***ひざまくら 3***



 「なんだか不思議」

 花沢類の柔らかな髪をなでながら、あたしは呟いた。

 それまで目を瞑っていた類がゆっくりと瞼を開く。

 「なにが?」
 寝ていると思ってたのに、独り言を聞かれてしまったようでちょっと恥ずかしかった。
「聞いてたの?」
「牧野の声って、響くんだよ。で、何が不思議なの?」
「―――花沢類がここにいるのが」
「どういうこと?」
「だって、もう卒業したのに。忙しいくせに週に一度はこうして大学に来て、あたしの膝枕で横になってるって相当不思議な光景じゃない?」
「ここに来るのは、俺にとっては仕事よりも大事なことだから。専務の役職につく条件として、会社が認めたことなんだから文句は言わせない」
 平然とそんなことを言って再び目を閉じる類。
「でも、周りはそんなこと知らないもん。きっと花沢のジュニアはいつもサボってるって思われてるよ」
「別に、人にどう思われたって関係ない。何日も牧野に会えない生活なんて耐えらんない。早く結婚したいのに大学卒業してからって譲らないし、それなら一緒に住みたいって言っても同棲はやだって言うし」
「だってそれは―――」
「だから、こうするしかないだろ?本当は毎日でも会いに来たいけど、それは無理だし。せめて週に1度は強制的に会える日を作らないと」
 無理やりな理屈だ、と思うけど。
 でも、本当はあたしだって毎日会いたいのだし。
 周りの目が気にならないといったら嘘になるけど、それでもこうして毎週あたしに会うためだけに、この大学へ顔を出しに来てくれることはすごく嬉しいのだ。
 ただ、それを素直に表現することができないのは、あたしの性格上仕方ない、と思う・・・・・。
 
 「でも、今日はあんまりしゃべらないんだね」
 花沢類も忙しくてなかなか会えなくなったから。
 こうして週に一度会いに来る日はいろいろなことをしゃべってくれたりするのに、今日はさっきからずっと静かだ。
 まあ、しゃべってくれるというよりはこの1週間の出来事を類に事細かに聞かれるので、あたしがそれに答えているだけなのだけれど。
「・・・・・本当は、聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「・・・・・牧野が、本当のこと言ってくれるかどうかわからなくて、不安で聞けない」
「ええ?何それ?」
 花沢類らしくない言葉に、あたしは驚く。
「正直に・・・・・答えてくれる?」
 じっとあたしを見上げる類。
 その、透き通ったきれいな瞳にドキッとする。
「だから、何を・・・・・?」
 心当たりもないのに、なぜか隠し事をしているような気分になってしまう。
「昨日、大学が終わってからどこにいた?」
「昨日?」
「バイトって言ってたけど・・・・・ちゃんと行ってた?」
 その言葉に、あたしははっとする。
「昨日は・・・・・ちょっと、用事があって」
「何の用事?」
「えっと・・・・・」
「・・・・・見たんだ、俺」
 伏せ目がちに言う類の言葉に、あたしは目を見開く。
「産婦人科から、牧野と総二郎が出てくるところ」
 その言葉にあたしは息を吐き出し・・・・・
 あたしの顔をじっと見つめている類を見つめ返し、口を開いた。
「あれはね、頼まれたの」
「頼まれたって、総二郎に?何を?」
「・・・・・ある人が、妊娠してるかどうか、調べるのを手伝ってほしいって」
 あたしの言葉に、今度は類が目を見開く。

 西門さんが3ヶ月前に別れたという彼女が、『妊娠した』と言って西門さんのところへ来たらしい。
 西門さん曰く、『そんなへまはしない』ということだったけれど、万が一ということもある。
 その女は西門さんに言ったそうだ。
 『結婚してくれると約束してくれるなら、今回は中絶してもいい。だけど、結婚してくれないなら妊娠したことをあなたの両親に告白する』
 と・・・・・。
 もちろん、西門さんはその人と結婚する気は毛頭ないわけで。
 とにかくその妊娠が真実かどうか確かめなければならない。
 で、彼女から聞きだした彼女のかかっている産婦人科へあたしを伴って確かめに行ったのだ。
 なぜあたしが一緒かと言えば、産婦人科などへ男1人で行くのはいやだというのと、そんなことを話せるのはあたしくらいしかいないという理由からだそうだ。

 そんなわけで西門さんと2人、その産婦人科へ行き。
 その女から頼み込まれていたらしいその医師も、西門流の名前を出すとすぐにぺらぺらとしゃべり始め・・・・・
 結局、妊娠はその女の嘘だと言うことがわかったのだ。

 そして騒動は一件落着。
 西門さんとその女の縁はすっぱりと切れたというわけだ。

 話を聞き終えた類は大きな溜め息を一つつき。
「事情はわかったけど・・・・・。何で俺に言わなかったの」
「西門さんが・・・・・産婦人科にあたしを連れて行くなんて、類が許すわけないからって・・・・・」
「確かに面白くはない。けど、隠し事されるのはもっといやだよ。昨日からずっと、すげえ悩んでた。牧野が俺を裏切るわけないって思っても、相手が総二郎だからもしかしてって・・・・・」
「何それ。何で西門さんだともしかして、なの?」
「・・・・・仲いいし」
 そう言って拗ねたようにあたしから目をそらし、それでいてあたしの膝から起き上がろうとはしない花沢類が、たまらなく愛しかった。
「・・・・・一緒に、住んでもいいよ?」
 あたしの言葉に類ががばっと起き上がり、その勢いに驚いてあたしは思わずのけぞる。
「―――それ、本気?」
 まじまじとあたしの顔を覗き込むから、途端に恥ずかしくなって来てしまう。
「だって・・・・・あたしだって、類と一緒にいたいもの。変なことで誤解されたりするのもいやだし。同棲なんて、中途半端な関係みたいで嫌だなって思ってたんだけど・・・・・」
「―――いいの?本当に?」
「何度も聞かないで。類が嫌ならいいの」
 顔が熱くなるのを感じて、とっさに立ち上がろうとして―――

 ぐいっと手首を掴まれ、そのまま類の膝の上に収まる。
「ちょ―――」
「一緒に暮らそう。すぐにでも」
「え―――すぐ?」
「そう。牧野の気が変わらないうちに」
 そう言って微笑む類の笑顔はどこまでも甘くて。
 
 ここが大学の構内で。

 しかも花沢類の膝の上だなんてことも、忘れてしまうくらい。

 甘いキスを交わし、おでこをくっつけながら。

 あたしたちはその幸せを噛み締めていた・・・・・。


                              fin.






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