Angel

  2.接近


―――振り向かせてやろうじゃねーか。彼女をよ。―――
 

 あれから2週間・・・。結局新一は事件に追われる毎日でろくに学校にも行けず、当然蘭との仲も何の
進展もなく・・・。
 
  ―――ったくよォ。なんだってこの世の中事件ばっか起きるかね。
 その事件が起きれば食事も忘れるほど夢中になってしまう人間のセリフとは思えなかったが、そんな
ことは棚にあげて、新一は溜息をついた。
 ―――彼女、どうしてるかな・・・。あの日もろくに話が出来なかったし・・・。また会いてえな。
などと考えながら、近くの本屋に行くべく道を歩いていると―――
「あれ?新一さん?」
 その声に一気に心臓の鼓動が早くなり、パッと振り向く新一。
「あ、やっぱり。こんにちは」
 と言ってニッコリ笑ったのは、今まさに会いたいと思っていた人物・・・毛利蘭だった。
「お久しぶりです。あの・・・覚えてます?わたしのこと」
 ぽかんと口を開けたままの新一を不思議に思ったのか、蘭が小首を傾げて聞く。
「あ、ああ、もちろん、覚えてるよ。毛利蘭さん、だよね」
 漸く口を開いた新一。蘭も安心したように笑った。
「はい!良かったァ。1回しか会ってないから忘れられちゃったかと思った」
 と言って微笑む蘭は、まさに天使のように新一には見え・・・
 ―――かわいいなあ。やっぱり・・・。ここで会えたのも何かの縁だよな。
「蘭さん、今時間ある?」
「え?ええ、ありますけど・・・」
「良かったら、一緒にお茶でもどう?もちろん俺のおごりで」
「ええ?で、でも・・・」
 突然誘われ、蘭は戸惑っているようだった。
「ダメかな。今日、久しぶりに暇なんだけどちょうど1人で退屈してたんだ。少し話し相手になっても
らえると嬉しいんだけど」
 決して強引にならないように。でも少しくらい良いかなと思わせるような言い方で。
 蘭はクスッと笑うと、
「はい、良いですよ」
 と言った。
 ―――やった!
 新一は思わず心の中でガッツポーズを決めた。
 

 2人は駅前のケーキがおいしいと評判の喫茶店に入った。
「前に、志保と園子が言ってたんだ。自分が入るのは初めてなんだけど」
「すごく素敵なお店。わたし、ケーキ大好きなんです」
「それは良かった。好きなもの頼んで良いよ」
「はい、それじゃあ遠慮なく」
 蘭は小さ目のケーキを2種類と紅茶を頼み、新一は蘭に勧められて、あまり甘くなさそうなケーキを
1つとコーヒーを頼んだ。
 ほどなく出されたケーキをおいしそうに食べる蘭に、思わず見惚れる新一。
「これ、すっごくおいしい!」
「そう?良かったらもっと食べても良いんだぜ」
 というと、蘭はちょっと頬を染め、
「そんなに食べたら太っちゃいますよォ」
 と言った。そんな照れた表情もとても可愛く、新一は顔が綻ぶのを止められなかった。
「大丈夫、蘭さんならちょっとくらい太ったって。きっと可愛いよ」
「え・・・やあだ、新一さんってば。わたしにそんなこと言っても何も出ませんよォ」
「嘘じゃないって。蘭さん、すごく可愛いし。もてるだろ?」
 と新一が言うと、蘭は真っ赤になって首を振った。
「もてませんよお、わたしなんて。志保ちゃんのほうがよっぽど・・・」
「志保ォ?あいつは性格に問題あるからなあ」
「そんなこと・・・とっても優しいですよ。最初は冷たい感じに見えたけど、今は全然・・・」
「そうかね・・・」
「はい!わたしのことより・・・新一さんってすごくもてるんでしょう?新一さんの誕生日とクリスマ
ス、バレンタインデ―には、家中が贈り物でいっぱいになるって言ってましたよ」
「家中・・・は大げさだけど・・・。まあ、贈り物はくるけど。知らない人からがほとんどだしね」
「そうなんですか?」
「うん。―――蘭さんは・・・彼氏とかいないの?」
 と、新一はさり気なく聞いてみた。すると、蘭はちょっと赤くなり、
「いないですよォ。言ったでしょう?わたしもてないんですよ」
 と俯いて言った。
「新一さんは?今はいるんですか?」
「え?今はって・・・」
「あ、ごめんなさい・・・。志保ちゃんが、たまに家に来たり、街で見かけるけどその度に彼女が違う
って・・・」
 ―――あいつは〜〜〜、余計なこと言いやがって・・・。
「それは、彼女じゃないよ」
「え?」
「俺、彼女なんていないよ。その、志保が見たって言う彼女たちは・・・その、勝手に家まで来ちゃっ
たり・・・たまたま暇な時に誘ってきたりする子とかで・・・。別に彼女ってわけじゃないんだ」
「そう、なんですか?」
「うん。だから、親密な関係とかじゃないよ。映画見に行ったりするくらいでさ」
 新一の説明に蘭は納得したのか、笑って頷き、紅茶を飲んだ。
 ―――ったく、志保の奴、ろくなこと言わねえんだからな。彼女に誤解されちまったらどうするんだ!
「でも、新一さんてすごいですよね。いろんな難事件を次々に解決して・・・」
「や、別に・・・」
「すごいですよォ。―――ホント、うちのお父さんにも見習わせたい・・・」
「え?今なんて?」
 最後のほうのセリフが良く聞き取れず、新一が聞き返すと、蘭はハッとしたように手で口を抑え、
「あ、いえ、なんでも・・・」
 と言って、残っていたケーキを一切れ、口の中へ持って行こうとしたが―――
「いただき!」
 と、突然男の手が伸びてきたかと思うと蘭の腕を掴み、そのままケーキはその男の口へ―――
「!!快斗!」
 蘭が驚いてその人物を見て言った。
 そこに立っていたのは、新一に良く似た男で・・・
 新一の顔が一気に歪んだ。
 ―――こいつが・・・黒羽快斗って奴か?・・・そんなに似てるか?俺に。いや、そんなことより、
今こいつ蘭のケーキを食いやがったな。蘭の使ってたフォークから・・・ってことは、間接キスしたっ
てことじゃねェか!やろー・・・
「何で快斗がここにいるの?」
「そりゃこっちのセリフだよ。買い物に行ったんじゃねえのかよ?蘭」
 快斗が仏頂面をして応える。
「うん、そうだけど・・・たまたま新一さんに会って・・・あ、ごめんなさい新一さん、この人わたし
の従兄弟で。黒羽快斗っていうんです。志保ちゃんとかに聞いたことあります?」
「ああ、あるよ。俺に似てるって言われたけど・・・」
「そうなんです。わたしもビックリして・・・テレビとかで新一さん見た時も似てるなって思ってたん
ですけど、実際会ってみて・・・やっぱり似てますよね」
「そう・・・かな」
「そんなに似てるかね。俺も実際会うのは初めてだけどさ」
 と言いながら、快斗は蘭の隣に座った。
 それを見た瞬間、新一の眉がピンっと跳ねあがり・・・。新一の方をチラッと見た快斗がそれに気付
き、微かに笑みを浮かべた。
「で?工藤さんに会ったからって、何でここにいるわけ?」
 と快斗が聞くと、蘭が口を開く前に新一が、
「俺が誘ったんだ。お茶でもどうかってね」
 と言った。快斗と新一の視線が絡み、一瞬火花が散る。
「へェ、名探偵工藤新一もナンパとかするんだ?」
「ちょ、ちょっと快斗!!新一さんに失礼じゃない!」
 蘭が慌てて言うが・・・。新一の額にはすでに青筋が浮かんでいた。
「ご、ごめんなさい、新一さん。快斗って口が悪くって・・・もう!快斗も謝ってよ!」
 と蘭が快斗を睨むと、快斗は肩を竦め、そっぽを向きながら
「すいません」
 と言ったが・・・、ちっとも悪いと思っていないと言うのは傍目にも分かり・・・
「もう!!新一さん、ごめんなさい、本当に・・・」
「いや、蘭さんが悪いわけじゃないからね」
「すいません・・・あの、じゃあわたしはこれで・・・。今日はありがとうございました」
 と言って、蘭が席を立った。新一はそれを見てちょっと慌てて、
「え、もう行くの?」
 と言った。
 ―――せっかく会えたのに・・・
「はい。ご馳走様でした。あの、今度お礼に何か、差し入れ持って行きますね。ご迷惑じゃなかったら
、ですけど」
 と言って、蘭はニッコリと笑った。その笑顔に新一は一瞬見惚れ・・・
「―――全然、迷惑なんかじゃないよ。お礼なんか別に良いけど・・・いつでも遊びに来てくれよ」
 と言った。蘭はちょっと頬を染め、嬉しそうに頷くと
「はい!じゃ・・・ほら、快斗行こう」
 いつのまにかケーキを全て平らげてしまった快斗の腕をとり、促した。
「あいよ。そんなにひっぱんなって―――。じゃ、失礼します。工藤さん」
 快斗は新一を見て意味深な笑みを浮かべると、そのまま出口に向かった。
 蘭も新一に向かってぺこりと頭を下げると快斗と一緒に出口に向かって行った。

「ね、ここのケーキおいしいでしょ?おば様に買っていこうよ」
「ああ、そうだな」
 仲良く話しながら歩いていく2人を見送りながら―――
 ―――あのやろォ・・・。ゼッテ―蘭はわたさねえぞ。従兄弟だってことをいいことにやりたい放題
しやがって・・・。

 見たところ、蘭にとっては快斗はただの従兄弟。別に恋愛感情はなさそうだった。だが、快斗の態度
は・・・新一の気持ちを知って面白がっているだけなのか、本気で蘭のことが好きなのか・・・その真
意は測りかねたが、どちらにしろ新一にとって面白くないことには変わりない。

 蘭に近付くには、あの黒羽快斗をどうにかしなければいけない・・・。

 新一はそう思って、事件を解くとき以外では初めて、頭を悩ましたのだった・・・。






  やっと続きが出来ました。ひょっとして「Angel」って1で終わり!?て自分で思うくらい
続きが思いつかなかったんです。そして苦労した割には、なんて内容の薄い作品でしょう(笑)
喫茶店の場面だけで終わっちゃいました。ま、快斗が出せたから良いか。なんて自分で勝手に納得して
ますが。またがんばって続き考えますね。
 それでは♪