***ルージュ2***



 可憐な桜草のような、かわいらしいピンクの口紅。

 前に美作さんからプレゼントされたその口紅は、彼と会うとき専用のもの。

 2人だけの秘密だったそれは、いつの間にか花沢類や西門さんにも知られていて、あたしがその口紅をしているときの彼らは決まってあたしたちをからかうのだ。

 でも、それでもいい。
 美作さんと付き合ってるんだと実感できるのが嬉しいから・・・・・・。


 「今日、映画見に行く前にちょっと寄って行きたいところがあるんだけど・・・・・」
 映画館へと向かう道で、美作さんがそう切り出した。
「良いけど・・・・・時間大丈夫?」
「ああ、そんなに時間はとらない。母親から頼まれたものを受け取りに行くだけだから。その店が6時までで閉まっちまうから、映画見終わってからだと間に合わないと思ってさ」
「そうなんだ。どういう店?」
「それは―――ああ、見えてきた。あそこ、ピンクの壁の店、見えるだろ?」
 言われてそっちのほうを見れば、鮮やかなピンク色の壁が、目に入ってきた。


 「あらあ、あきら君久しぶり。元気だった?」
 中に入ると、まるで美作さんのお母さんのお部屋そのものの店内に、あたしは呆気に取られた。
 店主らしい髪の長い美しいマダムが美作さんを見て嬉しそうに微笑む。
「お久しぶりです。母が注文したものを受け取りに伺ったんですが」
 そう言って微笑む美作さんと、マダムの視線が一瞬絡み合う。
 なんとなく、2人の間にただならぬものを感じてしまうのは、あたしの気のせいだろうか・・・・・。
「ああ、そうだったわね。こちらに来てくださる?奥にあるのよ」
 そう言ってマダムが店の奥に美作さんを促す。
 美作さんはあたしをちらりと見ると
「ここで待ってろよ」
 と言ってマダムの後について行った。

 美作さんを待ってる間、あたしは店内をぶらぶらと見て回っていた。
 美作さんのお母さんが好きそうな、少女マンガの世界から出てきたような雑貨が所狭しと並べられた店内は、なんだか異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥りそうだった。

 と、店員らしい2人の女性の会話が、すぐ横で聞こえてきた。
「―――きれいな男の子よね」
「お得意様のご子息ですって」
「ほら、彼でしょう?店長がご執心で・・・・・」
「ああ!あれが―――確かに美形だけど―――一緒にいたの、彼女じゃないの?」
「でもたいしたことないじゃない。店長のほうが美人だし、彼にはお似合いだわ」
「そうね。ね、奥の部屋で何してると思う?あそこは、特別な顧客しか入れない部屋よ」
「あら、あなたもそれ考えてたの?きっと今頃店長と彼・・・・・」
 
 あたしは、迷わず店の奥へと足を向けた。
 
 まさか、美作さんに限って。

 だけど、胸がざわつく。

 美しいマダム。
 
 あたしと付き合う前の美作さんは、そんなマダムとばかり付き合っていた・・・・・・。

 「美作さん!」
 プライベートルームと書かれた部屋のドアを乱暴に開ける。
 
 美作さんの首に腕を回してしなだれかかっていた店長が、はっとして振り向く。
「牧野!」
 美作さんが、あたしの姿を見て慌てて店長の体をぐいっと押しやった。
「嫌だわ、勝手に・・・・・あきら君、彼女はお友達?」
 店長が余裕の笑みでくすりと笑い、あたしを見る。
 その人を見下したような笑顔に、カチンとくる。
 美作さんが、肩をすくめて口を開いた。
「彼女は、僕の恋人ですよ」
 その言葉に、目を見開く店長。
「恋人?この子が?まあ、あきら君たら、いつからこんな子供と付き合うようになったの?」
 心底馬鹿にしたようなその言葉に、あたしはぶちきれた。
「子供で悪かったわね!おばさん!」
「お―――おばさんですって!!」
 真っ赤になって、きっと目を吊り上げる店長。
 あたしはくるりと2人に背を向けると、そのまま駆け出し、店を飛び出したのだった―――

 
 「牧野!!待てよ!!」
 後ろから、美作さんの声が追いかけてくる。
 だけどあたしは足を止めなかった。
 こんな顔で、振り向けない。
 あたしきっと今、ひどい顔してる。
 嫉妬でぐちゃぐちゃの―――

 「待てってば!!」
 美作さんに腕をつかまれ、ぐいっと引っ張られる。
「離してよ!」
 振りほどこうとするけど、男の人の力に敵うわけなくて。
「離すわけねえだろ?誤解すんなって!彼女とはなんでもない!」
「抱き合ってたじゃない!」
「抱きつかれてただけだよ」
「美作さん、ああいうマダムが好きなんでしょ?どうせあたしは子供だもん!」
「そういう事言うから子供なんだろ?俺の話聞けよ!」
「いや!」
「牧野!!」
 両肩を掴まれ、はっと顔を上げる。
 怒った表情の美作さん。
 
 ―――ぶたれる!

 そう思って咄嗟に目を瞑る。

 その瞬間―――
 柔らかい感触が、あたしの唇に重なった。
 
 思わず目を開けると、目の前にきれいな美作さんの顔。

 人目を気にする余裕もない。

 驚きに固まっていると、美作さんがそっとあたしを抱きしめた。
「―――逃げるなよ。ちゃんと俺の話を聞けって」
「だって・・・・・」
「品物を店長から受け取って中身を確かめてたら、突然抱きつかれて身動きできなかったんだ。彼女とは本当になんでもない」
「―――本当に?」
「当たり前。確かにお前と付き合う前までマダムとばっかり付き合ってきたけど。彼女は、うちの母親の友達なんだ。いくら俺でも母親の友達には手ぇださねえよ」
 そう言って、あたしの顔を覗き込み、にやりと笑う。
「やきもち、妬いたんだ?」
 その言葉に、あたしの顔がかっと熱くなる。
「そ、そんなんじゃ・・・・・だって、いきなりあんなとこ見て、びっくりして―――」
「妬いてたんだろ?」
 じっと見つめられて。
 あたしは、降参したように頷いた。
 そんなあたしを見て、美作さんがやわらかく微笑む。
「そういうの、嬉しいよ。けど・・・・・もうちょっと信用してくれよ、俺のこと」
 その言葉にちょっと気まずくなって視線を下げたとき―――。
 美作さんの真っ白なシャツに、鮮やかなピンクの口紅の痕がついているのが目に入った。
 まるで、ピンクの花弁のようなそれは
 それは明らかにあたしの―――
「わっ、やだ、どうしよう」
「は?―――ああ、さっき俺が抱きしめたときについたんだな」
「落ち着いてる場合じゃないよ!口紅って落ちないのに!しかもこんな真っ白なシャツに―――」
 柔らかな肌触りの、いかにも高級そうな白いシャツ。
 美作さんにぴったりのその純白のシャツは彼のお気に入りで、デートのときにも何度か着てきたことがある。
「これくらい、どうってことない」
「だって!」
「お前が、俺のためにつけてきてくれた口紅だろ?」
 そう言って、人差し指でそっとあたしの唇をなぞる。
 その仕草にドキッとして、あたしは美作さんを見上げた。
「お前につけられたものなら、ずっと落ちなくてもいい。お前がやきもち妬いてくれたんだってこと、いつでも思い出せるし。浮気の心配もないだろ?」
 そう言っていたずらっ子のように無邪気に微笑む美作さんが。
 いつもの大人っぽい彼の表情とはまた違う表情で、あたしをどきどきさせた。
「―――浮気なんて、やだよ。ずっと、あたしだけを見てて」
 思わず告白したあたしを、ちょっと驚いて見つめて。
 それから、嬉しそうに微笑んでくれた。
「―――もちろん。俺はいつでも、お前だけを見てるよ」

 そう言ってまた抱きしめるから。

 彼のシャツに、もうひとつピンクの花弁が。

 それでも美作さんが嬉しそうに笑うから。

 あたしは彼の肩口に、またピンクの花弁を散らしたのだった・・・・・。


                                fin.







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