My Little Girl 2




 次の日、いつもより早く目が覚めてしまった新一は、ソファで眠る蘭の顔をボーっと見つめていた。
 好きな子と同じ屋根の下で眠る・・・こんなにおいしいシチュエーションはない。はずなのだが・・
・。
―――まさか、こんな姿になっちまった蘭に手ェ出すわけにいかねーもんなァ。それじゃ犯罪だって・
・・。

 新一は大きな溜息をついた。それに反応したかのように、蘭がちょっと身動きした。
「・・・う・・・ん」
 少し口を開け、あどけない顔で眠る蘭。
―――かわいい、よなあ。こんなにかわいかったっけか、こいつ・・・。
 じっと見惚れているうちに、新一は心臓が高鳴ってくるのを感じた。
―――ちょっとくらい・・・キスくらい・・・してもいいかな・・・。こいつ、一度寝たらなかなか起
きねーし・・・それくらいじゃ起きねーよな・・・。
 新一は、高鳴る胸を押さえつつ、そっと蘭に近づき、蘭の桜色のかわいい唇に、自分のそれを・・・
 ガチャッ
 突然、ドアが開く音がして新一は飛びのくように蘭から離れた。
「お?新一、起きとったのか。早いのォ」
 と、言いながら阿笠博士が入って来た。新一はちょっとばつが悪そうな、不貞腐れたような顔をして
振り向いた。
「・・・なんじゃ、その顔は。昨夜は良く眠れたのかの?」
「いや・・・いろいろ考えてたから・・・」
「ふむ・・・そうじゃな。しかし・・・」
 博士はふと気付いたように、ニマッと笑うと、
「―――新一、何か不埒なことを考えていたんじゃあるまいな?」
「な―――!!」
「お?その顔は図星かの?何しろ好きな女の子と1つ屋根の下というシチュエーションはそうそうない
からのォ」
「ば―――!俺はそんな―――!」
 真っ赤になって怒鳴り返す新一。名探偵も形無しである・・・。
「・・・うーん・・・新一ィ・・・?」
 新一の声が大きかったせいか、蘭が目を擦りつつ、体を起こした。
「ら、蘭―――!い、今の聞いて―――!」
「?・・・何のことォ?あ・・・博士、おはようございますゥ」
 博士を見つけた蘭は、かわいらしくニッコリ笑って言った。
「おはよう、蘭君。よく眠れたかの?」
「―――ハイ。すいません、お邪魔しちゃって・・・」
「いやいや、いいんじゃよ。自分のうちだと思って、寛いでおくれ。―――ところで新一、今日はこれ
からどうするんじゃ?」
「ああ、それなんだけど・・・蘭」
 新一は、真剣な顔をして蘭を見た。
「何?新一」
「今日は、これからのことを話し合おうと思ってたんだけど・・・」
「うん」
「おまえの体がこんなふうになっちまったこと、言っておきたい人間はいるか?」
「言っておきたい、人間・・・?」
「ああ。今のところ、いつ体が元に戻るか分からない状況だ。もちろん学校も休まなきゃなんねェ。当
然、周りは変に思うはずだ。そういうことをいろいろ手を回して辻褄が合うようにしておかなきゃなら
ねえだろ?」
「うん・・・」
 蘭は考え込むように下を向いた。
「もちろん、蘭が誰にも知られたくないなら、それでもいいよ。ただ・・・おっちゃんにどういう風に
説明するか・・・それがちょっと問題なんだけどな」
「・・・・・」
 蘭はキュッと眉根を寄せて、考え込んでいる。新一と博士は、蘭が何か言うのをじっと待っていた。
 たっぷり1分ほど経ってから、蘭は突然顔をあげ、新一を見た。
「―――新一」
「ん?」
「・・・お母さんに、言っておきたいの」
「へ・・・お母・・・さん?」
 新一は一瞬、その顔を思い浮かべることが出来なかった。それはそうだろう。蘭の母親―――弁護士
である妃英理は10年も前に家を出て、別居生活をしているのだ。当然その間、新一は会っていないわけ
で・・・。
―――どんな人だったっけ・・・?確か、蘭と遊びまわって泥だらけになって帰ると、スッゲー怒られ
たこととかは覚えてるけど・・・。ヤベ・・・怒られたことしか記憶にねーよ。
「蘭君のお母さんと言うと・・・弁護士の先生じゃったかな」
 と、博士も思い出したように言った。
「はい。・・・今は月に1回、お父さんに内緒で会ったりするくらいですけど・・・」
「月に1回、会ってたのか?」
「うん。やっぱり会いたいもん。まだ離婚したわけじゃないし」
 と、蘭はちょっと寂しそうに言った。
「そっか・・・。それでお母さんにだけ言いたいってことか?」
「うん。お母さんなら多分、今の状況を判ってくれると思うし、協力してくれると思うの」
「・・・そうだな。おっちゃんに隠しておくにはそのほうが好都合、か」
「学校には、言えないし。友達にも・・・このことに巻き込みたくないし・・・」
 友達思いの、優しい蘭らしい言葉だった。
「お父さんは心配性だし、元刑事の探偵だから、自分で何とかしようと思って危険なことしそうだし」
 蘭は、ちょっと苦笑いして言った。さすがに父親のことを良く分かっている。
「分かった。それなら・・・これから、会えるかな?おばさんに」
「うーん・・・。電話してみるけど・・・お母さん、忙しいから」
 と言いつつ、蘭は母親の妃英理に電話した。
「―――もしもし、お母さん?私、蘭・・・」
「蘭?どうしたの?こんな朝早く」
「うん。ちょっと・・・。ねェ、今日、時間ある?」
「今日?どうして?」
「ちょっと・・・。大事な話があって。ダメ?」
「急に言われてもね・・・。ちょっと待ってね」
 と言って、英理は電話を置いたようだ。今日の予定などを確認しているのだろう。
「・・・お待たせ。そうね、3時から5時・・・までなら何とかなるわ」
「ホント?ゴメンね、えっと、じゃあ・・・」
 蘭がチラッと新一を見る。新一は手振りで“ここで”と伝えた。
「あの、阿笠博士、知ってるでしょう?新一の家の隣に住んでる・・・」
「ああ、あのちょっと変わった人ね」
「う、うん・・・その、博士の家に来て欲しいんだけど・・・」
「あそこに?またどうして?」
「それは、今はちょっと言えないの・・・来てから全部、話すから」
「―――分かったわ。とにかく、3時に阿笠さんのお宅へ行けばいいのね」
「うん。ゴメンね、忙しいのに」
「何言ってんの。あなたがそんな事言うってことは余程の事だもの。大丈夫よ、ちゃんと行くから」
「うん・・・ありがとう」
 母の優しい言葉に思わず涙が溢れてくる。
―――電話を切ると、蘭はちょっと目を押さえ、新一と博士のほうに向き直った。
「おばさん、来れるって?」
「うん。3時から5時までなら何とかなるって」
「そっか・・・。じゃあ、それまでどうすっか」
「新一、今日学校あるでしょ?行って来ていいよ」
「え?けど、おまえ・・・」
「わたしなら大丈夫。博士もいるし」
 と言って、蘭はニッコリ笑ってみせた。
「そうじゃな。3時なら学校から少し早めに帰ってくれば間に合うじゃろう」
 と言って、博士も頷いた。
 新一としては、少しでも蘭の側についていたかったのだが・・・蘭がそういうのでは仕方がない。新
一は一度自分の家に戻り、制服に着替え学校へ行く準備をして再び博士の家へ行った。
 博士の家では、博士と蘭が朝食の準備をしているところだった。体が小さくなってやりづらそうでは
あるが、さすがに家で毎日家事をしていただけあって、てきぱきと動いている。そんな蘭を見ながら、
“いい嫁さんになるなあ”などと不謹慎なことを考えている新一だった・・・。


 「じゃあ、行ってくるよ」
 朝食を食べ終わり、玄関へ向かった新一とそれを見送りについてきた蘭。博士は早々に地下の研究室
に行ってしまった。
「いってらっしゃい」
 と言ってニッコリ笑う蘭はとってもかわいく、新一は諦めきれずに、
「なァ、やっぱ俺もいたほうが・・・」
 などと言い出した。
「大丈夫だってば。ね、心配しないで行ってきて」
「―――分かったよ。・・・あ、そうだ!」
 と、突然新一が大きな声を出したので、蘭はビックリして目をぱちくりさせる。
「何?急に」
「ちょっと待ってろ!」
 と言うと、新一は自分の家へ走って行き、蘭が呆気にとられている間に、またすぐに戻ってきた。
「どうしたの?」
「これ―――」
 と言って、息を切らしながら新一が差し出したのは、小さな袋・・・。
「?これ、何・・・?」
「昨日、おまえを待たせて買いに行ったもの。本当は昨日のうちに渡すつもりだったのに・・・すっか
り忘れちまってた」
 蘭はその袋を受け取ると、丁寧に開けて中のものを手のひらに出した。
「わあ・・・かわいい!これ、わたしが欲しがってた奴ね?」
「ああ」
「新一、覚えてくれてたんだ。興味なさそうにしてたのに・・・」
「・・・つけてやるよ」
 新一は真っ赤になった自分の顔を隠すように蘭の後ろにまわり、ペンダントをつけてやった。蘭は嬉
しそうにそのペンダントを見つめている。
「ありがとう、新一。とってもうれしい」
 満面の笑みでそう言われ、ますます赤くなる新一。
「じゃ、じゃあ、俺もう行くから・・・」
「うん。行ってらっしゃい」
 後ろ髪を惹かれつつ、新一は学校への道を歩き出した。蘭は、その姿が見えなくなると家の中に入り、
玄関の鍵を閉めた。
 本当はすごく不安だったのだ。こんな体になって、怪しげな組織に狙われ、これから先のことが何も
見えない不安に、蘭の小さな胸は押しつぶされそうになっていたのだ。
 でも・・・蘭は胸に揺れる雫型のペンダントを見つめた。
―――不思議・・・。なんだかこれをつけてると、新一が側にいてくれるみたい・・・。
 蘭はなんだかうれしくなって、いつも家でそうしてるように博士の家の掃除や洗濯などを始めたのだ
った・・・。


 新一は結局我慢できずに、昼休みに入るとすぐに学校を後にした。蘭のことが心配で授業どころでは
なかった。それに、滅多に休まない蘭が学校を休んだので、蘭の親友園子が新一に根掘り葉掘り聞いて
くるのに心底閉口し、早々に逃げ出したかったというのもあった。
「ただいま!」
 勢いよくドアを開け、博士の家の中へ入る。ちょうど居間でお昼ご飯を食べていた博士と蘭が、ビッ
クリして新一を見た。
「新一?ずいぶん早いね、どうしたの?」
「どうしたって、そりゃ心配で・・・・って、蘭、その格好・・・」
 新一は蘭を見て目を丸くした。
 蘭は朝まで着ていたトレーナーと半ズボンという格好とは打って変わり、かわいらしいピンクのワン
ピースを着ていた。襟や裾には白いレースがあしらわれ、椅子にちょこんと座っている姿は、まさにお
人形のようだった。
「デパートに、博士と買い物に行って、買ってもらっちゃったの・・・変?」
 恥ずかしそうに頬を赤らめて首を傾げる蘭。ボーっと見惚れていた新一は、蘭の言葉にハッと我に帰
り、
「い、いや、変じゃね―よ!すげ―似合ってる!」
「ホント?良かった」
 えへへ、とテレ笑いする蘭。その横で、まるで孫でも見るように目を細めて蘭を見つめる博士・・・。
なんとなく、新一は面白くない。
「買い物に行くなら、俺も一緒に行ったのに・・・」
「だって、新一は学校あるでしょ?それに、わたしだって朝はそんなつもりなかったし・・・でも博士
が」
「どうせ必要になるもんじゃしの。昨日、その下着を借りに行った家で聞いておいたんじゃ。小さい女
の子の服を買うのはどこが良いか。そこのお宅にも昨日のお礼に何か買っていこうと思ってたんでな」
「そっか・・・」
「新一、お昼は?何か食べたの?」
「いや」
「じゃ、食べなよ。これ、まだあるから」
 蘭が自分の前のチャーハンを指差す。
「ああ。じゃあ食べるよ。―――あ、いいよ。俺が取ってくるから」
 椅子から降りようとする蘭を手で制し、新一は台所のフライパンに残っていたチャーハンを皿に盛っ
て、席についた。
「これ、博士が作ってくれたのよ」
 と、蘭がニコニコして言う。
「へえ、やるじゃん、博士」
「いやいや、蘭君がやってくれると言ったんじゃが、やはり危ないじゃろう?その小さな体では」
「ごめんなさい、役に立たなくて・・・」
 蘭が申し訳なさそうに言う。
「何をいっとるんじゃ。掃除や洗濯までしてくれて、大いに助かっとるよ。それにわしも孫が出来たよ
うで楽しいんじゃよ」
「・・・ずいぶん、仲良くなったみて―だな」
 と、ちょっと不貞腐れたように新一が言う。
「なんじゃ、新一。やきもちか?」
 博士が二カッと笑って新一を見ると、新一の顔が一気に耳まで赤くなる。
「バッ、何言ってんだよっ」
 一方の蘭も、顔を赤くして俯いている。そんな2人を、博士は笑いながら楽しそうに眺めていた。
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 ちょっと短め。新一、博士に嫉妬するの巻って感じで。会話が多くなってしまいました。

次回は英理さん登場と、蘭の仮の名前が決まります。