみようぜ」 「え?」 つくしがきょとんと首を傾げる。 あきらが呆れたように溜め息をついた。 「何だよ、忘れちまった?美味しそうなケーキ屋が出来たから、今度行ってみた いって言ってただろ?」 「あ・・・・・」 それは先週の話。 つくしがちらっとした話を覚えてくれていたのだ。 その気遣いがあきららしく、嬉しくなる。 「行こうぜ」 にっこりと笑って手を差し延べてくれる。 女の子に対する気遣いもさすがで、感心するのと同時に、誰に対しても変わらず優しいあきらに、少し不安になる。
「意外と・・・・・少女趣味な店だな」 ピンクを基調にした、かわいらしい店内で、丸テーブルに向かい合って座る。 他に男の人の姿はなく、あきらはかなり目立っていた。 ちらちらとこちらを見る視線は羨望と嫉妬の眼差しで。 だがそれに気付いているのかいないのか、あきらは気にする様子もない。 こういう店にいてもちっとも違和感を感じないのは、普段から少女趣味な家に暮らしているからか、あきらの持つ繊細なイメージのせいなのか。 そんなあきらの姿につい見とれていると、つくしの視線に気付いたあきらがにやりと笑った。 「何見とれてんだよ」 はっとして、思わず頬を赤らめる。 「べ、別に見とれてなんかないし」 「あ、そ。なんかお前、さっきから変。何怒ってんの」 「怒ってなんかないってば。気のせいだよ」 「そうか?せっかくお前の好きなケーキが目の前にあるってのに、さっきから全然手もつけてないじゃん」 その言葉にはっとして、つくしは目の前に置かれたケーキを見た。 そこにケーキが置かれたことにも気付いていなかったのだ・・・・・。 「怒ってないんなら、何かあったんじゃねえのか?言ってみろよ」 「別に・・・・・何も・・・・・」 段々小さくなる声。 そんなつくしを見て、あきらが溜め息をつく。 「・・・・・俺といてもつまんねえ?」 沈んだ声にはっとする。 「そんなこと・・・・・」 「さっきからお前、ちっとも楽しそうじゃねえし。全然俺の方も見ねえじゃん」 「それは・・・・・」 まだ、恋人同士という感覚に慣れなくて。 いつもそっと覗き見ていたきれいな顔が間近にあるのが嬉しくて。 でも、近くでじっと見つめられるのは恥ずかしくて・・・・・。 つい、うつむいてしまうのだ。 「今日会うのだって1週間振りだろ?俺はすげえ楽しみにしてたのに、お前はそうじゃないわけ?」 「た、楽しみだったよ!あたしだってすごく楽しみにしてたよ!でも、美作さんが―――!」 そこまで言ってしまってから、つくしは慌てて口を抑える。 「俺が・・・・・何?言ってみろよ。俺が何かしたか?」 あきらの声が低くなる。 つくしを見つめる瞳は、あきらにしては珍しく鋭いものだった。 「・・・・・雑誌に・・・・・」 「は?」 「雑誌に、出てたでしょ?」 「誰が?」 「美作さんが!」 つくしの言葉に、あきらはちょっと眉を寄せて考える。 「ああ・・・・・わかった。先月撮影したやつか。セレブな大学生特集とかいうやつ。で・・・・・それがなんだよ?」 あきらは、わけがわからないというように顔を顰める。 つくしは、あきらから目を逸らすと、俯きながらぽつぽつと話し始めた。 「その雑誌に・・・・・モデルと一緒に映ってるページがあったじゃない」 思い出す、雑誌の1ページ。 街を歩いている、あきらとモデルの女の子。 ふわりとカールさせた髪の、足の細いきれいなモデル。 柔らかく微笑むその表情は女の子らしくて、あきらに注がれるその眼差しは熱っぽく潤んでいるように見えて。 あきらも優しい眼差しをそのモデルに向けていた。 とてもきれいでお似合いな2人。
その写真を見たとき、つくしは自分の胸が痛むのを感じた。 あきらの隣にいても、なぜか引け目を感じてしまう。 きれいなあきらと、決してかわいくない自分と。 店のガラスに映る不釣合いな2人に、溜息が出る・・・・・。
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