混戦模様 2



 そして、その日の部活は終わり・・・が、案の定新一はまだ来ていなかった。

『Prururururu・・・』

 一人教室で待っていた蘭の携帯電話が鳴った。

「―――もしもし」

『あ、蘭、ごめん。まだちょっと行けそうにねーんだ』

 電話の向こうで新一が言った。

「うん、分かった。じゃ、わたしもう帰るから・・・」

 と言って、蘭は電話を切った。

「フウ・・・」

 短い溜息をつくと、気を取り直したようにすくっと立ち上がり、教室を出た。

 分かってはいた・・・覚悟もしていたはずなのに・・・それでも一人で教室で待っていると、どう

しても不安になってきてしまう。―――でも、仕方ないんだ。―――自分に言い聞かせながら、蘭は

早足で学校を出た。外はもうすっかり暗くなってしまっていた。

 ―――いつもこの辺で新出先生に会うのよね・・・。

 などと思いながら道を歩いていると後ろから車の来る気配・・・反射的にそちらを振り向く。

 車が蘭の横で静かに止まり、運転席から新出が顔を出した。

「やあ、毛利さん。また逢いましたね」

 人懐っこい笑顔で、声をかける。

 新一とは違う、大人の男の人。―――だが、蘭の中では男として、と言うよりは安心できる兄のよ

うな存在だった。蘭には兄弟がいないのでそんなふうに思えるのかもしれない。

「どうぞ、送りますから乗って下さい」

 と言って、新出が助手席のドアを開けてくれる。が、蘭は困っていた。

―――どうしよう?このこと新一が知ったら・・・やっぱり怒るかな。今日、言われたばかりだし・

・・。でも、どうやって断ろう?

「蘭さん?どうしました?」

 新出が不思議そうな顔をして聞いてくる。

「あ、あの、わたし今日は―――」

 と、何とか断ろうと口を開いた瞬間、急に誰かが横に立った気配がした。

「―――!?」

 蘭と新出が驚いてみると、そこにはいつもの不敵な笑みをたたえた黒羽快斗が立っていたのだった

―――。

「―――快斗君!!」

「よ、蘭。今帰り?」

「う、うん。まあ・・・」

 何がなんだかわからず、蘭はとりあえず返事をしたのだが、

「快斗君、どうしてここに?」

 やっと我に返って、そう聞いた。

「ん?ちょっと用事があってこの辺まで来てたんだ。なァ、せっかくだからこれから蘭の家に行って

も良い?」

 快斗がニッコリと蘭に笑いかける。

「ああ、それなら2人とも車で送っていきましょう」

 と、それまで黙って2人を見ていた新出が言った。快斗はチラッと新出のほうを見てニッコリ笑う

と、

「いや、良いっすよ。蘭とゆ〜っくり話しながら歩きたいんで」

 と言った。新出は、そんな快斗を穏やかに見ていたが、

「―――そうですか。それじゃ、気をつけて。―――蘭さんを頼みます」

 というと、蘭にも笑顔を向け、ドアを閉めるとゆっくり走り去った・・・。

 

 

 「―――新出先生に、悪いことしちゃったかな」

 車を見送って、蘭が言った。

「気にすること無いって。偶然あっただけなんだろう?」

 と、快斗は歩きながら言った。

「うん。そうだけど・・・」

「―――何?あの先生のことそんなに気になるの?」

 と、快斗は蘭の顔を覗き込みながら、ちょっと低い声で聞いた。

「そうじゃないけど・・・。親切で言ってくれたのに悪いかなって」

 快斗は、ちょっと顔をしかめ、溜息をついた。

―――ホント、蘭って疑うことを知らないよなあ。ま、そこが良いんだけど。

「それより、こんな時間に一人歩きはやっぱ危ないからさ、新一がいない時は俺を呼びなよ。すぐ来

るからさ」

「え?でも、悪いよ、わざわざ・・・。それに、そんなに家、遠くないし」

「けど、途中さびしい道だってあんだろ?もし蘭に何かあったら、俺、やだし。な?そうしろよ」

 なんだか言い含められて気がしないでもないが・・・。蘭はちょっと苦笑いして、

「ありがと、快斗君。でも彼女に怒られない?」

 というと、快斗はちょっと怒ったような顔をして、

「また、それ言う。あいつは只の幼馴染だってば」

「でも・・・」

「あのな、俺にとって青子って奴は、妹みたいなもんなんだよ。妹みたいだから心配もするし、すご

く大事だとも思ってるよ。でも、恋愛対象ってのではないんだよ」

 少し落ち着いて、快斗が言った。それを聞いて、蘭もやっと納得したようだった。

「うん、わかった。ごめんね」

 そう言って笑った顔がかわいくて・・・

(く―――っ!抱きしめて―――!!)

 思わず顔が緩む。

 毛利探偵事務所の前まで来て、快斗はふと上を見上げた。

「―――あれ?明かり消えてるぜ」

「あ、うん。今日、お父さん帰ってこないから・・・」

「え?そうなの?―――なんだ、それを早く言えよ。だったら余計にあの先生に送ってもらったりし

たらヤベーじゃんか」

「え、何で?」

 蘭はきょとんとして快斗を見る。

「何でって―――」

 どう言えば、蘭は分かってくれるんだ?

 あまりの鈍さに、頭を抱える快斗だった・・・。

 

 

 快斗は蘭の部屋に入ると、適当に座ってくつろいだ。

「ちょっと待っててね。コーヒーで良い?」

 そう言って、蘭は部屋を出ようとする。

「ああ、ワリ―な」

「ううん、じゃ」

 ニッコリ笑って部屋を出て行く蘭。

―――あの顔に弱いんだよなあ・・・。

 などと思いながら、一人ニヤニヤしていると―――

『Pulululululu・・・』

 どこからか、携帯電話の電子音が聞こえてきた。

「ん―――?蘭の鞄か―――?」

 ちょっと悪いとは思いながら・・・そっと鞄を開け、中から携帯電話を取り出した。

 液晶画面を見ると、新一の名が・・・。

 快斗は何かを思いついたようにニヤッと笑うと、携帯電話のボタンを押し、耳に当てた。

「―――もしもし」

 と、蘭の声を真似て出る。

『あ、蘭か?今、どこ?』

「今、家に帰ってきたところよ」

『そっか。今日は・・・新出先生に会ったのか?』

 心配そうな新一の声。快斗は笑いを堪えつつ、話を続けた。

「うん。でも、大丈夫よ。快斗君と一緒だったから」

『は?快斗?何であいつと?』

「私のことが心配だったんですって。快斗君って優しいわよね―――」

『そ、そう・・・か・・・?』

「あ、今もね、一緒にいるの。お父さん、今日帰って来ないし一人じゃ不安だから泊ってってもらお

うと思って♪」

『な・・・にィ――――――!!!??』

 耳を劈くような大声。

 新一の慌てふためく様子が目に浮かび、快斗は笑いを堪える。

『だ、だ、だめだぞ!絶対!!おま、何考えてんだ!!あいつを泊めるなんて―――おい!!聞いて

んのか!?』

「聞いてるわよ」

―――そんな大声出されりゃ、いやでも聞こえるって。

 と、そこへ蘭が飲み物を載せたトレイを手に、部屋へ入って来た。

「―――お待たせ!あれ?電話?」

 その声が向こうにも聞こえたらしく―――

『―――おい、今の蘭、だよな。てことは・・・快斗、てめえ・・・』

 新一の声がだんだん低くなっていく。

「やっと気付いたのかよ?おせーぜ新一」

『な・・・なんでてめえが蘭と一緒に・・・!』

「今日はこのまま泊ってくから、邪魔すんなよ。じゃあな〜新一君」

 そう言うと、快斗はさっさと電話を切り、ついでに電源まで切ってしまった。

「―――か、快斗君!?」

 呆然と、目の前の光景を見ていた蘭がようやく口を開く。

「今の・・・新一?」

「うん」

 ニッコリ笑う快斗。

 蘭はちょっと引きつったような笑顔で、

「なんか・・・泊ってくとかって、聞こえたんだけど・・・」

 気のせいよね?と快斗に問い掛ける。

「いや?確かにそう言ったぜ。俺」

 冗談とも本気ともつかない瞳で見つめられて、蘭は困ったような顔をした。

「快斗君?あの、わたし・・・」

 と、突然快斗がクックッと笑い出した。

「んな、困った顔すんなよ。冗談だって。ちゃんと帰るよ」

「―――もう!!人のことからかって・・・」

 ぷうっと膨れる蘭を、優しい瞳で見つめる快斗。

―――半分は、本気で言ったんだけど。なんか、このまま帰るのも癪だよなあ。どうせ、後5分も

すりゃ新一の奴が来ちまうんだろうし。

 ふと、何か思いついたように、快斗は不敵な笑みを浮かべた。

「なァ?蘭、このまま俺、本当は泊っていきたいんだぜ?」

「え?な・・・何言ってるのよ、快斗君」

 大きな瞳をますます大きくする蘭を楽しそうに眺めて、

「ダメ?」

 と、ニッコリ笑って聞く。

「だ、ダメに決まってるでしょ」

「じゃ、さ、その代わり、今度俺とデートしてよ」

「デート!?」

「そ。蘭の行きたいところで良いからさ」

「でも・・・」

「もちろん、新一には内緒で。大丈夫、一日位バレないって」

「それは・・・でも・・・」

「蘭?俺のこと嫌い?」

 すっと顔を近付けて聞く。息がかかるくらいまで快斗の顔が迫ってきて。

 蘭はちょっぴりドキドキしている自分に驚いていた。

「き、嫌いなわけ・・・ないでしょ?」

「じゃ、良いじゃん。もうすぐ新一来るぜ?OKしてくれないなら、強引にでもここに泊ってくけど?」

 ニコニコしながら迫ってくる快斗。

「OKしてくれるなら、新一が来る前に帰るよ。喧嘩されんのやだろ?蘭」

「―――う・・・もう!!強引なんだから」

 半ばヤケクソ気味の蘭。

「じゃ、いんだな?」

「―――分かったわよ」

「んじゃ、下まで送ってくれる?」

 快斗は、蘭が入れてくれたカフェ・オレを一気に飲むと、

「うん、うまい、ご馳走さん」

 と言って、部屋を出た。

 全くもう、と溜息をついて、蘭はその後に続いた。2人で外に出る。

 

 「どこに行きたいか、考えといてよ。今度会うときまでに、さ」

「ん、分かった。帰り、気をつけてね」

 ニッコリ笑ってくれる蘭に、愛しさが溢れる。思わず抱きしめたくなるが・・・

「―――蘭!!」

 遠くから新一の声が聞こえた。

―――チッ、早すぎんだよ、来んのが。全く蘭のことになると、ホンット回り見えなくなるんだよ

な。―――ま、分かる気はするよ。同じ蘭を好きな男としては・・・。心配だもんなァ、この無防備

で、自覚のないお姫様が・・・。

「新一」

「王子様の登場か」

 呟く快斗に、「え?」と顔を上げる蘭。上目遣いに見るその瞳に、悪戯心が刺激されて―――

「お休み、お姫様。またな」

 と言って、蘭の頬に軽くチュッとキスをした。

「―――快斗!!テンメェェ―――!!!」

 すごい形相で走って来る新一に一言、

「じゃーな―、新一!」

 と言って、あっという間に走り去ってしまった。

 呆然と突っ立っている蘭のところへ新一が駆け寄った時には、すでに快斗の姿はどこにも見えなか

ったのだ・・・。

「―――おい、蘭?」

 心持ち顔を赤くして突っ立ったままの蘭に、新一が声をかける。と、はっと我に返ったように、蘭

は新一を見上げた。

「あ・・・新一、早かったね」

「“早かったね”じゃねーだろ?何で快斗がオメエの部屋にいんだよ?こんな時間に」

「だって、送ってもらったし・・・。飲み物くらい、飲んでって貰おうと思ったのよ」

 ちょっと拗ねたように言う蘭。新一は溜息をつき、

「―――おまえさ、いいかげん警戒心っつーもんを覚えろよ」

「って・・・快斗君は、大丈夫だよ?」

「どこがだよ?おまえんちに泊っていこうとしてたんだぞ!?おっちゃんのいない時に!」

「あれは冗談よ。結局帰ったじゃない」

「・・・・・おまえ、あいつになんかされなかったか?」

「え?」

 蘭はちょっとドキッとしてうろたえた。その様子を新一は見逃さない。

「えっと・・・あ、ほっぺにキス、されたけど・・・」

「そりゃ―オレも見てたっつーの」

―――くそっ、腹の立つ。わざと俺の見てる前でやりやがって、快斗の奴・・・。

「他には?」

「え・・・な、ないよ」

「・・・本当か?」

 新一はじっと蘭を見つめた。

―――あれは約束だから・・・別に何かされたわけじゃない、ものね。うん。

「本当よ」

 勝手に一人納得して、新一に笑顔で頷く蘭。はたして新一に、その言い分が通じるかどうか・・・

 が、とりあえず、蘭の笑顔に納得した新一はちょっと息をつくと、

「なら、良いけど」

 と言った。それを聞いて安心した蘭は、

「ね、上がってく?喉渇いたんじゃない?走って来て」

 と言って微笑んだ。新一はそんな蘭を見てちょっと頬を赤らめ、

「そ、だな。じゃ、ちょっと・・・」

 と言って、上がっていこうとしたのだが・・・

「―――おい!!オメエ、何してやがる!!」

 という怒鳴り声が聞こえ・・・

「!?お父さん!」

 振り返った蘭はびっくりして叫んだ。そこに立っていたのは紛れもない、毛利小五郎その人だった。

「ど、どうしたの?今日は帰って来ないんじゃ・・・」

「予定変更だよ。それより新一、こんな時間に若い女の部屋に上がり込むつもりじゃねーだろうな?」

 ジロッと新一を睨む。

「え、あ、いや、その・・・」

「お父さんってば!」

「蘭、帰るぞ。じゃあな新一」

 と言って、小五郎はさっさと階段を上がっていく。

「もう・・・!」

 蘭はぷうっと頬を膨らませて、溜息をついた。

「はあ・・・じゃ、オレ、帰るよ、蘭」

 新一は力なく言った。

「ごめんね、新一」

 蘭が申し訳なさそうに俯く。新一はそんな蘭の頭を手でクシャクシャっと撫でると、

「気にすんな。じゃ、また明日な」

 と、笑顔で言った。

「うん。じゃ・・・おやすみなさい」

「おやすみ」

 新一は蘭の額に軽くキスをすると、ちょっと手を振り、帰って行ったのだった・・・。

 蘭はそれを見送ってから、階段を上り、3階へ向かったのだが・・・。ドアの前に、小五郎が立っ

ている。腕を組み、こちらを見下ろして・・・。蘭はふと立ち止まり、小五郎を見上げた。

 2,3秒、見詰め合ってから・・・

「―――快斗君、ね?」

 と言うと、小五郎はニッと笑い、組んでいた腕を解く・・・と同時に、その扮装を解き、あっとい

う間に快斗の姿になった。

「さっすが蘭!」

 と言って、ウィンクする。蘭は溜息をついて、また階段を上って行った。

「全くもう・・・帰ったんじゃないの?」

「だって、あのまま帰っちまったら新一の奴を部屋に入れてたろ?あいつが黙って帰るわけね―じゃ

ん。そんなことさせられっかよ!」

 と、ちょっと口を尖らせる。

「もう・・・で?もう帰るの?」

「うん。あ、でも蘭が泊っても良いって言ってくれんなら、泊ってくけど?」

 ニコニコと無邪気に笑いながら言う。

「言うわけないでしょ?」

「だーよな。んじゃ、帰るよ」

 そう言って快斗は、軽い足取りで階段を下りて行った。

「気を付けてね」

 と、蘭が上から声をかける。

「ああ、蘭もな。ちゃんと鍵、閉めろよ」

「ん、ありがと」

 蘭はニッコリ笑うと、ドアを開け、中に入って鍵を閉めた。それを見届け、外へ出る快斗。

―――ま、今日は帰ってやるさ。デートの約束も取り付けたしな。・・・1日くらい、彼氏の役目、

代わってもらったって良いよな?いつも我慢してんだし。

 と、勝手に結論付け、軽い足取りで帰っていくのだった―――。

 

                                                                                   fin 


 やっと終わりました。本当は、もっと新出先生が出てくる予定だったのですが・・・。

ちょい役になってしまいました。新出先生って、書くの難しいかも・・・。またそのうち、挑戦して

みます。キャラ的には結構好きなので。今度は、快斗と蘭のデート編、書くつもりです。がんばって

書くので、読んでくださいね!!ではでは(^^)