***秘密の花園 vol.33 〜?つくし〜***



   「ったく、油断も隙もねえ。人んちの茶会に来といて何やってんだよ」

 目を細め、あたしたちをじろりと見下ろす西門さん。

 うっと詰まるあたしと、しれっとしている類。

 「牧野が、緊張してたからちょっと気を紛らわそうとしてただけ。総二郎こそ、こんなとこにいていいの?」
 類の言葉に、西門さんは肩をすくめた。
「俺のことは放っておけよ。それより―――お袋が、牧野のことかなり気に入ってて」
「は―――なんで?」
「さあな。お前が菅野家の人間だってわかって、俺が婿候補の1人になって―――最初からその話には乗り気だったけど、それはあくまでも『菅野』の名前にひかれてのことだ。ここんとこずっとお前が稽古に来てるの見てて、見込みがあると思ったらしい。どこで聞いたんだか、司やあきらの状況も知ってて・・・・・俺にはっぱかけてきた。類には負けんなってさ」

 思わず、あたしは類と顔を見合わせた。  

 「―――で、それが何?だからって今の俺たちの状況は変わらないでしょ?俺は牧野を諦めるつもりはないし」
 そう言う通り、類は顔色一つ変えない。

 類にとって、周りの状況がどう変わってもそれは大した問題じゃないのかもしれない。
 周りが何を言っても、状況がどう変わっても。
 類自身の気持ちは決してぶれない。

 さりげなく握られた手から、そんな類の気持ちが伝わって来るようで―――

 ドキドキが、止まらなかった。

 目の前の西門さんも、相変わらずあたしをじっと見つめていて―――

 あたし1人、その先に進むことができず、立ち往生しているような気がした・・・・・



 「そんときのお前の顔が目に浮かぶな」
 月曜日の学校で。
 お茶会の話を聞いた美作さんが、くすくすとおかしそうに笑った。
「もう、本当にずっと緊張してたんだよ。着物もきついしさ、息苦しくなっちゃって―――」
「まあまあ―――けど、マジで総二郎のおふくろさんに気に入られてるんだったら、すげえけどな」
「そうなの?」
「ああ。あの家ではすでに時期家元は総二郎って確定してる。兄貴は家を出てってるし、弟も、あの母親からすると家元の器じゃないってことらしい。総二郎はああ見えて、意外とまじめで責任感もある。なにより茶道のセンスは天才的なものがあるらしいからな。そんじょそこらの女じゃ結婚は許さねえだろう。それが、お前に目をつけた―――となれば、後押しは万全。覚悟しろよ。総二郎が本気出したら、お前なんか赤ん坊も同然だ」

 さーっと血の気の引く音。
「ちょっと、やめてよそういうこと言うの。―――ていうかさ、そんな厳しい家で、このあたしがやっていけると思う?」
「思う」
 即答されて、ちょっと驚く。
「え―――」
「逆に、お前じゃなければ相当ずるがしこい女じゃなきゃやってけねえだろ。あの家のブランドを欲しがってるような、金と欲に目がくらむような女なら家のためだけにって考えでやってくことはできるかもな。だけど―――普通の女が、ただ総二郎に惚れてるからっていうい理由だけじゃやってけねえと、俺は思ってる」
 そう言って、美作さんはあたしに微笑んだ。
「お前なら、大丈夫だよ。まあ、もし総二郎を選ぶならって話だけど」


 『お前なら、大丈夫』


 美作さんが言うと、妙に説得力がある。

 だけど―――

 あたしはまだ、そこまで考えられない。

 あの家の、独特な雰囲気にのみ込まれそうで―――

 足がすくんでしまうんだ・・・・・。


 「―――牧野、聞いてるか?」
 西門さんの声に、はっと我に帰る。
「あ―――ごめん、何?」
「おい、稽古中だぜ?起きてろよ?」
 呆れたように息をつく西門さん。
「ご、ごめん。ちょっと考えごとしてて―――」
「何考えてたんだよ?類のことか?」
「違うよ。なんでここで類が―――」
「今日、類が来てねえから―――。何より、いつもお前を最優先させてたあいつが来れねえなんて、珍しいだろ」
「そうだけど・・・・・」

 家の用事があると言っていた。

 『総二郎に何かされそうになったら、逃げて』

 そう言いながらも、渋々迎えに来た車に乗って行った類。

 「家の用事なんでしょ?」
「ああ、そう言ってたな。やる気なさそうにしてるけど、あれでもジュニアだからな」
「うん・・・・・」

 大企業のジュニア。

 そんなの自分には無縁だと思っていたのに。

 まさか、こんな風に関わるようになるなんて―――

 「―――牧野」
 西門さんの声にハッとする。  

 気付けば、真剣な目をした西門さんが、あたしを見つめていた。

 「単刀直入に聞く」
 心臓が、どきんと鳴った。
「―――お前は、類が好きなのか?」

 西門さんの、まっすぐな瞳が、あたしに逃げ場はないと言っているようだった・・・・・。







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