混戦模様 1



 「どうにか間に合ったな」

 新一は腕時計を見ながら呟いた。

 朝から目暮警部に呼び出され、先ほど事件を解決したところだった。学校へ続く道を、やや早足で

歩く。―――蘭の奴、びっくりするかな。今朝、電話したときは俺が学校にいけないと知って、がっ

かりしていたみたいだし・・・。校売でパンでも買って、蘭と屋上で一緒にメシを食おう。

「よォ!名探偵、ずいぶんゆっくりの登校だな」

 この声は―――

 新一は、おもむろに顔をしかめ、振り向いた。

「んでおまえがこんな所にいんだよ?」

 そこに立っていたのは、ガクラン姿の黒羽快斗だった。

「ご挨拶だね。ちょっと用事があってね。これから学校に戻るとこだよ。新一は?何か事件か?」

「まあな」

 この二人、探偵と怪盗という関係の他に、蘭を巡る恋のライバルでもあった。今のところ、新一の

ほうがリードしているのだが・・・。

「ちょうどいいや。おまえに言っときたい事があったんだ」

 と、快斗が言った。

「言っときたいこと?」

「ああ。―――おまえの学校に、新出とかいう校医がいるだろ?」

「・・・なんでオメエが新出先生の事知ってんだよ?」

「蘭に聞いた」

 快斗はニッと笑って言った。途端に新一の鋭い蹴りが飛ぶ。それをひらっとかわして、塀の上に飛

び乗った快斗。

「いきなり何すんだよ」

「っるせー!オメエまた蘭の家に行ったな」

「まあね―――」

「しかも夜だろ!?」

「7時くらいだよ」

「かわんね―よ!いいか、俺に断りも無くあいつのとこに行くな!!」

「へーんだ、こっちは夜しか会いに行けねーんだからしょうがね―だろ。そっちこそいつもいつも週

末に蘭を独り占めしやがって、ずり―じゃねーか」

「俺は良いんだよ!」

「勝手なこと―――」

「おい、ちょっと待てよ。新出のことで話があるんじゃね―のか」

 と、急に思い出したように新一が言った。

「あ、そーだった。―――あいつ、気をつけたほうが良いぜ」

「どういう意味だよ?」

 新一が怪訝な顔をして聞く。

「この間、夕方ころ蘭の家に行ったら、蘭の奴、あいつの車に乗って帰ってきたんだぜ」

「な・・・にィ!?」

 サッと新一の顔色が変わる。

「そいつが帰っちまってから、蘭を捕まえて聞いたら、それが初めてじゃないって言ってたんだよ。

今までも、新一が呼び出されていない時、部活で帰りが遅くなったりすると送ってくれてたらしいぜ」

「―――なんだよそれ、聞いてねーぞ」

「蘭は、一人で歩いてるところを偶然あの先生が車で通りかかるだなんて言ってたけど―――」

「そんなに何回も偶然遭うかよ!」

「だろ?俺もそう思ったんだけど、蘭の奴はあいつのこと信じちまってて―――っつーか、あの先生

に下心があるとか、そんなことは思ってもいね―みて―なんだよな」

「あ・・・の鈍感女!!」

「何とかした方が良いんじゃね―のか?学校の中でのことは、俺じゃどうしようもないし。悔しいけ

どオメエに任せるしかね―んだよな」

「―――なるほどな。それで今日はわざわざここまで来たわけ?」

「それだけじゃねーけどな。ま、もうひとつは今日じゃなくても良かったんだけどさ。蘭のことが気

になっちまって―――。んじゃ、そーゆーことで、頼んだぜ」

「ああ」

 という、新一の短い返事が終わるか終わらないかの内に、快斗の姿は見えなくなっていた。

「―――ったく、すばしっこい奴」

 呆れたように言ってから、再び学校へ向かって歩き出したが・・・なんとなく胸騒ぎがして、結局

ほとんど全速力で学校に向かったのだった。

 

 

 学校に着き、乱れた息を整えつつ教室へ入っていくと、もう昼休みに入ってそれぞれ仲の良いグル

ープで固まって、お弁当を広げている姿があった。が・・・蘭の姿が見当たらない。

「―――でさ、なんかイイ雰囲気で―――入るに入れなくなっちゃったのよ」

「うっそ―――、マジィ?」

 一際賑やかなのは、園子のいる女の子4人組。いつもならそこに蘭の姿もあるはずなのだが・・・。

「ねー、それって・・・」

 だんだん小声になっていく一人の声に合わせるように、4人が顔を寄せ合う。ぼそぼそと何かの話に

夢中で新一がすぐ後ろまで来ているのにも気付かないようだ。

「よォ」

 と、新一が声をかけると、

「キャ―――――!!」

 という、耳を劈くような悲鳴が4人から発せられたのだ・・・。

「―――っ!!な、なんなんだよ!?一体!!」

 あまりの煩さに耳を塞ぎつつ、新一が文句を言うと、恐る恐るという感じで、園子が振り向く。

「あ―――し、新一君・・・来たの・・・?」

「来ちゃワリ―かよ。―――蘭は?」

 と言うと、なぜか4人とも固まってしまった。

「おい・・・?」

「あ―――えーと・・・蘭?さ、さあ、どこ行ったのかしら・・・ねえ?」

 園子が他の3人に振ると、3人が3人とも、視線を宙に彷徨わせながら、

「さ、さあ・・・」

「わ、わたし知らない・・・」

「わ、わたしも・・・」

「―――まさか・・・保健室・・・か?」

 と、新一が聞くと、4人はドキッとしたように顔を見合わせ、固まっている。

「・・・さっきの会話、ひょっとして、蘭の事・・・か?」

『イイ雰囲気』とか何とか、聞こえたような・・・

「ち、ちがうのよ、新一君。4時間目、体育の授業でさ、バスケやってたら、蘭、突き指しちゃって・

・・で、保健室に行っただけで―――」

「やっぱ、保健室にいんだな」

 保健室には当然、校医である新出智明がいる。

「た―――多分、そろそろ戻ってくるんじゃない・・・?」

 と、園子が一生懸命説明しようとしたのだが、中の一人が、

「でも、もう30分以上経ってるよね?」

 と、小声で言ったのを、新一は聞き逃さなかった。

「わ、馬鹿!何言ってんのよ―――!」

 園子が突っ込むと、その子が慌てて手で口を抑えた。

「・・・・・」

 新一は無言で4人に背を向けるとそのまま教室を出て行ってしまった。

「―――あ―あ、どうすんの?怒ってるよ、新一君」

 園子がため息をついた・・・。

 

 

 『イイ雰囲気』?『30分以上』?ジョーダンじゃねーぞ!新出のヤロー・・・

 教室から保健室まで・・・新一がどんな顔で歩いていたか―――すれ違う人全てがギョッとした顔

をして、慌てて避けるのを見れば―――お分かり頂けるだろう・・・。

 ようやく保健室に着き、そのドアを勢い良く開けようとしたが―――中から良く知っている、さわ

やかな笑い声・・・

「・・・クスクス、先生、そんなこと言ったんですか?信じらんない」

「そうなんですよ。僕も言ってから気が付いて・・・あ、もうこんな時間ですね」

「え?―――あ、ホント。じゃ、わたし教室に戻ります。すいません、長々とお邪魔しちゃって・・

・」

「いえいえ、僕のほうはいつでも大歓迎ですよ」

 蘭がドアに近づいてくる気配がして、新一は慌ててその場を離れようとしたが―――考えてみれば、

別に隠れる必要なんか無いんだ、と思い直し、そのまま蘭が出てくるのを待った。

「―――じゃ、失礼します」

 と言いながら、蘭がドアを開けて出てきた。保健室のほうを向いたままペコッと頭を下げ、ドアを

閉めて、くるりと振り向いた。

「キャッ!!」

 蘭が短い声をあげた。

「―――新一!びっくりするじゃない!」

 胸に手をあて、目を大きく見開いたまま息をつく。

 まあ、驚くのも無理は無い。振り向いたら、いきなり目の前に新一がいたのだから。しかもその差、

2cm程のところに・・・。

「―――いつ来たの?新一」

 まだ目を見開いたまま、蘭が新一に聞く。新一は仏頂面で、

「さっき」

 とだけ答えた。

「そう。―――お昼は?何か持ってきたの?」

「いや・・・」

「じゃ、校売でパンでも買う?わたし、教室にお弁当取りに行くから、先に屋上で待っててくれる?」

「―――ああ」

 蘭は新一の様子をそれほど気にしていないように、ひらひらと手を振りながら行ってしまった・・・。

 

 

 「―――意外と早かったね、来るの」

 屋上で、蘭はお弁当を広げつつ新一に言った。

「―――新一?どしたの?」

 新一の返事が無いので、蘭がちょっと心配そうな顔を向けていった。

「―――おまえ、何か俺に隠し事してない?」

 ようやく口を開いた新一の顔は、不機嫌そのものだった。

「隠し事って・・・?」

「新出・・・先生のこととか―――」

「新出先生?先生がどうかしたの?」

 相変わらずきょとんとした表情で、蘭が聞き返す。

 新一はそれには答えずじっと蘭を見つめていたが、やがてがっくりしたようにため息をついた。

「新一?」

「ったく・・・ホンッとにおまえって鈍感だよな」

「?何それ?」

「最近、俺がいないときに新出先生の車で送ってもらったりしてんだろ?」

 と、新一が言うと、蘭はびっくりしたように目を見開き、

「どうして・・・」

 と言いかけたが、すぐに思いついたようで、「―――快斗君ね」

と言った。

 最近、蘭はキッドのことを本名の“快斗”と呼ぶようになっていた。それは他人に聞かれてはまず

いから、というのもあったが、快斗の方がそう呼んで欲しい、と言ったらしい。そして、夜、蘭に会

いに行くときもキッドではなく、快斗の姿で逢いに行っていた。

「何で俺に黙ってたんだよ?」

 新一がちょっと咎めるような口調で言う。

「だって・・・新出先生のこと話すと、新一すっごく不機嫌になるじゃない」

 その言葉に、新一はちょっとびっくりした。

「なんだ、気付いてたのか?」

 鈍感な蘭のことだから、きっと気付いてないと思っていたのだ。

「当たり前よ。ムスッとして、わたしの話、聞こえなくなっちゃうじゃない。どうしてそんなに新出

先生のこと嫌うの?」

 ―――やっぱ、理由まではわかんね―のか。全く・・・あの男の下心がわかんね―なんて・・・

「・・・とにかく、だな」

 新一は蘭の質問を無視して言った。

「もう、送ってくれるって言っても、あの人の車に乗ったりすんなよ」

「どうして?親切で言ってくれてるのに悪いじゃない」

「どうしてってなァ・・・」

「別に、新出先生は妙な下心なんて持ってないわよ」

「何でそんなこと分かる?」

「何でって・・・なんとなく、だけど・・・新出先生だってそう言ってたし・・・」

「先生が?なんて言ったんだ?」

「初めて『送りますよ』って言われた時、わたし断ったのよ。そんなに遠くないし・・・。そしたら

先生、『僕のことが信用できませんか?』って・・・。そうじゃないって言ったら、『下心なんてあ

りませんよ。もし君に何かあったら、僕は絶対後悔する事になります。どうぞ乗って下さい』って言

われたの。そこまで言われたら、乗らないわけにいかないじゃない?」

 と言って、蘭は微笑んだ。

 ―――なんつー気障なやつ・・・。

 と、自分のことを棚に上げて、新一は思った。

「何で新一が新出先生を嫌ってるのか知らないけど、先生、良い人よ。気さくだし、妙に気まずくな

らないようにいろんな話してくれるし・・・。頭良いから新一とも話し合いそうだけどなあ」

 ―――ったく、人の気も知らないで・・・

 新一は、また溜息をつくと蘭の顔をじっと見つめた。

 蘭はきょとんとして新一を見つめ返す。

 キラキラ輝く大きな瞳、さらさらの長い髪、白い肌に桜色のつややかな唇・・・。昔から見慣れて

いるはずなのに、クルクル変わるその表情はいつも新鮮で、見惚れずにはいられない。同じように蘭

を好きになる男が他にいたとしても不思議じゃない。あの黒羽快斗や新出智明のように―――。だが、

だからと言って蘭を他の奴に渡したりはできない。例え―――そう、例え、蘭が他の奴を好きになっ

てしまったとしても・・・蘭だけは、渡せない・・・。

「―――新一?」

 そのつややかな唇から紡ぎ出される名前・・・それは、いつも俺であってほしい。―――新一はそ

う思わずにはいられないのであった。

 新一は蘭の瞳を見つめたまま、細い肩を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。

 蘭が驚いて身を引こうとするが、構わず抱く腕に力を込める。

「ん・・・っ」

 声を発したその隙に、唇の隙間から舌を入れ、口の中を貪るように味わう。

「・・・・・」

 蘭はもう抵抗しなかった。おとなしく新一に抱かれ、されるがままになっている。

「・・・蘭」

 ようやく唇を離し、息の上がってしまった蘭に、新一が囁く。

 ちょっと頬を赤らめ、瞳を潤ませて、蘭が新一を上目遣いで見上げる。

「―――例え、スゲエ良い人でもやなんだ」

 新一は、蘭の肩に顔を埋めるようにして、耳元に囁く。

「―――え?」

「どんなに良い人でもさ・・・俺の知らない間に、蘭に近づく奴は・・・いやなんだよ」

 新一の耳はほんのりピンクになっていた。それを見て、蘭はちょっと幸せな気分になり、新一の方

に頬を寄せるようにして言った。

「ダイジョーブ・・・。私が好きなのは新一だけだよ」

 途端に新一の耳がさらに赤くなり、蘭のほうも・・・自分で言ったくせにゆでだこのように真っ赤

になってしまったのだった・・・。

 

 

 「―――ったく、犬も食わないとはこれのことよね」

「ホントホント」

「やってらんない」

「心配して損しちゃったわね」

「かえろかえろ」

 ―――と、勝手な話をしているのは園子他3名・・・自分たちのせいで二人が別れでもしたら大変・

・・と心配して二人のことを見に来たのだが・・・ま、心配というよりは、ただの好奇心・・・二人

の喧嘩を覗こうと思ったというのが正直なところだろう。が、喧嘩というところまでいかず、がっか

り(?)していたところで、思わぬラブシーンが見れて、結構お得な気分になった4人なのであった・

・・。

 

 

 その日の放課後―――、新一は蘭の部活が終わるまで待っていようと思っていたのだが・・・また、

例によって目暮警部から呼び出しの電話がかかって来てしまったのだ。

「―――大丈夫よ、新一。わたし一人で帰るから」

 と、蘭はニッコリ笑って言った。

「けど―――また新出先生に会ったら―――」

「毎日会うわけじゃないし・・・。それに、新一、早く終わったら来てくれるんでしょう?」

「ああ、もちろん」

「じゃ、待ってるから」

 そしてまた、花のように笑う―――。この笑顔には逆らえない。

「ん―――分かった。じゃあ、なるべく早く終わらせて、迎えに来るから」

「うん」

 この二人の会話、誰も聞いていないと思ったら大間違い。他の話をしているような振りをして、実

はかなりの人が聞き耳を立てていたりする・・・。そして聞いている人のほとんどがそのアツアツぶ

りに赤面しているのだが、当の本人たちは全く気付いていない―――という状況だったのだ・・・。


                                                                   to be continued





  「恋の宿敵」の続きになります。
 
 思ったより長くなってしまいました・・・。2へ続きます。次で完結です。多分・・・。