「いない?」 思わず聞き返していた。 待ち合わせの場所になかなか現れない牧野。携帯に電話しても繋がらないし、また寝過ごしたのかと思って家の方へかけてみれば本人はいないと言う。 「いないって、どういうことですか?いつから?」 電話口の向こうの牧野の母親が戸惑ったように答える。 「それが昨日から帰ってなくて・・・・・。花沢さんと一緒だと思うんですけどね」 その言葉に、俺は愕然とした。 「・・・・・類と・・・・・?」 電話口の向こうで、牧野の母親が何か言ってる。 だけど、俺の耳には入ってこなかった。
―――どうして類と?昨日から帰ってないってどういうことだ?
ざわざわと、俺の胸が騒いでいた。 すぐには動くことが出来ず・・・・・ いつの間にか電話が切れていることに気付き、俺はとにかく類に連絡しようと短縮ボタンを押した。
暫くして、電話が繋がる。 『――――あい』 眠そうな、類の声。 俺は思わずカッとなって叫んだ。 「てめえ!牧野をどうした!!」 『・・・・・・は?総二郎?何言ってんの?』 「何じゃねえよ!牧野は!?今、どこにいる!?」 『って・・・・・うちだけど。ちょっと待って。牧野がどうかしたの?』 類の口調が変ったのが分かった。 俺も、漸くそこで少し冷静になる。 「おい・・・・・お前、牧野と一緒じゃねえのかよ?昨日、牧野と会ったんじゃ・・・・・」 『俺、今週は牧野に会ってないよ。ずっと家の仕事で忙しかったんだ。大学にも行ってないの、総二郎だって知ってるでしょ』 「・・・・・じゃあ、牧野とは会ってないのか?」 『そう言ってるでしょ。牧野がどうしたの?どういうこと?』 「・・・・・昨日から、家に帰ってないって・・・・・お前と一緒にいるって言うから・・・・・・」 そこまで言って、俺ははっとした。 牧野が類と一緒だと聞いて動揺し、その後の話をほとんど聞いていなかったけれど。 あの後、母親はなんて言ってた? 切れ切れになって、頭に蘇る言葉。 『夕べ電話があって』
『類が大変だって』
『急いでいかなきゃって、慌てて・・・・・』
『総二郎?』 「お前・・・・・昨日は、仕事だった・・・・・?」 『うん。家に帰ったのは、夜中の1時ごろだったかな。牧野と連絡は?』 「いや・・・・・携帯が繋がらなくて・・・・・・」 『・・・・・牧野に、何かあったってこと?』 ドクン、ドクンと、さっきよりも強く、心臓が嫌な音を立てる。 喫茶店にいた俺は、ふと店の入口に目を向けた。 それは無意識だったけれど・・・・・・
その俺の目に飛び込んできたのは、息を切らしながら店に飛び込んできた牧野だった。 「牧野!!」 『え?牧野?』 「類、悪い、後でかけなおす!」 そう言って俺は乱暴に電話を切ると、牧野のそばへ駆け寄った。 牧野が俺に気付き、笑顔になる。 だけどその顔は、無数の擦り傷で傷つき、唇も切れて血が垂れていた。
店の人間が、驚いて牧野を見ている。 「牧野!何があった?」 「西門さん、ごめん、遅れ・・・・・・」 そう言ったかと思うと、牧野はまるで緊張の糸が切れたかのように、その場に崩れ落ちた・・・・・。 「牧野!!」 周りがざわざわと騒ぎ出す中、俺は牧野を抱きかかえ、その名前を呼んだ。
―――何があった?誰にやられた?お前を、こんな目に合わせたのは誰だ・・・・・?
「総二郎!」 「あきら、ここ病院だよ、静かに」 あきらと類が、牧野の眠る病室に入ってくる。 「よお、来たか。大丈夫だよ、よく眠ってる」 2人がベッドに横になる牧野の顔を見て、ほっと息をつく。 傷だらけの顔だが、頬には赤みが差し、大分呼吸も楽そうだった。 「・・・・・何かわかったか?」 あきらを見て聞くと、あきらはちらりと牧野を見てから、俺に視線を移した。 「ああ・・・・・。お前の言った通りだったよ。先月のバレンタインデーに、告白されただろ。隣の女子大に通う、田村礼子って女だ」 「田村・・・・・ああ、あれか。俺の家の前で待ち伏せしてた、煩そうな女」 「その女が、結構なお嬢で・・・・っつってもたいしたことはねえけど。田村興産の社長の姪っ子だとさ。で、その女がお前に振られた腹いせに、自分の取り巻き使って牧野呼び出して、拉致ったらしい。取り巻きの1人を捕まえて吐かせた。牧野を探して走り回ってたよ。呼び出す口実に使ったのは類。類が、仕事中に事故にあったから、すぐに来て欲しいって呼び出したらしい。類が会いたいって言ってるって言えば、牧野が慌てて駆けつけるってことは計算済み。で、牧野を自分のマンションに監禁して、男たちに、痛めつけろと命じた。だけど、そんな男たちに黙ってやられるような女じゃねえからな、牧野は。抵抗して暴れまくったらしい。手に余ると思った男たちは牧野を部屋に閉じ込めて鍵をかけた。部屋にはトイレもあるし、牧野も仕方なくその部屋でおとなしくしてたらしい・・・・けど、今日の昼過ぎになって急に騒ぎ始めたって」 「・・・・・俺との約束が、昼の1時だったからな」 「ああ。で、腹減ったとか、いろいろ騒ぎ始めたから男の1人が食いもんを買いに行って、それを部屋に持って行こうとしたとき・・・・あいつが、隙を見て逃げ出したったわけだ」 「それで牧野は、そのまま総二郎との待ち合わせ場所に向かったんだね」 類が牧野の傍へ行くと、そっとその髪を撫でた。 微かに、牧野の睫が揺れる。 「・・・・・ぜってーゆるさねえ。田村礼子も、その取り巻きとやらも・・・・・もう二度と俺の前に姿を見せられねえようにしてやる」 「男たちのことは俺らに任せろよ。お前は・・・・・田村礼子に、話つけろ」 あきらが落ち着いた口調でそう言った。 いつもと同じように見えるが、俺にはわかる。 あきらも類も、相当頭に来てるってことが。 俺たちを怒らせたら、ただじゃ済まないってこと、嫌って程思い知らせてやる・・・・・。
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