雨が降ると、思い出す。
あの日のことを・・・・・
「なんか、隠してることない?」
2人で傘をさして歩きながら、類がちらりとあたしを見た。
「隠してること?」
あたしが首を傾げると、類が再び前を向いて頷いた。
「うん。何か・・・・・こないだから、こそこそしてる気がするんだけど?」
「こそこそって・・・・・」
「俺に、隠し通せると思ってる?」
再び向けられた視線に、思わずぎくりとする。
「・・・・・結婚するときに誓ったよね?隠し事はしないって」
類と結婚したのは、今年の6月のこと。
類の両親にも温かく迎えられ、信じられないくらい順調な結婚生活。
こんなに幸せでいいのかしらと、逆に不安になってしまうほど・・・・・
「―――昨日、どこかに電話してただろ?」
類の言葉にぎょっとする。
「聞いてたの?」
「聞こえてきたんだよ、たまたまそばを通りかかって。ひそひそと、まるで内緒話でもするみたいに声潜めて・・・・・何日の何時に、とか言ってた」
「それは―――」
「俺に隠れて、誰と会うつもり?そんな風にこそこそと会わなくちゃいけないやつなわけ?」
「そうじゃないよ」
あたしは、完全に拗ねてしまっている類を困ったように見つめた。
―――まだ、内緒にしておこうと思ったのにな・・・・・
ちょっとしたいたずら心。
だけど、これ以上隠しておいたらきっと、類は完全に誤解してしまいそうな勢いだった・・・・・。
「―――ちょっと、行きたい所があるんだけど」
あたしの言葉に、類は顔をしかめた。
「何?突然」
「いいから、黙ってついてきて」
そう言ってあたしはちょっと笑うと、雨の中ある場所へ向かって歩き出したのだった・・・・・
着いたのは、高校の非常階段。
「―――今日みたいな雨の日だったね」
道明寺と別れ、類と結ばれた日。
あたしを抱きしめてくれた類のぬくもりを、あたしは今でも覚えている。
「―――つくしのことが心配で。あの日は、それしか考えてなかった。つくしのことだけ―――」
類も手すりにもたれ、思い出したように呟いた。
「うん・・・・・。フランスにいると思ってた類が突然現れて、びっくりして―――でも、すごくうれしかった」
あたしは類を見上げ―――
不思議そうにあたしを見つめる類の手を、そっと握った。
「もう少し後で―――驚かそうと思ってたんだけど」
「―――どういうこと?」
「・・・・・先月、病院に行ったの」
「病院?どうして?どこか具合が悪いの?」
「そうじゃなくて」
あたしは首を振りながらも、込み上げてくる気持ちを抑えきれずくすくすと笑った。
「つくし・・・・・?」
「類・・・・・パパになりたくない?」
そう言って見上げれば。
みるみるその顔が紅潮し、ビー玉のような瞳が驚きに見開かれた。
「それ・・・・・まさか・・・・・」
類の手が、恐る恐るあたしのお腹に触れる。
あたしはこくりと頷き、類の手の上に自分の手を重ねた。
「―――今、3ヶ月だよ」
「―――なんでもっと早く言わないんだよ!?」
「だから、驚かせたくて・・・・・。昨日は、病院に検診の予約の電話を入れてたの」
信じられないような目であたしを見つめて。
それから、まるでスローモーションのようにゆっくりと、類があたしの体を抱きしめた・・・・・。
「―――びっくりした?」
あたしの言葉に、少し遅れて類が頷く。
「―――当たり前だろ?ここのところ1ヶ月くらい仕事が忙しくて、なかなか2人でゆっくりできなかったから・・・・・愛想尽かして、好きなやつでもできたのかって・・・・・」
「そんなこと、あるわけない。一生類だけって・・・・・誓ったんだから・・・・・」
そっと体を離し、見つめあう。
類の顔が近付き、唇が重ねられる。
優しくて、温かいキス。
気持も、だんだんあったかくなる。
類が、優しくあたしの手を握った。
「家に帰ろう。こんな雨の中にいつまでもいたら、体が冷えちゃうよ」
その言葉に、くすりと笑う。
「大丈夫だよ、傘さして来てるんだし、今日はまだあったかいよ」
あたしの言葉に、それでも首を振る類。
「ダメ。今は普通の体じゃないんだから、ちゃんと気をつけないと・・・・・。なんか心配。無茶して走りまわったりするなよ?」
「子供じゃないんだから・・・・・」
「子供の方が、まだ言うことききそう」
「もう」
あたしが頬を膨らませて類を睨むと、くすりと笑う類。
「―――その検診、俺も着いていくから」
「え・・・・・いいの?仕事、忙しいのに」
「それは特別だろ?ちゃんと、自分の目で確かめたいし」
そう言って類はあたしの手を引き、ゆっくりと階段を下り出した。
「階段とかも、気をつけてね。慌ててコケないように」
「だから、子供じゃないってば」
「心配なんだよ。つくしはすぐにてんぱるから・・・・・。何かあったらすぐに電話して。それから、具合悪い時は絶対に無理しないで」
「はいはい。なんか、急にうるさくなったよ」
呆れたように言うと、類がきっぱりと言った。
「心配してるだけ。もう、つくしだけの体じゃない―――その中には、おれの子がいるんだから」
階段を下りきり、類は足を止めるとあたしを振り返った。
「だろ?」
「―――うん」
笑顔で頷けば。
安心したようにあたしの額にキスをする。
「―――帰ったら、お祝いしよう」
そうして2人、傘をさして。
ゆっくりと家への道を歩き出したのだった・・・・・。
fin.
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