***Only one. vol.1 〜総つく〜***



 「今更何を迷う必要があるって言うんだ?」
 イライラと言う俺を困ったように見つめる牧野。
「だから、そういうんじゃなくて、引越しがあるんだってば、その日」
「プロムは卒業式の後だぜ。間に合うだろ?」
「簡単に言わないでよ。西門さんにはわからないだろうけど、大変なんだから」
「何だよ、俺にはわからないって」
 売り言葉に買い言葉。
 2人で暫し睨み合う。


 俺と牧野が付き合い出したのは去年のクリスマスから。

 N.Y.に行ってしまった司と別れ、落ち込んでいた牧野を励ましたりして一緒にいるうちに自然にそうなっていた。

 そして俺たち3人の卒業式。
 英徳では毎年卒業式の後にプロムと呼ばれるダンスパーティーが開かれていた。
 参加は自由。一応パートナー同伴ということになっている。

 もちろん俺は牧野を誘った。
 が、牧野の返事は実にそっけないもので。

 『あ、あたし無理。その日引越しがあるの』

 そりゃあないだろう。
 牧野の事情はわかってるつもりだ。
 でも、もうプロム用のドレスだって用意したっていうのに・・・・・。

 考えたくなくても、余計なことを考えてしまう。

 先週、あきらから聞いた話が頭に蘇る。
 ずっとN.Y.に行ったきりだった司が、卒業式には顔を見せるというのだ。
 プロムにまでは出られないが、卒業式ぐらいは・・・・ということらしい。

 今更、とも思う。
 だけどやっぱり気にならないはずはない。
 ずっと2人のことを見て来たのだから・・・・・。

 「・・・・・司に、知られたくないわけ?俺たちのこと」
 俺の言葉に、牧野が目を見開く。
「は?何言ってんの?道明寺は関係ないでしょ?大体、言わなくたってあいつならもうとっくに知ってるんじゃないの?」
 そう言ってぷいと横を向く牧野。
「どうだか、俺はしらねえよ。けど、お前がそこまで断る理由っつったらそれくらいしか思いあたらねえ。司に会うのが怖いのか?もしまだ司がお前を想ってて、それを告白されたりしたら、おまえはまたあいつのところに行くのかよ」
「そんなこと、ありえない。さっきから何言ってんのよ。あたしは、引越しがあるからいけないって言ってるの!道明寺は関係ない!」
「だから!引越しが終わってからでも十分間に合うって言ってるだろ?何でそこまで頑なに拒むんだよ?そんなに俺の相手が嫌かよ!だったら他の女誘うぞ!」
 勢い余って口から飛び出した俺の言葉に、牧野の瞳が一瞬揺れる。

 しまった、とは思ったが、今更引くに引けない。
 俺も少し、意地になっていた・・・・・。

 「・・・・・じゃあ、そうすればいいじゃない」
 低く、感情を抑えた声。
 すっと視線を外し、下を向く。
「牧野―――」
「無理して、あたしなんか誘わなくったっていいよ。どうせ西門さんとあたしじゃ吊り合わないもん。ドレスだって似合わないし。もっと西門さんに合う人を誘えばいい」
「おい―――本気で言ってるのか?」
 牧野は俯いたままだ。
「おい、こっち向けよ」
 そう言って、牧野の腕を掴もうとした瞬間、その手を振り払われる。
「あたし―――バイトがあるから」
 そう言って、駆け出す牧野。
 追いかける間もなかった。
 あっという間に遠くなっていく背中を、俺は道の真ん中に立ってただ見送るしかなかった・・・・・。

 
 「―――で、どうすんだよ?本当に他の女誘うつもりか?」
 あきらの家に上がりこみ、適当に作ってもらったカクテルを飲みながらソファーにもたれる。
「そうできたら、どんなに楽か―――」
「何だよ、結局惚気に来たのかよ」
 あきらが呆れたように言う。
「まさか、断られるとは思ってなかった」
「・・・・・ま、あいつにも事情はあるだろ。引越しがあるってのも本当だろうし・・・・・。自分は場違いだとでも思ってるんじゃねえの?」
「それだけであんなふうに拒むか?司のこと・・・・まだ引き摺ってんじゃねえのか?」
 俺の言葉に、あきらがちょっとイラついたように溜息をついた。
「総二郎、いい加減にしろよ。牧野が司と別れてから、俺たちは3人で牧野を見守ってきた。類が牧野に惚れてることも知ってたし、俺だって・・・・・。その中で、牧野が選んだのはお前だ。いい加減な気持ちで、お前と付き合うことを決めるような女じゃないってことくらいお前だって知ってるだろ?あいつのこと疑うなら、すっぱりと別れちまえよ。そうすりゃあ俺も類も、心置きなく牧野を口説けるってもんだぜ」
 グラスの酒を一気に飲み込み、席を立つあきら。
「―――俺はもう寝る。飲みたきゃ勝手に飲んでろよ」
 そう言うと、さっさとリビングから出て行ってしまった・・・・・。

 「んなこと・・・・・わかってるっつうの・・・・・」
 司と別れて、傷ついた牧野を励ましていたのは俺だけじゃない。
 類はほとんどの時間牧野に付きっきりだったし、あきらも牧野を気遣い、世話を焼いていた。
 そうしているうちに、類だけじゃなく、俺やあきらも牧野に惹かれていったんだ・・・・・。

 牧野が、俺を思ってくれてるってことはわかってるつもりだ。
 けど、不安になるのは何でだろう。
 俺は牧野だけを見つめてる。
 だから牧野にも、俺だけを見ていてほしいと思う。
 
 だけど現実には、牧野が見ているのは俺だけじゃないような、そんな気がして仕方がなかった・・・・・。








  

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