Triangle vol.3


 1月1日,午前0時
「―――わああーーっ」
 目の前の光景を見て,蘭が驚きの声を上げた。
 新一と快斗が,顔を見合わせ,にっと笑う。
「すごい・・・」
 そこには,さっきよりもはるかに華やかなイルミネーションの数々が姿を見せていた。
「だろ?街中にいるとあんまりわかんねえんだけどさ,1月1日になった瞬間にイルミネーションをつ
けるビルなんかが,結構あるんだ」
「あっちにある公園から見る人は結構いるんだけど,この丘はなぜか人が来ないんだ。俺らはガキの頃
からこの場所を知ってたからさ」
「ほんとに,きれい・・・。でも,わたしにそんな大切な場所,教えちゃっていいの?」
 遠慮がちに言う蘭に,2人は笑みをこぼす。
「蘭ちゃんだったら大歓迎だよ」
「絶対見せてあげたかったんだ,この景色」
「新一くん,快斗くん・・・2人とも,ありがとう」
 ふんわりと,幸せそうに微笑む蘭に,見惚れる2人。
 ―――これで,こいつがいなかったら・・・。
 と,同時に同じことを考える双子であった・・・。

 その後3人は家に戻り,年越しそばを食べ,風呂に入ったあと自分の部屋へ行き眠ったのだった。


 「あけましておめでとうございます!」
 快斗と新一が,朝起きてリビングへ行くと,蘭がそう言って頭を下げた。
「「――――――」」
 2人とも口をあんぐりと開け,目の前の蘭を呆然と見つめた。まるで,お化けでも見たような顔をし
ている2人。もちろんそれにはわけがあり・・・
「どうしたの?2人とも。あ・・・もしかして,この格好変かなあ?」
 と,小首を傾げる蘭。自分の姿を見下ろす。
「へ,変じゃねえよ!!ぜんっぜん!」
「すげえ似合ってる!!」
 2人が慌てて口を開く。蘭の格好・・・それは,お正月らしい華やかな柄の振袖だったのだ。赤地に
きれいな桜の模様のそれは,蘭の雰囲気にぴったりで2人は思わず見惚れてしまい,言葉を失ってしま
ったのだ・・・。
「ホント?よかったあ。やっぱりお正月だし,お母さんに買ってもらったものだから着てみたいなあっ
て思って,持ってきちゃったの」
 ぺろっと舌を出して言う蘭。今日は髪も着物に合わせてアップにし,そのうなじがドキッとするほど
色っぽかった。
「すげえ可愛いよ。吃驚した」
「ああ。けど,それ自分で着たのか?」
 新一が聞くと,蘭は照れくさそうに頷いた。
「うん。この着物買ったときにね,お母さんに教えてもらったの。今日は1人だったから,ちょっと時
間かかっちゃったけど」
「へえ,じゃあずいぶん早起きしてたんじゃないの?」
 快斗が感心したように言う。
「うん,まあね。あ,おせち料理ももう完成してるの。みんなで食べよう?」
 にこにこと笑いながら,リビングに入っていく蘭。その後姿を2人でじっと見つめ・・・
「やべ・・・マジ可愛すぎるぜ」
 新一がぼそっと呟くと,
「ああ・・・。あんな可愛い蘭ちゃん,他の奴には見せたくねえな」
 と,快斗も言う。
「なあ・・・この後,初詣に行こうって言ってなかったか?」
「言ってた・・・どうする?」
「どうするったって・・・蘭ちゃん楽しみにしてるしよ・・・」
 う〜んと2人で頭を抱えていると,キッチンからおせち料理を運んで来た蘭が,2人を見て
「どうしたの?起きたばっかりでおなかすいてない?」
 と心配そうな顔をする。それを見た2人は,パッと顔を上げ,
「「とんでもない!!」」
 と同時に言って,席についたのだった。
 蘭の作ったおせち料理はどれも絶品で,快斗と新一は取り合うように食べ,あっという間に重箱を空
にしてしまったのだった。
「ごちそうさま」
「すげえおいしかったよ」
「ありがとう。ちょっと薄味だったかなって思ったんだけど」
「いや,ちょうど良かったよ。なあ,快斗」
「ああ,ホント。蘭ちゃんて料理美味いよなあ。いつでも嫁に来れるよ?」
 快斗はにっと笑って蘭を見つめた。もちろん,自分の所へ来てほしいという意味をこめたのだが・・・
「ありがと,快斗くん」
 と,蘭に普通に返され・・・快斗の意思はまったく伝わっていないと分かったのだった。快斗は小さ
く溜息をつき,新一はほっとしながらもまたもや抜け駆けをした快斗を睨みつけた。
「ね、これ片付け終わったら初詣,行くんでしょう?2人とも着替えてきたら?」
 と,蘭が重箱を片付けようとするのを見て,2人は立ち上がった。
「あ,俺らがやるよ,蘭ちゃん」
「え、でも・・・」
「いいから。その着物,汚れちゃったら大変だろ?別にいそがねえしさ、その辺に座ってなよ」
 快斗と新一はさっさと片付けを始めた。
 蘭は少し迷っていたが,結局言われたとおり,座って待っていることにしたのだった。

 キッチンへ入った途端、新一が快斗の足を蹴っ飛ばす。
「いてっ,あにすんだよ!?」
「うるせー、どさくさに紛れて変なこと言いやがって」
「嫁に来れるって言ったことか?結局蘭ちゃんにはその意味伝わってねえんだからいいじゃんよ」
「そーいう問題じゃねえだろ?抜け駆けすんじゃねえよ」
 新一がギロリと睨むと、快斗は肩を竦めた。
「それより、初詣どうすんだよ?」
「行くしかねえだろ?約束だし。とりあえず,蘭ちゃんとはぐれね―ように2人で両脇固めてれば,声
かけてくるような馬鹿はいねえだろ」
「そうだな。おめえがはぐれねえようにしろよ?」
「そりゃあこっちの台詞だよ」
 2人は片付け終わるとそれぞれ自分の部屋へ行き,着替えてからまたリビングへ行った。
「お待たせ、蘭ちゃん」
「行こうか」
「うん」
 にっこり笑って立ち上がる蘭。その姿に見惚れる2人。
 ―――ゼッテー、はぐれらんね―な・・・。
 と、やはり同時に同じことを考える双子だった・・・。


 「すごい人・・・」
 神社近くまで来て、あまりの人の多さに蘭が目を丸くする。
「蘭ちゃん、はぐれないようにしなよ?」
 と,新一が心配そうに言う。
「う、うん」
「なんだったら腕に掴まってても良いぜ?その格好じゃ歩きづらいだろ?」
 と快斗がにっと笑っていうと、さすがに蘭も赤くなり、
「だ、大丈夫。ちゃんとついて行けるよ」
 と慌てて言ったのだったが・・・。


 「どうすんだよ?」
 と快斗。
「どうするったって・・・探すしかねえだろ?」
 新一も途方に暮れたように言う。
 ついさっきまで2人と一緒にいたはずの蘭が、お参りを済ませ、帰って行く人の波に紛れて2人とは
ぐれてしまったのだ。
「探すったってどこをだよ?」
「どこでも良い。おめえ、携帯持って来てんだろ?見つけたら知らせろよ。俺もそうすっから。んで、
この場所で落ち合おう」
「分かった」
 2人は二手に分かれ、蘭を探すべく人の波に逆らうように歩き始めたのだった・・・。
 一方の蘭は・・・
「どうしよう・・・はぐれちゃった・・・」
 と、こちらも途方に暮れていた。
「ここ、来たことないから・・・全然わかんないよ・・・」
 人ごみから少し外れた路地裏に入って、息をつく。
 蘭は、泣きたい気持ちになっていた。なんだか、突然一人になってしまい、もうあの2人に会えない
んじゃないかという気がして来たのだ。
 ―――そんなの、やだよお・・・
 蘭の瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
 たった2日、一緒にいただけだけれど、2人といるのは本当に楽しかった。家政婦として働きに行っ
ているはずなのに、まるで友達の家にでも遊びに行っているような気持ちになっていた。優しくて、気
さくな2人のおかげで気分も明るくなれた。この仕事が終わっても、ずっと友達でいられたら・・・と
思っていたのだった。
 ―――快斗くん、新一くん・・・どこにいるの・・・?
 慣れない草履を履いたせいで、足も痛い。この人ごみの中を2人を探して歩くのは無理だった。それ
に、下手に歩き回って余計に2人から離れてしまうということもある。きっと2人とも自分を探してく
れているはず。今は、この場所でじっとしていたほうがいい・・・。蘭はそう思ったのだった。

 どのくらいそうしていたのか。寒さに吐く息も白く、手もかじかんできた。
 ―――どうしよう。やっぱり探しに行こうか・・・
 と思ったときだった。
「ねえ、彼女1人?」
 と、後ろから突然声をかけられ、蘭は吃驚して振り向く。
 そこには、いつの間に近づいたのか、長髪の軽薄そうな若い男がニヤニヤしながら立っていた。
「誰か待ってんの?それとも待ちぼうけ?」
 蘭は、どこかいやなものを感じ、眉を顰めた。
「ねえ、良かったらこれから一緒に遊びに行かない?俺、良いとこ知ってんだけど」
「結構です。人を待ってますから」
 きっぱりと言い放った蘭に、男の顔がぴくりと引きつる。
「で、でもさ、さっきからずっとそうしてるじゃん。もう来ないんじゃないの?」
 その男の言葉に、蘭の顔色がさっと青くなる。それを見て、男はにやりといやらしい笑みを浮かべた。
「ね、そんな薄情な奴ほっといてさ、俺と楽しいことしようよ」
 なれなれしく肩に触れ、ぐっと近づいてきた男を、慌てて押しのけようとした、その時―――
「きたねえ手でさわんじゃねえよ」
 唸るような低い声が聞こえたかと思うと、男が後ろからぐいっと引っ張られ、その場に倒された。
「うわっ、な、なにすんだよ!?」
 男を、氷のように冷たい視線でギロリとにらみつけたのは・・・
「新一くん!!」
 蘭は、ホッとしたように新一を見て叫んだ。その瞳には、うっすらと涙が見え・・・
「蘭ちゃん・・・大丈夫だったか?このヤロウに何かされた?」
「ううん、大丈夫」
 蘭ににっこりと微笑まれ、思わず新一は赤面する。
「―――っのやろ・・・」
 倒された男が立ち上がり新一に向かってこようとしたが、男の足元を何かがすくい、またその場に倒
れてしまった。
「いってえ!!」
「バーカ。おめえに触られたら、蘭ちゃんが汚れちまうだろうが」
 と言って、男の前に立ったのは、快斗だった。
「快斗くん!」
「う・・・ち、ちきしょうっ」
 相手が2人になり、さすがに分が悪いと思ったのか、男は立ち上がると、さっさと逃げるように走り
去っていったのだった・・・。
「蘭ちゃん、大丈夫?怪我はない?」
 快斗が心配そうに蘭の側に寄る。
「うん、大丈夫よ。ありがとう2人とも」
 蘭は満面の笑みでそう言ったかと思うと、その瞳からぽろぽろと涙を流した。
「ら、蘭ちゃん!?」
「ど、どうしたんだ?どこか痛いのか?」
 快斗と新一は蘭の涙に焦り、おろおろとその顔を覗き込んだ。
「ううん、違うの。嬉しくって・・・。1人でいたらね、なんか不安になっちゃって、このまま2人と
会えなくなっちゃいそうな気がしたの。だから、また会えて、嬉しくって・・・」
 涙で濡れた瞳で、それでも笑顔を見せながら言う蘭が堪らなく可愛くて、2人は蘭を抱きしめたい衝
動に刈られたが・・・
 ちらりと視線を交わし、目だけで会話をする。
 ―――抜け駆け、すんじゃねえぞ。
 ―――ふん、そっちこそ。俺のいねえ間に変なことしてねえだろうな。
 ―――おめえと一緒にすんなっつうの。
 2人はほぼ同時にその顔に不敵な笑みを浮かべると、蘭の右手を新一が、左手を快斗が、ぎゅっと握
り締めた。
「え・・・」
「蘭ちゃん、もうはぐれねえように、手、繋いでよう」
「足、痛いんだろう?ゆっくり歩くからさ」
 2人の優しい笑顔に、蘭も安心し、微笑んだ。
「うん。ありがとう」

 3人仲良く手を繋ぎ、無事に参拝を済ませると、家に戻った。その頃には蘭の足も限界で・・・歩い
てる最中少しも痛そうな様子を見せなかった蘭だが、家につき、リビングでソファに座るなりそこから
動けなくなってしまった。
 それでも、2人に心配をかけまいと痛みを堪える蘭に、2人は優しく声をかけた。
「蘭ちゃん・・・痛いときは痛いって言って良いんだぜ?」
 新一が苦笑い交じりで言う。快斗は台所からアイスノンを持って来て、蘭が履いていた足袋をそっと
脱がせた。
「ああ、真っ赤になってるよ。ちょっと冷やしておこう。今日はもう、働いちゃ駄目だぜ?」
 そう言う快斗に、蘭は困ったような表情になる。
 何しろ、蘭はこの家に家政婦として働きに来ているのだ。
「でも、わたし・・・」
「良いから。うちのことは俺と快斗がするから、蘭ちゃんはおとなしく休んでな。元はといえば、初詣
に誘った俺らが悪いんだし」
「そ、そんなことないよ!」
 蘭が、慌ててぶんぶんと首を振る。
「新一くんと快斗くんは悪くないよ?わたし、今日すごく楽しかったし・・・。だからね、我慢したの。
ちゃんと、楽しみたかったから・・・」
「蘭ちゃん・・・俺らもすげえ楽しかったよ。ハプニングはあったけどさ。蘭ちゃんといるとすげえ楽
しいんだ。だから、もう今日は休んでてくれよ。無理して全然歩けなくなったりしたら、明日、一緒に
遊べねえだろ?明日で最後なんだし・・・な?」
 快斗の言葉に、蘭ははっとして、顔を伏せた。
 ―――そうだ・・・。もう、明日でお別れなんだ・・・。
「うん・・・そうだね。明日で最後だもんね。ちゃんと治さなくちゃ、ね」
 と、蘭は明るく言うと、ぱっと顔を上げ、2人に微笑んで見せた。
 その笑顔を見て、2人はほっとして笑った。
「そうそう、蘭ちゃんはいつも笑顔でいてくれよ」
「俺ら、その笑顔が大好きだからさ。蘭ちゃんにはいつも笑ってて欲しいんだ」
「うん・・・」
 蘭は笑顔で頷いた。
 本当は、涙が出そうだった。
 ―――もう、明日になったら2人とお別れしなくちゃいけないのね・・・。せっかく仲良くなれたの
に・・・。4日間て、なんて短いんだろう・・・。
 
 一方、新一と快斗も、言いようのないもどかしさを感じていた。
 ―――明日には、蘭はこの家を出てっちまう・・・。そうしたら、もう会えないのか?もうこれっき
り?そんなの・・・堪えられっかよ!!
 ―――このまま別れるなんて、冗談じゃねえぜ。まだ何ひとつ始まっちゃいねえのに、このままで終
われっかよ。新一との勝負だって、まだついてねえんだ!

 3人、それぞれの思いを胸に抱え・・・
 いよいよ、最後の1日を迎えようとしていた・・・。



 第3話です〜。4話完結にしようと思ってたのですが・・・。その後のお話として、第5話まで作っ
てみようかなあと思ってます。とりあえず、クライマックスは明日かな?ってことで・・・。
 それでは♪