***君だけに 2 vol.1 〜類つく〜***



  *このお話は、「君だけに」から続くお話になります。


 「よお、牧野」
 大学へ行くと、キャンパスの芝生で寛いでいた美作さんに声をかけられる。
「おはよ、美作さん。今日は1人?」
「ああ、総二郎は家の用事で遅刻するって。類は―――たぶん、まだ寝てんじゃねえか?」
 その言葉に、あたしも苦笑する。

   「いい気なもんよね、道明寺さんを裏切ったくせに」
 講義室に入り、筆記用具なんかを出していると後ろのほうから聞こえよがしな声が聞こえてくる。
「聞いた?花沢さんと婚約したんですって」
「この大学に通えるのだって、花沢さんのおかげでしょ?どこまで寄生するのかしら」
「だから貧乏人は嫌よね〜」

 もういい加減、言われ慣れてしまっているので怒る気にもならない。
 あんなのは無視するに限る。
 それでも、ひとつだけ心に引っかかるのはやっぱり道明寺のこと。
 自分の気持ちに嘘はつけない。 だからこそ道明寺には自分の気持ちを正直に伝えたのだ。

 
 だけど・・・・・。

 持っていたバッグから小さな振動が伝わってきて、あたしは慌ててバッグから携帯を取り出した。

 着信の名前を見て、思わず固まる。
 類からかと思ったのだけれど、その名前は『道明寺』となっていたのだ・・・・・。

 あたしは一瞬迷い、それでもバッグと携帯を手に外へと飛び出した。

 「―――もしもし」
 廊下で声を潜めて電話に出る。
『―――牧野か』
 聞こえてきたのは、懐かしさよりも、切なくなる道明寺の低い声―――。
「うん。何?」
 できるだけ、平常心を保つようにわざとゆっくりと話す。
『類と婚約したって話、聞いた』
「・・・・・そう。類が、道明寺には自分から話したいって言ってたんだけど・・・・・」
『何度か電話よこしたよ。けど、忙しくて話す時間がなかった。発表の少し前、西田から聞いたんだ』
「・・・・・そう」
 あたしも、何度か道明寺には連絡しようかと思った。
 だけど、実際何から話せばいいのかわからない。

 道明寺と離れている間に、類があたしの心の支えとなり、かけがえのない存在となった。

 心の葛藤はたくさんあったけれど、結局あたしが道明寺を裏切ったことに変わりはない。

 それを、どう話したところできっと言い訳にしか聞こえないだろう。

 そう思うと、自分から連絡をする勇気を出すことができなかった・・・・・。

 『お前らのことを、納得できたわけじゃない』
「道明寺、あたし―――」
『良いから聞け。俺は明日、日本に帰る』
「―――え?」
『時間は3時間。すぐにまたN.Yに戻る。その前に―――お前に会いたい』

 どくんと、胸が鳴った。

 『明日、家まで迎えに行くから―――逃げるなよ』

 それだけ言うと、道明寺はあたしの返事を待つことなく電話を切ってしまった。

 ツー、ツー、という無機質な音だけが耳に残っていた。


 ―――道明寺が帰ってくる。

 ―――あたしに会いに来る。

 どれくらいそうしていたのか。
 気付けば周りには誰もいなくなっていて。

 聞き覚えのある足音にはっとして振り返ると、花沢類があたしの方に向かって歩いてくるところだった。

 「牧野?そんなとこで何してるの?」
 類の声に、あたしはどう答えようか一瞬迷った。

 ―――道明寺のこと、話したほうが良いんだろうか・・・・・

 「牧野?」
 隠し事は、したくなかった。
 つい先週婚約したばかり。
 変に隠して、誤解されるのは嫌だった。
「―――今、道明寺から電話が」
「司から?」
 類が目を見開く。
「うん。明日・・・・・帰ってくるって」
「明日?そんな話、聞いてないけど」
「すぐにまた戻るって。その前に、あたしに会いたいって・・・・・」
「・・・・・会うの?」
 類の言葉に、あたしは一瞬ためらった。
「明日、あたしの家まで来るって。あたしが何も言う前に電話切られちゃったから・・・・・会わないわけに行かないよ。あたしも、ちゃんと話さなくちゃって思ってたし」
「そっか・・・・・。じゃあ、俺もいくよ」
「え・・・・・」
「俺も司と話したいし・・・・・それに」
 言葉を止め、類があたしをじっと見つめてくるから、なんとなく緊張する。
「何?」
「そのまま、牧野が攫われたら困るから」
 冗談とも本気ともつかない穏やかな表情で、類はそう言って笑ったのだった・・・・・。







  

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