My Little Girl 3



 予定である3時10分前に、英理がやって来た。さすがに母親だけあって、蘭のことはすぐに気付い
てしまった。もちろん驚いていたし、事情を説明しても、すぐには信じることが出来なかったようだが
・・・。目の前に小さくなった蘭がいるのは紛れもない事実。
「蘭・・・」
 英理は蘭の前に屈み込むと、娘の体をやさしく抱きしめた。泣き虫な蘭の瞳からはポロポロと涙が流
れる。
「お母さん・・・」
「例え、あなたがどんな姿をしていても、わたしの娘には違いないわ。そうでしょう?」
「うん、うん」
 英理は蘭の目をまっすぐに見て、微笑んだ。
「安心なさい。あなたが元の姿に戻れるように、わたしもできる限りの事はするわ」
「うん、ありがとう」
 英理は蘭をソファに座らせると、向かい側のソファに座っている博士と新一を見た。
「それで、これからどうしようと思ってるの?新一君」
「はい。それなんですが・・・とりあえず、学校には本当のことを言うわけにはいかないので・・・」
「そうね。あんまり長く休むとお友達も心配するだろうし。こういうのはどう?海外に留学したことに
するの」
「留学・・・」
「そう。とりあえず半年・・・いえ、1年ということにしておいて、その前に戻れたら留学先で事故が
あったとかいう事にして戻ったら?」
 新一はあごに手をやり、少し考えてから、
「・・・そうですね。蘭、それでいいか?」
「うん」
 蘭はこくんと頷いた。
「細かいことはまた後で決めましょう。それから・・・蘭、このこと、あの人に言うつもりはない?」
 あの人、とは、父、小五郎のことだろう。
「・・・うん。お父さんにはそのうち話そうと思ってる。今はまだ、余計な心配かけたくないの。」
「そう。分かったわ。安心して。あの人のことはわたしが何とかするわ。新一君、任せてくれる?」
「はい、もちろん。お願いします」
 英理に言われ、頷く新一。
―――やっぱ、この人苦手だ・・・。有無を言わせねェ雰囲気をもってんだよな・・・。
 などと考えていた新一。しかし、顔には出さないようにして、話を続ける。
「それで、住む所なんですが、とりあえず博士のところにいてもらっていいでしょうか」
「ここに?」
「はい。あの時の奴ら・・・あいつらは人を殺してもなんとも思わないような奴らだ。蘭が目撃した取
引のことを考えても裏で相当の悪事を働いているはずだ。そいつらが、もし蘭が生きていると分かった
ら・・・蘭をほおって置くはずがない」
「うん・・・」
 蘭は頷きながら、薬を飲まされたときの恐怖を思い出して青ざめた。英理がそんな蘭をきつく抱き寄
せる。
「おそらく、蘭のことはもう調べているはずだ。あの時俺と一緒にいるところも見られているんだから
、調べれば蘭が何者かってことも分かっちまう。そうなれば、おっちゃん、おばさん、俺の周りも当然
調べるだろう」
「でもそれなら、あなたの家の隣に住んでる博士のことだって調べるんじゃなくて?」
 と、英理が言う。
「―――かもしれません。でも、そこに小さな女の子がいても、すぐに蘭とは結びつかないでしょう。
博士と蘭は、今までそれほど交流があったわけじゃない。それに・・・」
 そこで言葉を切ると、新一はチラッと蘭を見た。
「博士の家にいれば、俺が側にいられる・・・守ってやることが出来ます。何か変化があれば、すぐに
分かります。だから・・・」
 本当はもっと側に・・・自分の家に置いておきたいところなのだが、幾ら子供の体になっているとは
いえ、やはりそれは許してもらえないだろう。
「でも・・・博士は?いきなり蘭と一緒に暮らせ、なんていっても博士の生活があるでしょう?」
「わしは構わんよ」
 と、博士がのんきに言った。
「蘭君は一通りなんでも出来るじゃろう?わしは研究室にいることが多いしの。いろいろやってもらっ
てかえって助かるくらいじゃし・・・それに、なんだか孫ができたみたいで楽しいんじゃよ、ハハハ」
 大口を開けて笑う博士を、新一がチラッと横目で睨む。その光景を見て英理はほっとしたように笑い、
「博士がそうおっしゃるなら・・・。お願いしますわ、蘭のこと」
 と言った。蘭もペコッと頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「それで・・・蘭、学校の事だけど」
 と、英理が蘭に向き直った。
「学校・・・?」
「あなたの体・・・多分10年前くらいに戻ってるのね。とすると、今は6歳ってことになるわ。ちょ
うど小学1年生よ」
「え・・・って、まさか・・・もう1回小学校に行けってこと?」
 蘭が、心なしか顔を引きつらせて言う。
「もちろんよ!こんな小さい子が毎日家にいたらおかしいでしょう?」
「で、でも、家から出ないようにすれば・・・」
「ダメよ!」
 英理がいつになく厳しく、キッと蘭を見て言ったので、蘭は思わず見を竦めた。
 英理はそんな蘭に今度はふわりと優しく微笑みかけ、そっと抱き寄せた。
「・・・蘭、あなた今、すごく不安でしょう?無理しなくてもいいのよ。でもね、ずっと家の中に篭っ
てたら、それこそその不安に押しつぶされてしまう。博士は研究室にいることが多いだろうし。新一く
んだって学校があるわ・・・。あなたを1人ぼっちにしたくないの。分かるでしょう?」
「お母さん・・・」
 蘭は、英理を見上げた。
「わかったわ。わたし、学校に行く」
「ところで、名前なんだけど・・・」
 と、新一が蘭に向かって言った。
「学校へ行くんだったらなおさら、本名のままじゃまずいと思うんだ」
「そうね・・・」
 と、英理がまじめな顔をして頷いた。蘭はちょっと戸惑ったような顔をして、
「でも、なんて名前にしよう・・・?」
「そうだなあ・・・蘭・・・乱歩・・・江戸川・・・ってのは?」
「江戸川ァ?」
 蘭があからさまにいやそうな顔をする。新一は心外、と言う顔をして、言った。
「なんだよ、そのいやそうな顔・・・。じゃ・・・コナン・ドイルの、コナン、とか・・・」
「外国人じゃないのよ?」
「・・・んじゃ、明智小五郎の明智・・・」
 蘭は、ハアッと溜息をついた。
「・・・なんで全部、そういう類の名前なのよ?」
「・・・他に思いつかね―んだよ」
「にしたって、明智じゃすぐ連想できて・・・わたしやあよ。怪人20面相とか言われるの」
「あら、じゃあ浅見は?」
 と、英理が口をはさんだ。
「浅見?」
「ええ。浅見光彦って知らない?」
「知ってる!あのドラマのやつよね」
「ああ、あの探偵気取りのルポライターとか言う・・・」
「わたし、あの人好き!」
 途端にうれしそうな顔をして蘭が言う。新一は、蘭の口から他の男(ドラマの中の人間だが・・・)
を好きという言葉を聞いて、ギョッとした。
―――す、好きって、そんな・・・
「お、おい、蘭―――」
「決めた!苗字は浅見にするゥ」
 蘭は、新一の様子に気付くことなく、嬉しそうにそう言い切った。
「下の名前はどうするの?」
 と英理。もはや新一抜きで、話は進められていた・・・(泣)。
「下の名前・・・光子・・・じゃなんかなァ・・・」
「そうね。そのまんまだものね」
 と、2人で考え込む。
「V.I.ウォーショースキー・・・」
 新一がボソッと言った。
「は?何それ?」
 と、蘭が怪訝な顔をする。
「ウォーショースキーって・・・確かサラ・パッキーが書いた小説に出てくる探偵ね。本名はヴィクト
リア・ウォーショースキー・・・元弁護士で、空手の達人という・・・」
 と英理が言った。
「へえ?わたし知らないけど・・・」
「蘭にぴったりだろ?」
「そうね、確かに。でも、V.I.とかヴィクトリア・・・っていう名前はちょっと・・・」
「・・・新一って、ネーミングセンスないよねェ」
「全くじゃ」
 蘭と博士が頷きあって言うので、新一はブスッとして、黙り込んでしまった。
「あらでも、作者の名前ならいいんじゃないの?“サラ”ってきれいな名前よ」
「そういえばそうね。浅見サラ・・・か。うん、良いかも。サラっていう漢字は後で考えるね」
「じゃ、決まりね。浅見サラで・・・。じゃ、漢字が決まったら連絡頂戴。わたしはそろそろ行くわ」
 と言って、英理は席を立った。蘭や新一、博士も慌てて立ち上がる。
「―――じゃあね、蘭。くれぐれも気をつけて。何かあったらすぐに連絡するのよ」
「うん、ありがと、お母さん。―――お父さんのこと、よろしくね」
「分かってるわ。―――新一君」
「!はい」
 急に名前を呼ばれ、新一の心臓が跳ね上がる。
「蘭のこと、よろしくね。その組織のこと、わたしも調べてみるから・・・何かわかったら知らせてね」
「はい」
「博士・・・ご迷惑をおかけしますけど、どうぞよろしく」
「ああ、任せなさい」
 博士は相変わらずニコニコ笑っていた。じゃあ、と英理が帰り、再び3人になる。
「さて、じゃあ早速蘭君の小学校の転入手続きをしとかなきゃならんな」
「博士、頼めるか?」
「おお、わしの遠い親戚の子で、両親が海外に行くことになった、ということにしておこう。かまわん
かな?蘭君」
「はい」
 2人が微笑み合う。傍から見ていると、本当におじいちゃんと孫、という感じだ。
 その後、また博士が地下の研究室に行ってしまうと、新一と蘭は2人で紅茶を飲んだ。
「サラ・・・か。これからは外でそう呼ばなきゃなんね―な」
「ん。・・・あ、わたしも“新一”って呼び捨てじゃおかしいよね。―――新一お兄ちゃん・・・って
呼ぶ?」
 その言い方になぜか新一は照れて、
「好きにしろよ」
 と言った。
「―――なァ、蘭」
「ん?」
「さっきはああ言ったけど・・・その・・・もしおまえが不安なら、俺の家に来ても良いんだぞ・・・?」
「え・・・」
 蘭が大きな瞳をさらに大きく見開き、少し顔を赤らめて新一を見る。
「ほ、ほら博士はあの通りだしさ。1人じゃ寂しいだろ・・・?」
 蘭は新一の顔をじっと見つめていたが、やがて新一が見惚れるような笑顔になると、
「ありがと、新一。じゃ、さびしくなったら新一のところに行くね」
 と言った。
「あ、ああ」
「でも、新一も1人じゃ寂しいでしょ?」
「へ?」
「ご飯とか、一緒に食べようよ。こっちで3人分、作るから。―――あ、もし警察に呼び出されたりし
て一緒に食べれないときは、新一の家の冷蔵庫に入れておくよ。―――行っても、良い?」
「ああ、かまわねーよ。合鍵、作っとくから、好きなときに来いよ」
 と新一は言った。
―――こんな状況じゃなかったら、ゼッテ―言えなかったな。ホントは喜んでる場合じゃねーんだけど
・・・少しくらい、楽しんだって良いよなァ?
 無邪気にニコニコ笑っている蘭を見つめながら、思わず顔が緩んでくる新一だった・・・。
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一応ここで終わります。次回はちょっとタイトル変えて・・・蘭の小学校転入編なんてやってみよう かなあと思ってます。もちろん少年探偵団も出てくる予定です。それでは♪