-tsukushi-
「今日、うちに来て」 そういつものようににっこり笑顔で誘われて やっぱりいつものように緊張してしまうあたし。
思いが通じて、恋人として付き合うようになってまだ1ヶ月。
関係が変わっても、相変わらず非常階段で他愛のない会話をする日常は続いていて、友達だったころとあまり変わらない感じなんだけど・・・・・・
3月に入ってから、花沢類は急に家をでてマンションで1人暮らしを始めた。 それからたびたび家に招待されているあたしだけど・・・・・。 家に2人きりだと思うと、どうしても緊張してしまうのだった・・・・・。
「適当に座ってて。紅茶入れてくる」 「あ、いいよ、あたしが・・・・・」 「いいよ。今日はホワイトデーでしょ。俺が全部やるから」 優しい類の笑顔に、どきんと胸が鳴る。 「あ、ありがと・・・・・」 類が部屋を出て行き、あたしは小さく息をつくとベッドに腰掛けた。 引っ越しても花沢類の部屋は相変わらずシンプルで、部屋の中央に置かれた大きなダブルベッドはソファー代わりにもなっていた。 「うーん・・・・・相変わらずふかふか。気持ちいい・・・・・」 ソファーに寝転がり、シーツに顔を埋める。 ふわりと類の匂いがして、それだけでどきどきとときめいてるあたし。 このときめきが、なんだかくすぐったい・・・・・
「ん・・・・?なにこれ・・・・・?」 ふとんの間に、布のようなものが見え、あたしはそれを引っ張ってみた。 そこから出て来たのは・・・・・・・ 「これ・・・・・どういうこと・・・・・?」
「お待たせ、牧野―――どうしたの?ボーっとして」 きょとんとした表情の類。 小さなテーブルの上に2人分のカップを置き、あたしの方へ・・・・・
あたしは、そんな類に思い切りそれを投げつけた。 「!?なに?」 「こっちのセリフよ!それ何!?」 キッと睨みつけながら怒鳴る。 怒鳴りでもしなければ、涙が出そうだった。 「何って・・・・・」 類が、あたしが投げつけた物を床から拾い上げる。
それは、女性物の下着だった。 派手なショッキングピンクのそれは、果たして下着の役目を果たすのかと不思議になるほど布の分量が少なく、大事な部分はすけすけのレースだけで、サイドも細いリボンだけ・・・・・。
―――どうしてこんなものがあるの!?
とてもじゃないけど、冷静でなんかいられない。 類が、あたし以外の誰かとこのベッドで過ごしたのかと思ったら・・・・・・
気がついたら、涙がぽろぽろと流れていた。 「何?これ」 類が怪訝な顔をして首を傾げる。 「とぼけないでよ!何でそんなものがここにあるの!?あたし以外の女の人と・・・・・!」 言葉が、続かない。 流れ続ける涙で目が霞む。 「ひどいよ・・・・・!」 そこにいるのに耐えられなくなって、部屋を飛び出そうと駆け出したあたしの腕を、類の力強い手が掴んだ。 「待てよ!」 「離してよ!」 「離せるわけ、ないだろ!?」 そう言ってぐいっと引っ張られ・・・・・
次の瞬間、あたしの唇は類に奪われていた。
離れようとしても、類の腕がしっかりとあたしの腰に回り、離そうとしない。 漸く開放され、きっと類を見上げて見れば、そこには真剣な類の瞳。 「・・・・離さないって、言ったでしょ。ちゃんと話を聞いて」 「だって・・・・・」 「あんなもの、俺は知らない。牧野以外の女なんてここに入れてないし、ここを知ってるのは牧野以外には総二郎とあきらだけだから」 「だって・・・・・じゃあ何で・・・・・」 あたしの言葉に、類は怒ったようにぷいと横を向いた。 「知らないよ。大方、総二郎かあきらのいたずらでしょ。あの2人の考えそうなことだよ。そんないたずらに引っかかるのなんて、牧野くらいだろうけど」 その言葉に、カッと顔が赤くなるのを感じた。 ―――あいつら〜〜〜
あたしが怒りにわなわなと震えていると、類がちらりとあたしに視線を投げた。 「・・・・・そんなに俺って信用ないの?」 「え・・・・・」 拗ねたような表情の類に、あたしははっとして首を振る。 「ち、違うよ、びっくりして、思わず・・・・・。ごめん、あの、あたし・・・・・」 ぷいっとまた顔を背ける類。
―――うあ〜〜〜、やばい
「類ってば!ねえ、ごめんね?怒らないでよ、ね?」 類の前に回りこみ、必死で頭を下げ、両手をすり合わせる。 「許してあげてもいいけど・・・・・・」 「ほ、ほんと?」 「その代わり、お願い聞いて」 いたずらっぽくにこりと微笑む類に、なんとなく嫌な予感・・・・・。 「う・・・・・な、何?」 一歩、近づく類。 「牧野から、キスして?」 「へ・・・・・・」 「そしたら許してあげるよ」 ニコニコと笑っている類だけど・・・・・絶対に断れない雰囲気・・・・・・。
暫くの沈黙の後、あたしは覚悟を決めた。 「わ、わかった・・・・・。じゃ、目、瞑って・・・・・?」 「ん」 と一言、目を瞑る類。 きれいな長い睫に、どきりとする。
あたしは類に近づき、エイッと背伸びをし・・・・・・ ちゅ、と、一瞬だけ触れる唇。 もう、これが限界。 目を開けた類と目を合わせるのが恥ずかしくって、俯いてしまう。
類の指が、すっと伸びてきてあたしの頬に触れる。 「嬉しいけど・・・・・ちょっと足りない」 そう言って上を向かされ・・・・・ ゆっくりと捕らえられるあたしの唇。 柔らかい口付けに、どきどきが止まらなくなる・・・・・。
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