30分後。 ようやく会場に姿を現した類に、再び会場内がどよめいた。
入り口からゆっくりと、つくしに向かって歩いて来る類。 つくしの前に立つと、いつもと同じように穏やかに微笑んだ。 「最高に綺麗だ」 つくしは少し涙ぐみながらも、ふわりと微笑んだ。 「ありがとう。類も、すっごくかっこいいよ」 手を取り、見つめ合う2人。
あきらと総二郎が、2人のそばに来た。 「おせえぞ、類」 あきらがにやりと笑う。 「何処にいたんだ?」 「さあ。一昨日の帰り、家の前で拉致られて、車に乗せられたんだ。その後すぐ目隠しされて・・・・・あれはたぶんメイプルホテルだと思うけど、部屋に窓がなかったからよくわからなかった。食事だけ運ばれて、後は誰も来ないし、全く状況がわからなかった。ただ・・・・・司が絡んでるんだろうなとは思ったけど。手荒なことをするつもりはないみたいだったから、とりあえず何かわかるまで待つしかないと思ったんだ」 淡々と話す類は、監禁されていたとは思えないほど冷静だった。 「で、事情は聞いたのか?」 総二郎の言葉にも穏やかに頷く。 「ここに来るまでの車の中で聞いたよ。司の母親から直接電話があって。それから父親に電話した。大体の事情はわかったけど・・・・・俺にとっては仕事の話はどうでもよかった。司が・・・・・俺に手荒なことをするわけないと思ってたし、両親にも俺の気持ちは言ってたから、そうなるだろうって予想はついてた。こんな大袈裟なことをする前に、俺に相談してくればって思ったけどね」 少し残念そうに。 それでも優しい笑みをつくしに向ける類。 「それだけ、あいつのとこも切羽詰ってたんだろ。とにかくお前が無事でよかったよ」 そう言ってあきらも笑った。 「だな。で、無事類が戻ったところで、でもお前確かダンスできねえんだよな」 総二郎がにやりと笑い、類の肩を叩く。 「・・・・・それが、何?」 なんとなく嫌そうな顔で、類が総二郎を見る。 「せっかくお前のために牧野がドレス着て来てんのに、壁の花じゃ勿体ねえじゃん。牧野、俺と踊ろうぜ」 そう言って総二郎がぐいとつくしの腕を引っ張る。 「ええ?なんで?」 つくしが驚いて腕を離そうとするが、ぐいぐいと引っ張られ、ドレスの裾を踏みそうになりながら着いて行くので精一杯だ。 「おい、総二郎!」 類がその後を追おうとして、あきらに腕を掴まれる。 「まあ、いいじゃねえか。高校最後の思い出作り。総二郎の次は俺な」 「・・・・・もしかして、こういうの狙ってた?」 「まさか。いくらなんでもお前が拉致られるのなんて予想外だよ。俺たちはただ、牧野との思い出が欲しいだけ」 そう言って静かに微笑むあきらを、類がじっと見つめた。 「・・・・・本気ってこと?」 「ああ」 暫し、2人が睨み合う。
「俺は、牧野を離すつもりはない」 類の言葉に、あきらがふっと笑みを零す。 「わかってる。でも、俺たちにとっても牧野以上の存在なんてないんだよ。もし―――今回みたいにお前が牧野の前から姿を消すようなことがあれば・・・・・俺も総二郎も、ただそれを見てるだけじゃすまなくなる」 「俺は、牧野を残していなくなったりしない」 「わかってる。もしもの話だ」 そう言って肩を竦めると、あきらは総二郎とつくしのほうへ目を向けた。 「さ、そろそろパートナーチェンジだ。じゃ、牧野借りるぜ」
あきらが総二郎たちの元へ歩いていき、総二郎と交代する。
総二郎はつくしに軽く手を振ると、類のほうへと戻ってきた。
「んな、仏頂面するなよ。お前もそろそろダンスくらい覚えとけば。やる気になりゃあ何でもできるタイプのくせに」 「・・・・・相手が牧野なら、何でもするよ」 類の言葉に苦笑する。 「はいはい。まったく嫌になるよな。どれだけあいつの傍にいたって、あいつはお前のことしか見てねえんだから。お前と牧野の間には、誰も入り込めねえよ」 「・・・・・入り込もうと思ってた?」 じっと見つめる類の瞳を、総二郎はいつものようにポーカーフェイスで見返した。 「さあな。隙があればそういう気にもなるかもな。だから、油断するなよ。司がいなくても、俺とあきらはいつでもその隙を狙ってる」 「油断なんか、しない。隙なんて作らせないよ。牧野に何かあったら、たとえ総二郎やあきらでも、許さない」 真剣にそう言う類に、総二郎はおどけたようにひょいと肩を竦めた。 「こえーな」 いつものポーカーフェイス。 でも、つくしを見つめる視線が今までに見たことがないくらい真剣なものだということは、隣にいる類には嫌と言うほど伝わってきたのだった・・・・・。
「あきら、交代」 いつの間にかあきらの後ろに立っていた類が、あきらの肩を叩く。 「お、類。お前踊れんのかよ」 「踊れないよ。でも、これ以上牧野は貸せない」 そう言ってあきらをじろりと睨む類に、あきらも苦笑した。 「O.K.じゃ、牧野、またな。ダンス習いたきゃ、いつでも教えてやるから」 そう言って軽く手を振ると、そのまま行ってしまうあきら。
つくしは、類を見てほっと息をついた。 「やっぱり、あたしにはまだまだ優雅にダンスなんて無理みたい。そのうち本当に美作さんに習いに行こうかな」 「ダメ。ダンスなんて、出来なくてもいいよ」 「でも、せっかくこんなきれいなドレスもらったのに・・・・・」 自分の姿を見下ろし、溜息をつくつくし。 シンプルなデザインのベアトップのドレス。 胸元を飾る真っ白なコサージュがポイントになっていて、ハイウェストで切り替えられたシルエットが細見のつくしにとても似合っていた。 「よく似合ってる。思ったとおり・・・・・。でも、きれいな牧野を他のやつに見られるのはちょっと悔しい」 類の言葉に、つくしの頬が染まる。 「何言ってんの。誰もあたしのことなんて見てないよ」 「そんなことないよ。少なくとも―――」 あの2人は、牧野のことしか見てないんだから―――。 途中で言葉を切った類を、不思議そうに見つめるつくし。
類はちらりとあきらと総二郎のほうに視線を走らせてから、再びつくしを見つめ―――
そして、突然つくしの腰を引き寄せると、あっという間につくしの唇を塞いだのだった・・・・・。
突然のことに目を閉じるのも忘れていたつくし。 やがて会場中の視線が自分たちに集まっていることに漸く気付き―――
慌てて類の胸を押し、名残惜しそうに唇を離した類を睨みつけたのだった。 「こんなとこで!!」 「だから。見せ付けてやらないと」 「わけわかんない」 真っ赤になって怒るつくしに、類がやわらかな笑みを見せる。 「牧野つくしは、俺のもの。誰にも譲るつもりはないから―――覚悟しておいて」
その言葉にまた頬を染めるつくし。
そんな2人を遠くから眺めながら、あきらと総二郎もまた、穏やかに笑っていた・・・・・。
fin.
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