***君だけに 2 vol.2 〜類つく〜***



   「何で類まで来るんだよ」

 ぼろアパートの前、なんとも似つかわしくないぴかぴかのリムジンが停車していた。

 その後部座席には、道明寺。

 そしてそこへ類と2人、乗り込んできたのを顔を顰めて睨みつける。

 「司と2人きりにはさせられないよ」
 そう言って類が肩をすくめると、道明寺が溜め息をついた。
「お前、いつからそんな独占欲強くなったんだよ」
「前からだよ。俺が、好きになったものにはとことん執着すること、司だって知ってるだろ」
 類の言葉に、道明寺はちょっと決まり悪そうにちらりと類を横目で見た。
「―――時間がねえんだ」
「わかってるよ。何を話せばいいの?」  

 リムジンは、静かに走り出していた。

 「あの時・・・・・類、お前言ったよな。俺ががんばってたのは、牧野のためだけじゃない、道明寺のため―――自分のためでもあるはずだって」
「ああ。正直・・・・俺、司には適わないって思ってたよ。その若さで、世界のトップに立つってことがどんなに大変か―――俺には想像もつかない。やれって言われて簡単にできるもんじゃない。それが・・・・・牧野と一緒になるために始めたって事はわかってる。だけど、それだけじゃない。司は、道明寺の跡継ぎとしてそうなることを決めたんだ。そうだろ?」
「―――ああ。俺も、あの時は頭に血が上って、お前たちを憎む気持ちしかなかったけどな・・・・・あとで冷静になって考えたよ。たとえば、牧野があの時、俺が傍にいてくれれば俺とやり直すって言ったらそうしたのかってな。答えは―――ノーだった」
 道明寺が、あたしを見た。
 その目は、以前の道明寺と同じようで、やっぱり違うものだった。
「俺は道明寺司だ。その名前を捨てることはできねえ。たとえ牧野がどんなに泣きついてきたとしても―――俺は、俺の名前を捨てることはできねえ」
「道明寺―――」

 まっすぐに、あたしを見つめる瞳。
 その瞳には、一点の迷いもなかった。
 自分の将来を、しっかりと見据えた瞳。

 男として、人間として大きく成長した道明寺。
 その姿は頼もしくて―――

 同時に、昔の道明寺にはもう戻らないのだという寂しさも感じていた。

 「―――あたし、あんたと付き合ってよかったと思ってるよ」
 あたしの言葉に、道明寺はちょっと笑った。
「ああ」
「あんたと一緒にいるのは、ジェットコースターに乗ってるみたいにスリルがあって・・・・・大変だったけど、楽しかった。あたしにとって必要な経験だったと思うし、あのときのあたしがいるから今のあたしがいると思う。だから―――感謝してるよ、すごく」
「―――だけど、今お前が必要としてるのは類なんだな」
「―――うん」
「もし―――お前が類を好きにならなくても、俺たちは一緒になれなかったかもしれねえって思ったよ。今の俺は、はっきりいって仕事でいっぱいいっぱいだ。好きな女を幸せにする自信も、パワーも残ってねえと思う。もともと不器用だからな。どっちもうまくやってけるかって聞かれたら自信ねえんだ」
「道明寺・・・・・・」
「それでも―――俺がお前を好きな気持ちはかわらねえ。だから、幸せにしたいと思ってた」
 道明寺の瞳が揺らぎ、一瞬元の道明寺に戻った気がした。
 高校生の頃の、道明寺に―――
「だけど―――その役目は類に譲ってやるよ。類は、きっと俺よりもお前を幸せにできるやつだ」
 道明寺が類に視線を移し、類も黙ってその視線を受け止めた。
「―――幸せにするよ、必ず」
「当たり前だ。お前が牧野を不幸にしたら俺は絶対お前をゆるさねえ」
 2人の視線が静かに絡み合い、あたしには入り込めない空気を作り出す。

 しばらくすると、リムジンは静かに止まり後部座席のドアが開けられた。

 道明寺に促され、外に出るとそこは小さな教会の目の前だった。

 「司、これは―――」
 さすがの類も驚いている。
「予行演習だと思えよ。ここで・・・・・俺の前で・・・・・必ず幸せにすると、誓ってくれ」
 にやりと笑う道明寺に、あたしも呆気に取られた。
「それを見届けたら俺は、お前をすっぱり諦める。そう決めてきたんだ」
「ちょっと待って。じゃあ・・・・・最初から類も来るってわかってたの?」
「当たり前だろ?俺たちは幼馴染だぜ。類が好きなものにはとことん執着する性格だってことは昔から知ってる。俺と牧野が2人きりで会うのなんか、黙ってられるわけねえって思ってたよ」
 道明寺の言葉に。
 あたしと類は顔を見合わせた。
「―――ひょっとして、あきらと総二郎も1枚噛んでる?」
 類の言葉に道明寺は一瞬目を見開き―――

 「やっぱりばれたか」
 その言葉とともに、教会から出てきたのは美作さんと西門さんの2人だった・・・・・。
「やっぱり・・・・・。司がこんなこと、1人で考えられるわけないって思ったよ」
 類の言葉に不本意そうに顔を顰めながらも、道明寺が口を開いた。
「うるせーよ。婚約のこと聞いて・・・・・あきらに連絡したんだよ。俺はもう、お前たちを認めてるって伝えてくれって。そしたらあきらが、簡単に認めたんじゃつまんねえとか言い出しやがって」
「あきらから話を聞いた俺が、今回のことを計画したってわけだ」
 と、得意げに言ったのは西門さんだった。

 まったく、呆れるやら感心するやら・・・・・・

 「とにかく、2人がちゃんと幸せになるって俺の前で誓うまでは俺も安心できねえ。けど、ゆっくり結婚式を見届ける暇はねえからな。さっさとやってくれ」
「ちょっと道明寺、あんたね―――」
 さすがにあたしが道明寺に文句を言おうとしたけれど、そのあたしの腕を、類がやんわりと掴んだ。
「いいよ、牧野。それで司が納得するなら―――俺は何度でも誓うよ」
「類・・・・・」
「俺の気持ちは、これからも、いつでも変わらない。ずっと―――牧野を愛してるから」

 類の言葉に、一瞬その場が静まり返った。

 「ずっと牧野だけを、愛してる・・・・・。必ず、幸せにするよ」

 ビー玉のように透き通ったきれいな薄茶色の瞳があたしを見つめる。

 「だから・・・・・ずっと俺の傍にいて欲しい。牧野が傍にいてくれれば、俺はそれだけで幸せになれる。そうして、2人で一緒に幸せになろう」

 涙が、頬を伝った。

 「あたしも・・・・・愛してるよ。類と2人で、幸せになりたい」

 あたしの言葉に、類が嬉しそうに微笑む。

 ゆっくりとそのシルエットが重なり、類の唇があたしの唇に落ちてくる。

 見ていた3人は穏やかに微笑み・・・・・・

 やがて道明寺が静かに口を開いた。

 「―――サンキュー。これで俺も、仕事に集中できる」
「道明寺・・・・・ありがとう」
「礼なんか言うな。時間がねえから、俺はもう行く。結婚式には出れるかわかんねえけど、なるべく時間取れるようにすっから」
 そう言うと、道明寺はさっさとリムジンのほうへ歩き出した。
「もう、未練がましいことはいわねえ。だから―――牧野、お前も俺のことは気にしねえで、ちゃんと類を大事にしろよ」
 にやりと笑い、あたしを見つめるその表情は、晴れ晴れとしていた。
「言われなくっても、あたしはちゃんと幸せになるよ。道明寺も・・・・・幸せに、なってね」
「ああ、じゃあな」
 軽く手を振り、リムジンに乗り込む。

 そしてあっという間にその姿は見えなくなり・・・・・・

 「ようやく、区切りがついただろ。お前らも」
 美作さんの声に、あたしと類は自然に手を繋ぎ、見詰め合った。
「司のことを引きずったままじゃ、俺らもすっきりしねえし」
 西門さんが言い、2人があたしたちの傍に来た。
「―――幸せになれよ」
 そう言って軽く類の肩を叩き、そのままあたしたちを通り過ぎていく。

 残されたあたしたちは、微笑み合い、その場を後にした。

 後ろの教会からは、2人を祝福するような鐘の音が鳴り響いていた・・・・・。


                              fin.








  

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