「ここにいれば、牧野が来るような気がしてたんだ」
類だったらそう言ってくれると。
いつでもあたしを見守ってくれると、自惚れてたのかもしれない。
朝からのひどい雨で、非常階段からの見通しも悪い。
あたしはそこで、1人立ちすくんでいた。
「俺を信じろ」
そう言った道明寺を、あたしは信じてた。
道明寺が、あたしではなく滋さんとの婚約を発表したときも、信じてた。
きっと何か事情があるんだって。
入籍のニュースを聞いても・・・・・・。
2人の結婚式の様子をTVで見ても、あたしは・・・・・・
だけど・・・・・
「ごめん」
いつも人の目を見て話すあいつが。
初めてあたしから目を逸らし、そう言った声には力がなくて。
あたしは初めて、真実を知った・・・・・。
それから、あたしは真っ直ぐにこの場所に来た。 雨の中、傘をさすことも忘れてた。 類が、いてくれるような気がしたんだ。 でも、そんなわけなかった。 類は今、フランスにいるはず。 花沢家の跡取りとして、本格的に仕事を始めた類がフランスへ渡ったのは先月のこと。
もう、この非常階段に来ることもなくなったんだ・・・・・。
涙は、出なかった。 ただ、心は空っぽで。 何も感じなかった・・・・・。
ショックだったのは、道明寺の心変わりなのか。 それとも、別れを告げられて涙も出ない自分なのか。 どこかで、本当はわかってたのかもしれない。 道明寺は、もうあたしを見てないって・・・・・。 そして、あたしも、道明寺を見てないって・・・・・・
類と会えなくなってから、心にぽっかりと開いてしまった穴は、自分1人では埋めることが出来なくて・・・・・
「ほんと、あたしってバカ・・・・・・」
気付いたらここにいた。 それが、あたしの心そのものなんだと、今初めて自覚することが出来た・・・・・。
「もう、手遅れだっつーの・・・・・」 応えが帰ってくるはずのない独り言。 だけど・・・・・
「何が、手遅れ?」 突然聞こえてきた声に、弾かれたように振り返る。
変わらない笑顔。 今一番会いたかった笑顔が、そこにあった・・・・・。
「どうして・・・・・」 あたしの声に、類がふっと笑った。 「牧野が、どこかで泣いてる気がして・・・・・心配だったんだ」 そのとき、初めてあたしの頬を涙が伝っていった・・・・・。
類の手が、あたしの髪を優しく撫で、そっと引き寄せる。 「・・・・・寄っかかって良いよ。俺が、支えるから・・・・・」 優しい声が、深いところまで染み込んでくる。 「あたし・・・・・類に会いたかったよ・・・・・・」 「うん、俺も・・・・・。牧野に、会いたかった・・・・・」 「気付いたら・・・・・ここにいたの・・・・・」 「うん・・・・・」 「類が、いてくれる気がして・・・・・・」 「うん・・・・・」 「・・・・・呆れるかもしれないけど・・・・・」 「ん・・・・・?」 「軽蔑するかもしれないけど・・・・・」 「・・・・・俺が?」 そっと顔を上げれば、類の優しい瞳にぶつかる。 「俺が、牧野を軽蔑するなんて、ありえないよ」 「・・・・・あたし、道明寺と別れても・・・・・ショックじゃなかったの」 「・・・・・うん」 「あいつの顔見て、悲しい気持ちにはなったけど・・・・・それよりも・・・・・類がフランスへ行っちゃったときの方が寂しくて・・・・・悲しくて・・・・・涙が止まらなかった・・・・・」 「・・・・・うん」 「会いたくて・・・・・会いたくて・・・・・堪らなかった・・・・・」 「うん・・・・・俺も」
頬に伝う涙を、類の指が掬った。
瞼に、類の唇が触れる。
冷たくて、だけど優しいぬくもり。
「俺もずっと、会いたかった・・・・・。ずっと・・・・・好きだよ・・・・・」 類の唇が、溢れる涙を掬い取り・・・・・
そして、優しくあたしの唇に触れた。
慈しむような、優しいキス。
「愛してる・・・・・」
どちらからともなく紡がれた言葉が、雨が降りしきる中、やさしいぬくもりとなって2人を包み込んでいた・・・・・。
fin.
|