ファースト・デート1


 

 「やっぱ、早すぎたな」

 トロピカルランドの最寄駅の改札口で、快斗は蘭を待っていた。約束の時間まであと20分もある。

 今日は蘭との初めてのデートだ。柄にもなく緊張して、前の日は良く眠れなかったのだが、初デー

トに遅刻していくわけには行かない、と早めに出てきたのだ。

―――ま、いっか。蘭が来るまでに気持ちを落ち着けてよう。

 と、思いはしたものの、蘭がちゃんと来るかどうか、なんとなく不安になってくる。この日までど

うにか新一にはバレずに済んでいたが、かなり強引にこのデートの約束を取り付けたので、少し心配

なのだ。

 電車が着いたのか、大勢の人が改札口を抜けてくる。快斗は、その中に蘭の姿を探していた。―――

まだ来ないかな―――と思ったとき、人ごみの中に蘭の姿を見つけた。

 夏っぽいノースリーブの、薄いピンクのワンピースを着た蘭は、大勢の中にいてもぱっと目を引く

ほどきれいだった。今も回りの男たちの視線を集めていたが、本人はそんなことには気付く様子もな

く、快斗を見つけると満面の笑みを浮かべ、手を上げた。

 改札を抜けると、小走りで快斗の元に駆け寄ってくる。長い髪が揺らめいて、キラキラと光ってい

るように見える。

 蘭が近づいて来るのに合わせ、快斗の鼓動が早くなった。

「おはよ!快斗君。早いのね」

 と言って、ニッコリ笑う蘭に、快斗は目を細めた。

―――やっぱ、かわいいなあ・・・

「行こっか」

 と言って、蘭は先に歩き出す。

「あ、ちょっと待った!」

 それを見た快斗が、慌てて蘭を止めた。蘭がキョトンとして快斗の顔を見た。

「何?」

「えっとさ、ひとつ、お願いがあるんだけど」

 と、快斗は今日のために考えていたことを口にした。

「お願い?」

「うん。―――今日は、1日オレの彼女になってくれない?」

 意を決し、そう言うと蘭は目をぱちくりさせていたが―――

「―――彼女?快斗君の?」

「うん」

「わたしが?」

「そう。今日1日だけ・・・新一のことは忘れてくれない?―――忘れるのは無理でも、今日1日だけ

只の幼馴染ってことで・・・。ダメ、かな?」

 快斗は蘭の顔を覗き込んだ。蘭はちょっと俯いて考えていたが・・・ふと顔をあげ、快斗を見ると、

「ん。分かったわ。今日1日だけね」

 と言って、ニッコリ笑ったのだった。

「ほんと!?」

「うん」

「やったァ!サンキュー、蘭!!」

 全身で喜びを表す快斗を、蘭は楽しそうに見て笑った。

「じゃ、行こうよ」

 と言って歩き出した蘭の後を慌てて追いかけた快斗は、サッと蘭の手をとり、握った。蘭が、ちょ

っと驚いて快斗を見る。快斗は悪戯っぽく笑うと、

「恋人なんだから、手位繋ごうぜ」

 と言って、ウィンクした。蘭はちょっと照れたように、

「うん」

 と笑って、快斗の手を握り返した。

 2人手を繋いでトロピカルランドまでの道を歩く姿は、どこから見ても仲の良い恋人同士のそれだっ

た―――。

 

 

 「―――ね、腹減らない?何か食お―ぜ」

 ひとしきりアトラクションを楽しみ、トロピカルランドの中を手を繋いで歩きながら、快斗が言っ

た。

「うん、そういえば・・・もう1時だものね」

「何食べたい?おごるよ」

「え、いいよ、そんな―――」

 蘭が遠慮して言ったが、快斗はそれを遮り、

「おごらせてよ。今日は俺が彼氏なんだし。それ位、させてくれよな」

 と、明るく言った。蘭も思わず微笑む。

「うん。じゃ、ご馳走になろうかな」

「よし!そういや向こうに美味そうなレストランあったな。行ってみよーぜ」

「うん!」

 レストランに着き、オーダーを済ませると、2人はホッと息をついた。

「疲れた?快斗君」

「いや?すごく楽しいよ。蘭は?楽しい?」

「うん、とっても」

 と言って、蘭はニッコリ笑った。それを見て、快斗はちょっと赤くなって目を逸らした。

 蘭は、そんな快斗を見て、ちょっと不思議な気分になった。超がつくほど鈍感な蘭も、快斗が自分

に好意を持ってくれていることには気付いていた。それが恋愛感情によるものだということには気付

いていなかったが・・・。何でも話せる、大切な友達だと思ってくれていると思っていた。そして、

蘭にとっても快斗は大切な、かけがえのない友達になっていた。新一と似てはいるが、全く違う人物。

明るく優しく、お調子者のようで、実はとっても気を使っている、そんな快斗に蘭は不思議な安らぎ

を感じていた。快斗と一緒にいると安心できた。いつも忙しい新一に対しては、ちょっと無理をして

笑って見せ、余計な心配をかけないよう、探偵の仕事に集中できるよう寂しいけれど我慢していた。

でも、快斗といるときは、我慢する必要はなかった。無理せず、自然に笑うことが出来る。本当の自

分でいられる。そんな気がしていたのだ。

―――参ったな。

 快斗は、なんとなく落ち着かなくなっていた。

 蘭が眩しすぎる。1日だけでも1人占めしたくてこんなことを思いついたけれど・・・。楽しければ

楽しいほど、終わりが近づくにつれ、切なさも増していく。

―――参ったな・・・。これじゃあ離したくなくなっちまう。

 このままずっと、2人きりでいられたらどんなにいいか・・・。それは叶わないことだけど、そう思

わずにいられなかった。

 

 

 その頃新一は・・・

 昨日の夜、また警察に呼び出されていた新一は、帰ってきたのが夜中の2時過ぎで、寝たのは3時過

ぎだったため、昼過ぎにようやく起きてきたのだった。

 いつもだったら日曜は、蘭と約束しているか、約束がなくても新一の家に蘭が泊っていて、ずっと

2人で過ごすのだが今日は違った。なんだか、母親の英理と約束があるので日曜日は会えない、と言

われたのだ。その言葉にがっかりはしたものの、いつも新一が“事件”でいなくなってしまうことが

多いので、文句を言うこともできず、仕方なく了解したのだった。

「あ―あ、つまんね―な―」

 ボソッと声に出して呟く。「夜、電話するから」と、蘭は言っていた。だが、それまでにだいぶ時

間がある。どうやって暇をつぶすかな・・・。

「やっぱ、本でも読むか」

 しかし、家にある本は、もう全て読んでしまった。となると・・・

「本屋に行ってくるか」

 新一は面倒くさそうに立ち上がり、うーんと伸びをすると、出かける支度をするべく2階の自分の

部屋へ上がっていったのだった。

 

 

 「さ、次は何に乗りたい?」

 食事が終わると、快斗が言った。蘭はちょっと小首を傾げて考えている。その仕草がかわいくて、

快斗は蘭に見惚れていた。蘭は、快斗が自分をじっと見詰めていることに気付いて、ポッと頬を赤ら

めた。

「やだ、快斗君てば、何じっと見てるの?」

「あ、いや―――あんまりかわいくて、さ」

 と、ちょっと照れたように言って、ぽりぽりと頭を掻く快斗を見て、蘭はますます顔を赤くする。

「な、何言ってんのよ―」

「へへ・・・あ、もう出ようか?」

 と言って、快斗が席を立ったので、蘭も一緒に立って2人はレストランを出た。

「あっちの方行ってみる?」

 快斗が蘭に手を差し伸べながら、促す。

「うん」

 ごく自然に快斗と手を繋ぎ、蘭はニッコリと微笑んだ。

 

 

 「あ!探偵の兄ちゃんだ!」

 すぐ後ろから、聞き覚えのある子供の声が聞こえた。

 新一が振り向くと、そこには懐かしい顔・・・玄太、光彦、歩美の3人がこちらを見て立っていた。

「よォ!」

 久しぶりに会う旧友に顔をほころばせる。

「あれえ?お兄さん1人?蘭お姉さんは?」

 と、歩美が言った。

「今日は用事があってね、オレとは別行動」

「なんだよ。せっかくの日曜なのに1人かよ、サビシーな―」

 玄太の言葉に、思わず顔が引きつる。

「玄太君!失礼ですよ。お兄さんたちにも事情があるんですから」

 子供らしからぬ光彦の台詞に思わず苦笑いする。

―――相変わらずだな、こいつらは。

「そっか―。あたし、てっきり蘭お姉さんはお兄さんとデートだと思ってたのに」

「へ?」

 歩美の台詞にちょっと戸惑う。

「歩美ちゃん、それ・・・どういう意味?蘭と会ったのか?」

「うん。あたしね、昨日親戚の家に泊りに行ってて、今朝帰って来たんだけど、米花町の駅で蘭お姉

さん見たの」

「駅で?」

「うん。すっごくかわいいピンクのワンピース着てたよ。トロピカルランドに行くほうの電車だった

から、てっきりお兄さんとトロピカルランドに行くんだと思ったのに、違うんだ」

「・・・・・」

 新一は暫し黙ってしまった。

―――どういうことだ?いや、どこに行くかまでは聞いていないから、そっち方面のどこかで英理と

待ち合わせしているのかもしれないが・・・なんだか府に落ちない。ピンクのワンピース―――とい

うのは多分新一も知っているものだ。よくデートの時に着て来るお気に入りの服だ。ノースリーブで、

ちょっと胸元が開いているデザインの・・・あれを着て行ったのか?母親と会うのに?―――なんだ

か胸騒ぎがした。

―――まさか蘭の奴、オレに嘘をついてるのか・・・?

 だとしたらどうして?英理に会っているんじゃなければ一体誰と、どこに行ったっていうんだ?考

えられるのは・・・黒羽快斗。あいつしかいない・・・。考えたくはないが・・・。

 新一が突然黙ってしまったので、3人は戸惑って顔を見合わせたりしている。

「あの・・・お兄さん、どうかしたんですか?」

 光彦がやや遠慮がちに聞いてくる。

「え?―――あ、いや、なんでもないよ。ゴメン―――。歩美ちゃん、その・・・蘭は1人だった?」

「うん、1人だったよ。何かすごくウキウキしてるみたいだったよ」

―――ウキウキだって?ますます怪しい・・・。

「それ、何時ごろ?」

「ええっとねー・・・9時半くらいだったと思うけど・・・」

 9時半・・・トロピカルランドの開園は10時・・・。時間的にもぴったり合う・・・。

「どうもありがとう。じゃあ、またな」

 新一はニッコリ笑って3人に手を振ると、足早にその場を去っていった・・・。

 残された3人は、いつもと違う、ただならぬ雰囲気を漂わせた新一の後姿を呆然と見送っていたの

だった―――。

 

 新一は3人から見えないところまで来ると、ポケットの携帯電話を取り出し、まず蘭の携帯にかけ

てみる。―――が、電源を切っているのか、繋がらない。続けて、妃法律事務所へ―――。

「はい、妃法律事務所でございます」

 若い女性が出た。

「あ、お忙しいところすいません。工藤と申しますが、妃弁護士はいらっしゃいますか?」

「妃はただいま席を外しておりますが」

「そうですか・・・。どちらへいかれたか、分かりますか?」

「失礼ですが、どちらの工藤様でしょうか?」

 相手が、ちょっと警戒するように言った。

「あ、失礼しました。工藤新一と言います。あの・・・」

 と、新一が言いかけると、向こうで、ああ、と言う安心したような声が聞こえた。

「蘭ちゃんの―――妃先生のお嬢さんのお友達・・・ですね?」

「はあ―――まあ・・・」

 お友達、という言葉に、少し躊躇する。もちろん向こうは、新一が有名な高校生探偵だと言うこと

も知っているだろう。

「―――あの、それで・・・」

「あ、ごめんなさい。先生はちょっと人と会う約束をしていて、後1時間くらいは戻らないと思うわ」

「―――それは、依頼人と?」

「―――それは、ちょっと・・・」

「あ、すいません。そうですよね。―――じゃ、何時頃出られたかだけ、いいですか?」

「ええ。確か、1時ごろだったけど」

「1時・・・午前中は?どこか行かれてましたか?」

「え?いいえ。午前中はずっとオフィスにいたけど・・・それが何か?」

「あ、いえ、何でも・・・。すいません。お仕事中に失礼しました」

 新一は電話を切ると、またすぐに他のところに電話をかけた。

「――――もしも――し」

 と、明るい声で出たのは、快斗だ。

「なんだよ、新一、珍しいな。オメエが電話してくるなんて」

「―――オメエ、今、どこにいる?」

 新一は自然と低くなる声で聞く。

「あん?今?トロピカルランドだけど」

―――やっぱり!

「蘭と一緒にいんのか?」

「・・・・・な〜んだ、もうばれちまったのか」

 拍子抜けするほどあっさり言われ、新一は一瞬言葉をなくした。が、すぐに自分を取り戻し、

「ふざけんな!!どういうつもりだよ!」

「どういうって、デートだよ、デート。オレと蘭のファーストデート。邪魔すんなよなァ」

「な・・・にがファーストデートだよ!おい、蘭に代われよ!」

「やーだね」

「―――んだとォ!?」

「蘭が困るだろォ?今日は、蘭はオレの彼女だかんな!オメエには渡さねーぜ」

「テメ・・・!」

「返してほしかったらここまで来れば?ま、簡単には見付かんね―と思うけど。

「―――そこにいんだな?」

「おー。お楽しみはこれからだからな」

「―――待ってやがれ、ぜって―見つけ出してぶん殴ってやっからな!!」

 そう言うと、新一は力任せに電話をブチッと切った。頭に血が上って、とても平静ではいられなか

った。

―――あのヤロ――!今日という今日はぜって―ゆるさねー!!

 新一は回りの人間を跳ね飛ばしそうな勢いで、駅に向かって走っていったのだった・・・。

 

 

 一方快斗の方は、蘭がトイレから出てくるのを待っていた。

「さあて、どうすっかな」

 快斗はポロポリと頭を掻いた。

 新一が快斗に電話をしてきた時点で“バレた”事はわかった。おそらく何かのきっかけで今日の蘭

の行動に疑問を抱いた新一は、まず先に蘭の携帯に電話をしたはずだ。そのとき蘭と快斗は、室内に

いたので通じなかったのだろう。そして、快斗に電話してきた時間を考えると、その後英理のところ

へ電話したのだろう。今日、蘭が言い訳に英理と会うと言っていたのは快斗も聞いている。で、そこ

でばれたわけだ、蘭の嘘が・・・。

 まあ、半分そうなることは予想していたし、誤魔化そうと思えばできたのだが・・・。蘭が怒られ

たりしたら可哀想だし。隠れて会うってのはやっぱりフェアじゃないし・・・。そう思ってあんなこ

とを言ったのだが・・・。あっさり蘭を連れ戻されたのでは面白くない。

―――ここはやっぱり、あれしかねーか・・・。

 トイレから出てくる蘭を見ながら、快斗は密かにほくそえむのだった・・・。

 

 


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 また続きます。この辺で、蘭ちゃんの気持ちにちょっぴり変化が・・・。