ファースト・デート 2




  ようやくトロピカルランドに着いた新一は・・・。
  ―――どこから探すかな・・・。
 闇雲に走り回っても、疲れるだけだ。蘭が行きそうなところは・・・
 新一はとりあえず蘭が好きなアトラクションを見て回ることにした。今、3時半だから日が暮れるま
でにはまだ時間がある。それまでになんとしてでも探し出さないと!


  ―――その頃、快斗と蘭はというと・・・
「ね、快斗君?何でこんな格好しなきゃなんないの?」
 と、蘭が戸惑ったように言った。
 というのも、なぜか今蘭は着替えていて、黒い皮のピッタリと体に張り付くようなスタイルのミニ丈
、ノ―スリーブのワンピースで、髪も大人っぽく一つにまとめ、メークもちょっと濃い目で、サングラ
スをかけていた。ちょっと見たくらいでは、まず蘭だとわかる人間はいないだろう。
 快斗の方は、金髪のロングヘアーに黒いTシャツ、黒い皮パンと、ミュージシャン風の格好で、や
はりサングラスをかけ、こちらも快斗だとは分からない。
 もちろん新一から隠れるために変装しているのだが、何も知らない蘭には、わけがわからない。ちょ
っと恥ずかしそうに顔を赤くしている蘭に快斗は優しく笑いかけながら、
「ちょっと気分を替えようと思ってさ。けど、そういう格好もすっげー似合ってるよ、蘭」
 と言った。
「そ、そうかなあ・・・。なんか、恥ずかしいかも・・・」
 と、蘭は自信なさげだが、スタイルがいいのでボディコンシャスなワンピースもピッタリあっている
し、いつもより大人っぽいメイクと髪型がほのかに色香を漂わせていて、周りにいる男たちが皆ポーっ
と見惚れたりしていた。もちろん、蘭は気付いていないが・・・。
 快斗は周りを威嚇しつつ、蘭の肩に優しく手をまわし、促した。
「さ、行こうか」
「う、うん」
 いつもよりちょっと男っぽい感じの快斗に肩を抱かれ、蘭はちょっとドキドキしていた。
―――快斗君って、こんなに男っぽかったっけ?
 いつもふざけてばかりで、近くにいてもこんなにくっついたことはなかったから、気付かなかったけ
ど・・・。その腕も、肩幅も、蘭が思っていたよりもずっと男らしいような気がした。
 そう思うと、なんだか急に緊張してきてしまい、言葉が出てこなくなってしまった。
「蘭?どうした?」
 快斗が、不思議そうに蘭の顔を覗き込む。と、蘭の顔がぱっと赤くなる。
「な、なんでもないの」
「・・・もしかして、照れてる?」
「―――え・・・」
 図星を指され、絶句する蘭を見てニヤッと笑うと、
「照れんなよォ、俺たち今日は恋人同士だろ?」
「そ、そうだけど・・・」
「それとも、オレとこうして歩くのイヤ?」
 快斗は、ちょっと不安になって蘭に聞く。と、蘭は慌てて、
「そ、そんなことないよ!ただ、初めてだから、ちょっと緊張しちゃって・・・」
 と言った。快斗はふっと笑うと、
「・・・オレだって緊張してるよ?」
 と言った。
「え・・・ホント?」
「ん。だって、今日は蘭との初デートじゃん。最初っから緊張しっぱなしだよ」
 明るくそう言う快斗を見て、蘭の体から次第に力が抜けていく。
 安心したようにニッコリ笑う蘭を見て、再び快斗は歩き出した。
「さ、行こうぜ!」
「うん!!」


 「くっそ―――っ、あいつらどこにいるんだ!」
 新一は息を切らしながら、吐き捨てるように呟いた。
 腕時計を見ると、もう5時半になっていた。夏だからまだ明るかったが、そろそろ暗くなってしまう。
―――しかし、何で見付かんね―んだ?幾ら広いっつったって、こんだけ探していないなんて・・・ま
さか、もうここを出ちまったんだろうか?でも・・・
 新一が立ち止まって考え込んでいると、その目の前を、熊の着ぐるみを着た人間が通り過ぎた。それ
を見て、新一ははっとする。
―――そうか!変装だ!何で今まで思いつかなかったんだ?あいつは怪盗キッドなんだ、変装なんかお
手のもんじゃねーか。きっと蘭にも変装させて・・・くそ!そうと分かっても、どうやって探しャ良い
んだ?まさか、1人1人顔を引っ張るわけにはいかね―し・・・。
 1人考え込んでいる新一を、通り過ぎる人たちが不思議そうに見ていた・・・。


 その頃、快斗と蘭はベンチでジュースを飲みながら、休んでいた。
―――しかしさっきは焦ったなあ。
 快斗は1人考えていた。
 実は30分ほど前、アトラクションから出てきた2人のすぐ側に、新一がいたのだった。蘭は後ろを
向いていて気が付かなかったが・・・。新一はチラッと2人を見た。が、さすがに分からなかったよう
で、すぐに2人とは逆方向へと歩いて行ってしまったのだ。
―――まだまだ、観察力が足りないぜ、名探偵。
「どうしたの?疲れちゃった?快斗君」
 急に黙ってしまった快斗の顔を、下から覗き込みながら蘭が言った。
「あ、ゴメン。大丈夫だよ。全然平気」
「ホント?無理しないでね」
 心配そうに言う蘭を安心させるように笑うと、快斗は立ち上がった。
「平気だって。さ、行こうぜ」
「あ、うん。どこ行く?」
 蘭も立ち上がりながら言う。
「ん―――。あ、そういや、観覧車ってまだ乗ってなかったな」
「あ、そうだね。今から乗ったら、ちょうど夜景が見えるかも」
 蘭がうれしそうに笑って歩き出した。快斗がその肩を抱いて、2人並んで観覧車に向かって行った。
 観覧車のところまで来ると、行列が目に入った。
「わァ、結構並んでるね」
 と、蘭が言った。
「だな。ま、30分位だろ。並ぼうぜ」
「うん」
 2人は列の最後尾に並んだ。
 それから5分ほどして、ちょっと進んだところで快斗がふと、何か思い出したように言った。
「あ、そーだ。蘭、ワリ―けどちょっと待っててくれる?」
「え?どうしたの?」
「ちょっとな。すぐ戻るから」
 そう言うと、快斗は蘭を置いて走って行ってしまった。蘭は不思議に思いながらも、1人で並んで待
っていたのだが・・・。
 いよいよ後少しで乗れる、というところまで来ても、快斗が戻ってこない。不安になってきて後ろを
ちらちら見ていると、少し離れたベンチでずっと蘭のほうを見ていた2人組みの男が、ニヤニヤしなが
ら寄ってきた。
「ねえ、彼女、もしかして彼氏に置いてきぼりにされちゃったの?」
 と、1人の男がいやらしい笑みを浮かべ、話し掛けてきた。
「違います」
 蘭がむっとして答えると、もう1人がニヤニヤしながら、
「でも戻って来ないじゃん。あんな薄情な彼氏なんか放っといてさ、俺たちと遊ばない?」
 と言って、蘭の肩に手をかけようとした、その時―――
「オレの女にさわんじゃねーよ」
 と、低い声が聞こえたかと思うと、蘭の肩に手をかけようとしていた男がよろけた。
「な、なんだ、てめえ!」
 と、もう1人の男が言うと、いつのまにか蘭の隣にいた快斗がその男をジロッと睨み、
「それはオレの台詞だ。人の女にちょっかい出してんじゃねーよ」
 静かだが、凄みのある声でそう言われ、2人組みは青くなって早々に逃げて行ってしまった。
「大丈夫か?蘭。ゴメンな、遅くなっちまって」
 と、蘭の方を見ると、蘭は目をぱちくりさせながら、
「すごいね、快斗君。今のすっごいかっこ良かったよ!それに、あの人のこと触ってないように見えた
のに、どうやったの?」
 と、無邪気に笑って言った。快斗はがくっと肩を落とし、は――っと大きく溜息をついた。
「・・・別に、たいしたことしてねーよ・・・。蘭、頼むからさ・・・もちょっと自覚してくれよ」
「?何を?」
「何って・・・その・・・ま、いいや。ほら、乗ろうぜ」
 いつのまにか、蘭と快斗が乗る番になっていた。
「あ、うん!」
 2人で観覧車に乗り込む。ゆっくりと動く観覧車の窓から外を見て、楽しそうに笑う蘭。そんな蘭を
見て、快斗は目を細める。
「―――蘭、これ」
 快斗はポケットから小さな袋を出すと、蘭に差し出した。
「え?何?」
 蘭は、不思議そうな顔をして、その袋を受け取った。
「開けてみろよ」
「うん・・・」
 蘭は言われたとおり、その袋を開けた。そして、中のものを手のひらに出してみるー――。
「これ―――」
 それは、四角いシルバーの板に天使の絵が彫られたペンダントだった。
「かわいい―――」
「裏、見てみ」
 快斗が笑いながら言う。蘭が、そのとおり裏返してみると、そこには今日の日付とto ranの文字が
・・・。
「これ―――!」
「今日の記念に、プレゼント。さっき、これを買いに行ってたんだ。んで、裏のそれ彫ってもらってた
ら、思ったより時間がかかっちまったってわけ」
 ちょっと照れたように、ニヤッと笑う快斗。蘭は、そのペンダントをボーっと見ていた。
「蘭?貰ってくれるよな?」
「あ、あの、でも、良いの?」
「もちろん!蘭に貰ってほしいから、名前入れたんだぜ。な?」
 快斗の言葉に、蘭はふっとうれしそうに笑って、
「ありがとう!大切にするね」
 と言ったのだった。その笑顔を見て、快斗の胸がドキドキと高鳴った。
「―――蘭、今日、楽しかった?」
 と聞くと、蘭はまたニッコリ笑って、
「うん!とっても!」
 と言った。
「じゃ、また来ようか。2人で、さ」
 と快斗が言うと、蘭はちょっとびっくりしたように目を見開いた。
―――まずかったかな?
 快斗はちょっと不安になった。
―――もう会わない・・・なんていわれたらどうしよう?そんなの耐えらんね―よ・・・。
 そんな快斗の想いを知ってか知らずか、蘭はふわり、と優しい笑みを浮かべると、
「うん、そうだね」
 と言ったのだった。
 今度びっくりするのは、快斗の方だった。
「え、マジ?良いの?」
「うん。ほんとに、楽しかったから・・・。快斗君といると、いつも楽しいよ。側にいるとすごく安心
するし・・・」
 少し頬を染めながら話す蘭。快斗は、信じられないような思いでそれを見つめていたが・・・。
「蘭!!」
 思わず、蘭に抱きついていた。観覧車がその拍子に少し揺れた。
「キャ、ちょ、快斗君、危ないよ!」
 蘭が慌てて身を離す。
「あ、ああ、ワリィ。―――なァ、隣に座ってもいい?」
「え?うん、良いけど・・・」
 蘭がキョトンとして首を傾げる。快斗は蘭の隣に座ると、改めて蘭を見つめた。
「何?」
 ちょと照れたように蘭が聞く。
「ん、イヤ・・・なんか、すっげーうれしいんだけど・・・。ちょっと信じられなくってさ・・・。蘭
って、俺のことただの友達くらいにしか思ってないと思ってたから・・・」
「ただの・・・なわけないじゃない。今日だって、ここに来るのすごく楽しみにしてたのよ」
「ホントに―――?けど、やっぱり1番好きなのは新一なんだろ?」
「うーん・・・。なんて言ったら良いのかな。新一とは比べられない・・・っていうか、全然別の気持
ちなの。新一のことはもちろん好きだけど、快斗君のことも・・・」
 そこでちょっと躊躇いがちに、上目遣いで快斗を見る蘭。快斗は、その瞳にくらくらして・・・。そ
っと肩を抱くと、蘭の唇に自分のそれを重ねようと顔を近付ける・・・。
 とその時、
『Pululululu・・・』
 突然、蘭の携帯電話が鳴り出して、蘭がぱっと体を離した。
 心の中で、チェっと舌打ちする快斗。
―――いい所だったのに。
「―――新一」
 携帯の液晶画面を見て、蘭が呟く。
 快斗は、思わず顔を顰める。
「―――もしもし」
「―――最初から、こうすりゃ良かったんだよな」
 なぜか息の荒い、新一の声。
「え?」
「馬鹿正直に探し出してやろうなんて思ってた俺が馬鹿だったんだ」
「新一?何・・・」
 言ってんの?と言おうとした蘭の台詞を、新一が遮る。
「今、どこにいる?」
「え・・・どこって・・・」
「トロピカルランドにいることは知ってる。そんなかのどこにいるか聞いてんだよ」
 明らかに怒ってる、新一の低い声。
 蘭は、呆然として声が出なかった。
「おい、蘭?黙ってねーで何とか言えよ」
「あ、あの―――」
 何か言おうとして口を開いた蘭の手から、スッと携帯電話を取った快斗。
「よお、遅かったな、名探偵。何やってたんだ?」
 快斗の言葉に、再びビックリする蘭。
「っせーな、オメエ、変装してんだろ?」
「ふーん。ちゃんと気付いてたんだ」
「ったりめーだ!どこにいやがる!」
「なんだよ、自分で探し出すんじゃなかったのか?ギブアップ?」
 面白そうに笑って応える快斗に対し、新一は憮然として応える。
「―――蘭に聞いちゃいけないってルールはねーだろ。早く代われよ」
「やーなこった。今、いいところなんだからよ、邪魔すんなよなァ」
「・・・いいとこって、なんだよ!?てめえ、蘭に何かしやがったら―――」
「まだしてねーよ」
「ま、まだって―――!」
「ヒントやるよ。今、2人きりで夜景見てんだぜ。スッゲーキレ―。なァ、蘭?」
 と、突然話を振られ、蘭はあたふたしている。
「え?あ、あの、快斗くん―――」
「んじゃーな、新一君」
 快斗は勝手に話を終わらせると、さっさと電話を切ってしまった。
「か―――いと君・・・?あの・・・今のって・・・」
「―――ん。黙っててゴメンな。実は新一にばれちまってさ」
「そう・・・だったんだ・・・」
「うん。さっき、新一から電話がきてさ。蘭はトイレに行ってたから、黙ってたんだけど・・・。ゴメ
ンな。もう少しデートを楽しみたかったからさ」
 快斗は、蘭が怒り出すかなと、少し不安に思いながら言ったのだが・・・。
「ううん、いいよ」
 と言って、蘭はニッコリ笑った。快斗は、その反応を意外に感じて、戸惑った。すると、蘭はちょっ
と照れたように首を傾げ、
「だって・・・今日は、わたしも楽しかったし・・・。今日は1日快斗君の彼女になるって約束でしょ
?新一にバレたって分かってたら・・・こんなに楽しめなかったと思うから」
 なんて、本当はそんな風に思っちゃいけないかな、と小さい声で付け加える蘭。そんな蘭が愛しくて
・・・快斗は、このままこの観覧車が地上に着かなければいいのにと思っていた。さっきのヒントで、
多分新一はこの場所を突き止めるだろう。この観覧車が下へ着く頃には、新一もこの場所へ来ているだ
ろう。そうしたら・・・この楽しいデートは終わってしまう。蘭はまた、新一の“恋人”に戻り、快斗
はただの“友達”に戻ってしまうのだ。
 快斗の胸が痛んだ。
 どうして、蘭は新一の恋人なのだろう?どうして、彼女の幼馴染が自分ではなかったんだろう?どう
して・・・自分たちは出逢ってしまったんだろう・・・。
 いまさらながら、その想いが快斗の胸に重くのしかかって来るのだった・・・。
 暫し、二人は黙って見詰め合っていた。そして、蘭が快斗を見つめながら口を開く。
「―――あのね、快斗くん―――」
 ガタンッ!
 鈍い音とともに、観覧車が地上へ着いた。係員によって、扉が開かれる。
「ハイ!お疲れ様でした〜」
 にこやかに笑う女性係員に促され、2人で外に出る。もう日はすっかり暮れていた。
 2人無言で歩き出す・・・と、先ほど蘭をナンパしてきた2人組みが座っていたベンチに、新一の姿
があった。
 今度は変装に騙される事もなく、2人に気付いたようだ。
 腕を組んで立っている新一の顔は無表情だったが・・・蘭には分かった。その瞳の奥に、怒りの炎が
静かに燃えていることが・・・。
「新一・・・」
 蘭は、新一の名を呟いた。新一がそれに反応するように、キュッと眉間にしわを寄せる。
「蘭・・・どういうことか、説明してくれよ」
「あの―――」
「俺が説明するよ」
 快斗が、スッと庇うように蘭の前に立った。新一が鋭い目で快斗を睨みつける。
「快斗君・・・」
 蘭が心配そうに、快斗を見上げる。
「―――大丈夫」
 快斗が蘭に、ニッと笑って見せる。その光景に、ますます険しい表情になる新一。
「―――こないださあ、オメエが事件でいなかったとき、俺が蘭を家まで送ってったろ?」
「ああ?」
「ほら、新出先生が車で蘭を送ってってるって話をした日だよ」
「―――ああ、覚えてるぜ」
「俺、あん時本当に本当は泊っていこうかと思ってたんだよ」
 新一の表情が、これ以上ないというくらい不機嫌になる。
「んで、そん時におとなしく帰る代わりに出した条件がこれなんだよ」
「これって・・・」
「1日デートしてってこと。あん時泊っていくのと、1日デートだったら1日デートのほうが良いだろ
?おまえだってさ」
「どっちもダメに決まってんだろ!?」
「けど、蘭は1日デートを選んだ。オメエのためにも、な」
 快斗はニッと笑った。新一歯をくいしばり、快斗を睨みつける。
 蘭の行動は分かる。だが・・・理屈で分かるのと、だから納得出来るか、というのは違う。
「・・・だからって、俺に隠し通すことが出来ると思ってたのか?」
「イーヤ、全然。オメェなら、気付くだろうなとは思ってたぜ」
 快斗はしれっと言ってのけた。
「けど・・・気付かない可能性だってある。俺はそれに賭けた。たとえ半日でも・・・蘭を独り占めし
たかった」
「―――蘭は、渡さねえ・・・」
 新一はそう言って快斗を睨みつけると、今度は快斗の後ろに立っている蘭に視線を移した。
「蘭・・・もう、隠し事はしねえって約束だったよな」
「―――ん・・・ゴメン・・・なさい・・・」
「・・・誤りゃ良いってもんじゃねえだろ?何でうそつくんだよ?オメエ・・・何考えてんだよ?まさ
か、本気で快斗のこと好きになったんじゃ・・・」
 新一の顔色が青くなる。蘭は慌てて、
「違うよ!そうじゃなくて―――」
 即否定する蘭に、新一は少しホッとし、快斗は、やっぱり、と落胆する。が、蘭が続けていった台詞
に2人は目が点になる。
「でも、快斗君のことは好きだよ」
「―――は?」
「―――え?」
 2人の反応に、蘭はちょっと怯んだが、気を取り直して続けた。
「あの―――新一のこと好きっていう気持ちとは、ちょっと違うの。なんていうか・・・兄弟とかいた
らこんな感じかなあって・・・。一緒にいるのがすごく自然で、隣にいて、手を繋いだりするのも当た
り前みたいで・・・、肩、抱かれたりするとちょっとドキドキするけど・・・」
 そこですかさず新一の突っ込みが。
「―――肩、抱かれたのか?」
「え―――う、うん、まあ・・・」
 新一の顔が再び険しくなるのを止めるように、蘭は話を続けた。
「えっと。それでね、側にいると、すごく安心するの。―――新一といるときは、また事件が起きてど
こかへ行っちゃうんじゃないかって不安があったり、逆に、新一がわたしのために何かしてくれるのが
涙が出そうなくらい嬉しかったり、側にいるだけでドキドキしたり・・・。なんて言ったらいいのかな
。新一のすることで一喜一憂してるの・・・。それは幸せなことだけど、やっぱり不安もあって・・・
。快斗君といると、そういう不安が全部消えちゃうみたいな・・・そんな感じがするの。―――勝手な
こと言ってるって分かってる。“浮気”っていわれたら、そうなのかも・・・でも・・・今のわたしは
、快斗君がわたしの前からいなくなっちゃうことなんて、考えられないの。ずっと・・・側にいてほし
いって・・・思ってるの」
「・・・・・」
「・・・・・」
 暫し、2人は無言だった。蘭がそんな風に思っていたなんて、快斗も新一も考えもしなかったのだ。
蘭のほうはといえば、2人が黙ってしまったのを見て、しゅん、と俯いて言った。
「やっぱり・・・こんなの、ダメだよね。こんな勝手なの・・・。ゴメンね、快斗君。新一も・・・ゴ
メン。こんなわたし・・・いやだよね」
 その言葉に、先に反応したのは快斗だった。
「イ、イヤじゃねーよ!!」
 蘭が、顔を上げて快斗を見る。
「・・・スッゲーうれしいよ。蘭が、俺のことそんなふうに思っててくれたなんて、さ。俺がいること
で蘭が安心できるなら・・・ずっと笑顔でいてくれるなら、俺、ずっと蘭の側にいるよ・・・側にいた
いんだ」
「快斗君・・・」
 蘭の瞳が涙で潤んだ。それを見て、新一が重い口を開いた。
「蘭・・・」
「新一・・・あの・・・」
「俺とは、別れたいってことか?」
「ち、違うよ!そんなこと、思ってない!」
 蘭は、慌てて首を振った。知らず、涙が溢れてくる。
「わたし・・・新一が好きだよ。大好き・・・別れたいなんて・・・思ったこと、ない。―――でも、
新一がこんなわたしを許せないなら・・・わたしのこと嫌いになっちゃったなら・・・。新一に、さよ
なら言われても、仕方ない・・・」
 蘭の頬を涙が伝った。もう、言葉を続けることができなかった。
 新一が蘭の側まで来て、その手で蘭の涙をすくった。
「―――俺から、さよならなんて、言えるわけねえだろ」
「新一・・・」
「俺には、オメエしかいない。オメエのことだけが、好きなんだからな」
「新・・・一・・・」
 新一は、優しく蘭を抱きしめた。そして、快斗の方を見て、
「蘭は、オメエには渡さね―。・・・けど、蘭がオメエを必要としてるなら・・・俺のせいで蘭が不安
になって・・・その不安が、オメエといることで消えるなら・・・少し位、側にいても良いってことに
してやるよ」
「―――えっらそーになァ」
 快斗が、新一を睨みつける。
「そのかわり、ぜって―手は出すなよ。俺のいない間に・・・手ェ出しやがったら、今度こそ2度と蘭
に会えね―ようにしてやっからな」
 低い声でそう言い睨みつけてくる新一の目をまっすぐ見返しながら、
「―――フン、俺は蘭を悲しませるようなこと、するつもりはねーよ。蘭がその気になりゃ―別だけど
な」
 と言って、ニッと笑った。そんな快斗を、また睨みつける新一。その時―――
「あの・・・快斗君・・・」
 新一からちょっと体を離し、蘭が快斗を見上げた。
「ん?」
「あの・・・快斗君て・・・もしかして、私のこと、好き・・・なの?」
 赤い顔をして聞いてくる蘭。快斗も新一も、再び目が点になる。
「・・・は?」
「・・・蘭、いまさら何言ってんだ?」
 怪訝な顔をして聞いて来る新一に、蘭は戸惑ったような顔をした。
「え、だって・・・」
「―――蘭、もしかして、俺の気持ちに気付いてなかったの?」
 快斗が、恐る恐る聞く。
「え・・・じゃ、やっぱり快斗君、わたしのこと・・・?」
「ちょっと待て、蘭。じゃあ何で、快斗に”ごめん”って言ったんだ?」
「それは・・・快斗君はわたしのこと、友達だと思ってると思ったから・・・。あんなふうに、ずっと
そばにいてほしいなんて、彼女みたいなこと言ったら悪いかなって・・・。すごい浮気者みたいで・・
・友達でもいてもらえなくなると思ったから・・・」
 その言葉に、快斗も新一も大きな溜息をついて、肩をがっくりと落とした。
「あ、あのオ・・・」
 オロオロする蘭を、新一は恨めしそうにジト目で睨み、快斗はクックッと肩を震わせながら、笑い始
めた。
「―――も、サイコ―、蘭・・・。新一、苦労するぜ、これじゃあ」
「笑ってんじゃねーよ。・・・人事じゃねーだろ?オメエもよ・・・」
 その言葉に快斗は顔を上げ、新一を見た。暫し、沈黙のあと、快斗はニヤッと笑って、
「そだな。これからは、オメエが事件に借り出されてる時は、俺が悪い虫がつかねーように見張ってな
きゃなんねーからな」
 と言った。そして、サッと蘭を新一から離し、優しく包み込むように抱きしめると、蘭の頬にチュッ
とキスをして、耳元に囁いた。
「これからも・・・よろしくな」
「!!!てめええ―、手ェ出すなっつっただろうが―――!!」
 すかさず新一が、蘭を奪い返そうと手を伸ばす。が、快斗はサッと蘭の手を引っ張って駆け出すと、
笑いながら新一に言った。
「今日の蘭は、俺の彼女なんだよ!明日になるまで、オメエには返さね―からな!行くぜ、蘭!」
「待てっ、このヤロ―!!」
 必死に追いかけてくる新一を見て、蘭は
「ごめんね、新一!今日は、快斗君と約束しちゃったから・・・後で電話するねー!」
 と言って、手を振ったのだった。
 それを見て、再び脱力する新一・・・。
「あいつ―――ホントに分かってんのか?この状況が・・・。勘弁してくれよ・・・」
 力なくうなだれる新一。だが、なぜか心は落ち着いていた。
「しょーがね―な・・・今日1日は、目ェつぶってやっか・・・」
 そう呟き苦笑いすると、ゆっくり出口に向かって歩き始める新一だった・・・。


                                             fin

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 ちょっと長くなってしまいました。変な終わり方ですいません。でもなんか、わたし的にこういう形が
しっくりきてしまって・・・。またそのうち、続きを書きたいな、と思ってます。