***どくせん 1 〜慎×久美子〜***


 慎が白金学園の側を通ったのは偶然だった。
 珍しく大学も早く終わり、必要な参考書を買いに来たのだ。
 そしてちょうど校門から出て来た久美子を見つけた。
 声をかけようとしたとき、一瞬早く後ろから久美子に声をかけた男がいた。
「山口!」
 その声に久美子が振り向く。
「上杉?どうした」
 上杉と呼ばれたその男。
 黒いさらさらヘアと切れ長の瞳。美形だがどこか冷たい印象を与えるその少年には、どこか見覚えがあった。
「お前こそ、今日は車じゃねえのかよ」
「ああ、今車検に出してるんだ」
「車検?代車とかねえの?」
「ああ。たまには歩くのもいいもんだよ」
「だっせー。せっかく送ってもらおうかと思ったのによ」
 上杉の言葉に、久美子は苦笑いする。
「お前なー、仮にも教師を足代わりにするな」
「いいじゃん、けちけちすんなよ」
 2人はそのまま、しゃべりながら一緒に歩き出した。
 一方その光景をずっと見ていた慎は・・・・・
「・・・・・・・あのやろう・・・・・・」
 ぼそっと呟き、2人の後姿をじっと見つめるのだった・・・・・。


「あ、お嬢、おかえんなすぁいやし!」
 門をくぐるとすぐに、工藤が久美子に気付き頭を下げる。
「ただいま」
「慎のやつが来てやすゼ」
「え?沢田が?」
 久美子は目を見開き、意外そうな顔をした。
 ―――今日は、大学早く終わったのか?  

 「よお」
 慎が久美子に気付き、短く声をかけた。
「今日はずいぶん早いんだな」
 東大に入ってからというもの毎日のように帰りが遅い慎だが、それでもこの黒田一家に顔を出すことを忘れないあたり、慎らしいといえば慎らしい。
 まあ、それも久美子に会いたいという恋心のなせる技か・・・・・。
「・・・・・たまたまな。お前は・・・・いつもこんなもんか?」
「ん?おお。なんだよ、お前だってそれくらい知ってんだろう」
「・・・・・まあな」
「?」
 なんとなく奥歯に物が挟まったような、歯切れの悪い慎を不思議に思いつつ、久美子はいったん自室に戻った。
 学校から持ち帰った書類などを整理していると、
「入るぞ」
 と、慎の声。
「ああ、いいぞ」
 久美子が答えると、戸が開き、慎が入ってきた。
 慎は戸を閉めると、しばらく黙ってその場に立っていた。
「なんだよ、どうしたんだ?何か言いたいことがあるんじゃないのかよ?」
 久美子が首を傾げて聞く。
 元々そんなにおしゃべりな方ではないが、言いたいことは言う方だ。
 らしくない慎の態度に、久美子も内心戸惑っていた。
「・・・・・上杉に、弟がいるなんて知らなかったよ」
 慎の言葉に、久美子は意外そうな顔をした。
「あれ?言わなかったっけ?そうなんだよ、それが偶然うちのクラスで・・・・あたしも全然知らなかったけどさ、とにかくそっくりだからすぐに分かったよ。お前、上杉から聞いてなかったのか?」
「全然。大体、そんなに仲良くねえし」
 慎の言葉に、久美子はからからと笑った。
「そりゃそうだよな」
「・・・・・で?」
「え?」
 久美子が慎の方を見る。
 どことなく不機嫌そうな表情。
「・・・・・いつから一緒に帰るほど仲良くなったんだ?そいつと」
「・・・・見てたのか?今日?」
「・・・・偶然、白金の前を通ったんだよ」
「マジで?何で声かけなかったんだよ」
「・・・・・かけそびれた」
 上杉律は、慎と同じ東大に通う男だ。バリバリの優等生だが、それだけではない。冷酷で残忍な一面も持ち合わせる危険な男だ。いい意味でも悪い意味でも慎とは対照的なその男が、なぜか久美子に興味を持っていることは慎も知っていたが、そこに他意はなく、単なる興味だけだと思っていたので特に気にも留めていなかった。
 あの白金の生徒を見て、あれが律の弟だということはすぐに分かった。とにかく顔がよく似ていたから。
 そして、その弟が久美子に興味を持っていること・・・・それも、ただ単に教師として見ているわけではないということに、慎は気付いてしまった。
 もちろん、久美子は全く気付いていないだろうが・・・・・。
「仲良いって・・・・別に、偶然校門の前で会っただけだぜ。今日は歩きだったから。途中まで道が一緒なんだよ。お前も知ってるだろう」
 こともなげに話す久美子に、慎は軽く溜息をついた。
 どうしてこうも、男の心理というものに鈍感なのか・・・・・。
「車で、送ったりしたことは?」
「上杉をか?いや、ないよ。特に理由もなく、生徒を車に乗せたりはしない」
「そうか」
 慎はちょっと安心して息を吐いた。
 祖父がやくざの大親分という血筋の久美子だが、今は教師が天職と信じ、それに関しては妙に生真面目なところがあったりするのだ。
「しかし、あいつ顔は兄貴にそっくりだが性格はぜんぜん似てないぜ。一見、兄貴と同じ冷血漢みたいだけどさ。なんつーの?素直?元気?とにかくまだまだ子供って感じでさ。かーわいいったらないよ」
 くすくすと、楽しそうに思い出し笑いしながら話す久美子。
 その、あまりにも楽しそうな表情に、慎の片方の眉がピクリと釣りあがる。
「へえ・・・・そりゃあ良かったな」
「ああ、本当に。あんな冷血漢が2人も家の中にいたんじゃ親も大変だもんなぁ。しかし、頭の出来は良く似てるぜ。何で白金に来たんだろうなあ。青玉にだって余裕で行けただろうに」
 久美子が不思議そうに頭をひねる。
 慎にとってはそんなことはどうでも良かったが、今後、少し早めに帰って来るようにしようと心に決めたのだった・・・・。



  

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