Angel

  

  1.出逢い


 高校生探偵工藤新一。その名を日本全国に轟かせて数ヶ月―――。忙しさのあまり、学校の出席日数
が危うく足りなくなりそうだったのだが、どうにか無事に2年生に進級することが出来―――久しぶり
に事件も何もない日、新一は学校からまっすぐに家に帰ると、リビングでコーヒーを飲んでいた。
 有名な推理作家である父優作と、元人気美人女優の有希子はアメリカに滞在していて、今、この大き
な家には新一と、妹の志保が2人で住んでいた。
 志保は中学3年生。中学生にしては容姿も大人っぽく、妙に冷めたところのある女の子だった。兄に
対してもいたってクールで、
「高校生なんかに頼っているようじゃ、日本の警察も先が思いやられるわね」
 と言い放った。頭も良く美人なのに男が寄り付かないのは、クールすぎる性格に問題がある、と新一
は思っていた。
 玄関が開く音がして、女の子の話し声が聞こえてくる。
 ―――また園子が来たのか?
 志保のクラスメート、鈴木園子は鈴木財閥のお嬢様なのだが、気さくで明るい性格のため、お嬢様と
いう感じのしない普通の女の子だった。なぜか志保と馬が合うようで、良くこの家にも遊びに来ている
のだった。
 ―――ん?もう1人いるのか・・・?
 志保と園子の声に混じって、聞きなれない声が聞こえてきた。
「―――あら、いたの?珍しいわね」
 リビングに入って来るなり、志保が新一を見て言った。
「あのなァ―――」
 文句を言おうとして、志保のほうを見て―――止まってしまった。志保と園子に挟まれるようにして
立っている少女。その少女の姿を見た途端、他のものが見えなくなってしまったように・・・新一の目
は、少女にくぎ付けになってしまった。
 長い髪は黒く艶やかで、大きな瞳は潤んだようにキラキラと輝き桜色の唇は軽く結ばれている。華奢
だが均整の取れた体つきで制服の上からでもその凹凸がはっきりと分かるほどだ。
 新一がその少女に目を奪われ言葉を発せられないでいると、両隣にいた園子と志保が顔を見合わせ、
にやりと笑った。真ん中の少女はきょとんとした表情で新一を見ている。
「ふーん・・・。新一さんでもそんな顔することあるんだ」
 と言う園子の言葉に、新一はハッと我に帰った。
「―――どういう意味だよ?」
 軽く横目で睨みつける。が、園子はそれをものともせず、
「べっつにー」
 と、横を向いて言った。志保は相変わらずニヤニヤしていたが、蘭が自分の方を見たのに気付き、今
度は優しくにこっと笑った。
「お兄ちゃん、紹介するわね。彼女、4月にうちのクラスに転校して来た毛利蘭さんよ」
 蘭、と呼ばれたその少女はペコッと頭を下げた。
「はじめまして、毛利蘭です」
 はにかむような笑顔で、新一を見る。
「あ、はじめまして―――工藤新一です」
 新一は慌てて立ち上がると、蘭のほうに一歩近づいた。そして、さり気なく右手を出す。蘭はちょっ
と躊躇いながらも右手を出し、2人は握手を交わした。2人の視線が絡み合う。
「蘭、わたしの部屋へ案内するわ」
 と、志保が2人の邪魔をするように、蘭の腕にそっと手をかけた。新一はチラッと志保を睨んだが、蘭
は気付かずに頷いた。
「あ、うん」
「じゃあね、お兄ちゃん」
 クスッと笑い、意味ありげな視線を投げ、志保は蘭を連れて行ってしまった。園子もその後に続いて
行こうとしたが、ふと入り口のところで止まるとパッと振り返り、ニヤッと嫌味な笑い方をした。
「―――んだよ?」
 と、新一が顔を顰めると、園子はちょっと後ろを振り返って見て、蘭たちが行ってしまったのを確認
してから口を開いた。
「―――新一さん、もしかして蘭に一目ぼれ?」
「―――そんなんじゃねーよ」
 内心図星を指され、動揺していたが表面には出さず、ポーカーフェイスで言った。
「ふーん・・・?ま、良いけど。蘭を好きになると苦労するわよ」
「なんだよ、それ?そんなにわがままな子なのか?」
 見た目、そんなふうには見えないが・・・
「違うわよ。蘭はすっごくいい子よ。素直で優しくて・・・。ホント、いまどき珍しいような純粋な女
の子って感じ」
 今時の女の子、園子が言うのも妙な気はするが――ー
「おまけに可愛くってスタイルも良くって運動神経も抜群―――とくりゃ、もてないほうがおかしいで
しょう?」
「そんなに・・・もてんのか?」
「そりゃもう!男子たちの間じゃ蘭のファンクラブを作ろうなんて話が出てるくらいよ」
「そりゃすげーな・・・」
「けど・・・蘭てちょっと・・・」
 と言って、園子は困ったような顔をした。
「なんだよ?何か問題あんのか?」
「問題って言うか・・・あの子、気付いてないのよね」
「何に?」
「自分がもてることに」
「・・・は?」
「ぜんっぜん気付かないのよ。かなり本気で、自分のこと可愛いって思ってないのよ」
「・・・そりゃ、珍しいな・・・」
「でしょ?あれはほとんど天然ね。―――だからなんか、危なっかしいのよね。ほっとけない感じ」
 ―――分かる気はするなあ。守ってやりたくなるよなあ、あの笑顔見ると。
 と、先ほどの蘭の笑顔を思い出していると、園子が見透かしたようにニヤッと笑い、
「―――新一さん、マジで惚れてない?」
 と言った。
「ま、ファンクラブだなんて騒いでる男どもはさておき、かなり強力なライバルがいるから、がんばっ
てね」
「強力なライバル?誰だよ、それ」
 思わずむっとして聞くと、
「あら、やっぱり気になる?」
 と、にやりと笑う。
「―――オメーなァ、からかってるんなら―――」
「いや―ね、からかってなんかないわよ。―――前に話したことあるでしょ?新一さんにそっくりな男
の子のこと」
「ああ、マジシャンの子供だとか言う・・・」
「そう。黒羽快斗くんって言うんだけどさ、彼、蘭のいとこなのよ」
「へェ、けど、いとこなら別に―――」
「だって、いとこ同士って結婚できるじゃない」
「そりゃそうだけど―――」
「蘭ね、今快斗くんちに居候してるのよ」
「は?」
 新一は思わず目を丸くした。居候って、つまり・・・
「実は、蘭のご両親、今別居中でね。蘭はお父さんと一緒に住んでたんだけど、彼女お母さんの代わり
に家事を全部こなしてたらしいのよ。んで、今年は受験でしょ?それじゃゆっくり勉強できないからっ
てことで、快斗くんちに来ることになったらしいわ」
「ふーん・・・。じゃ、受験が終わったらかえんのか?」
「そういうことね。でもさ、あの2人かなりイイ感じなのよね。今日は、快斗くん用事があるからって
先帰っちゃったけど、いつも行き帰りずっと一緒だし。学校でも快斗くんがいつも側にいるから他の男
どもは近付けないって感じだもの」
 新一は聞きながら、胸がムカムカしてくるのを感じていた。学校でも家でもいつも蘭の側にいるとい
うその男―――黒羽快斗に嫉妬していた。
 新一に言い寄ってくる女性は、まさに吐いて捨てるほどいる。“高校生名探偵”というネームバリュー
もあり、顔良しスタイル良し、頭も良くてスポーツ万能となれば、もてないはずはないのだが・・・。
 どんな美人に言い寄られても、新一は女性に本気でのめりこむことはなかった。きれいな女性といるよ
りも、難解な事件を解いているほうが新一にとってはよっぽど充実していたし、新一らしく在れた。そ
してまた、どの女性も1度でも優しくしようものならすぐに勘違いし、終いには事件にばかり夢中にな
る新一を責め、新一に冷たくされれば泣き喚く―――。そんな女性ばかり見てきたので、女性、というと
警戒してしまう癖までついてしまった。だが―――蘭に対してはそういった警戒心というものが全く働
かない。そればかりか、もっと蘭を知りたい、彼女と話がしたい、とまで思ってしまっていたのだ。こ
んな気持ちは初めてだった。
 初恋、と言ってもいいかもしれないこの恋。
 ―――最初からそんなライバルがいるなんてな・・・。
 新一はニヤッと笑って思った。
 ―――けど、まだ付き合ってるとか言うわけじゃなさそうだし―――振り向かせてやろうじゃねーか。
彼女をよ。
 新一の不敵な笑みを見て、園子は背筋が寒くなったような気がした。
「ちょっと、いつまで話し込んでる気?」
 入り口に、志保が腕を組んで立っていた。
「あ、ごめーん」
 園子がぺろっと舌を出す。
「蘭が待ってるわよ。ね、お茶とお菓子持っていくから手伝って」
「オッケー。じゃね、新一さん。がんばってね」
 ニッと笑って、志保の後についてキッチンへ行く園子。
「何のこと?」
 と、志保が訝しげに聞く。
「おい!余計なこと言うなよ!」
 新一が慌てて怒鳴る。志保に知られたら、後で何を言われるか分からない!
「はーい」
 クスクス笑いながらの返事。信用して良いものかどうか・・・いまいち心配な新一だった・・・。





  初パラレルです。蘭ちゃん出番少なくなっちゃいました。管理人の個人的趣味で、また快斗が出て来
ますが、今回はあくまでも新蘭メインです。志保を書いたのも初めてですね。まだ先の話、考えてない
んですけど・・・。次も読んで頂けたら嬉しいです。感想ありましたら聞かせてくださいね!