-soujirou-
「だから、何でそうなるんだよ?」
俺はいらいらと目の前の壁を叩いた。
「だから、牧野のパパが緊張しちゃって。朝からトイレに篭りきりなんだってさ、腹痛起こして」
類が表情を崩さずにそう言うのが余計に癇に障るってこと、この男は気付いてるんだろうか。
「だからって、何でお前がつくしの父親役やるわけ?」
「俺が適任だから、じゃない?別に好きでやるわけじゃないよ。パパに頼まれちゃったんだからしょうがないじゃん」
「しょうがないって顔してねえんだよ、お前は!大体、つくしの父親のことパパって呼ぶな!つくしと結婚するのは俺なのに、まるでお前が新郎みたいじゃねえか!」
「まあまあ、そういきり立つなって総二郎。普通新郎は花嫁をエスコートしてこねえし。心配しなくってもそのまま牧野連れ去る、なんてことねえだろ」
そう言って俺たちの間に入ったのはあきらだ。
半ば呆れ顔で、それでもいつものことだと穏やかに微笑みながら俺を宥めにかかる。
「とにかく、そういう事だから。先に言っておいたほうがいいと思ってさ。牧野もえらく緊張してるみたいだから、俺は花嫁の様子見てくるよ」
そう言って軽く手を振ると、類はさっさと俺に背を向けて行ってしまった・・・・・。
「まあ、お前の心配する気持ちはわからないでもないよ。お前と付き合ってからもあいつらの関係は変わらなかったからな。相変わらず類は牧野の家に入り浸って、あそこの家族とはまるきり本当の家族みたいになっちまってる。―――だから、牧野の父親も類にその役を任せたんだろ」
ソファーでコーヒーを飲みながら、あきらもすっかり寛いでいた。
いらいらと落ち着かない俺を、呆れたように眺める。
「けど、牧野と結婚するのはお前なんだからさ、そうカリカリすんなって」
ちらりとロビーのほうに目をやれば、つくしの弟が手に飲み物が入っているらしい紙コップを持ち、花嫁の控え室へと消えていくところだった。
「―――さっきの話」
俺が口を開くと、あきらがん?と顔を上げた。
「類のやつ、ここへ来てつくしを連れ去ったり―――しねえよな」
その言葉にあきらは暫しぽかんと俺を眺め―――
「ぶっっっ」
と、堪えきれなくなったように吹き出した。
「おま―――サイコーだな」
クックッと肩を震わせ、目に涙を溜めながら笑い続けるあきら。
さすがに俺も照れくさくなる。
「笑うなよ」
「わりい、けど―――牧野のこととなると、お前はまるっきり人が変わるよな。ま、だからこそ類も―――それに司も、お前たちの結婚を認めたんだろうけどな」
そう言ってあきらがロビーのほうへ目を向けた。
ちょうどそこへ、颯爽と現われたひときわ背の高い、目をひく男―――司を見て、手を上げる。
「よお、間に合ったな」
あきらの言葉に、司がにやりと笑う。
「牧野と総二郎の結婚式に、俺が遅れるわけにいかねえだろ」
「サンキュー。スケジュールの調整、大変だったんじゃねえのか」
「少し急だったからな。けどうまくいったからここにいるんだ。余計な心配するなよ。それより、類は?」
くるりと周りを見渡し、司が聞く。
「類なら、牧野の父親役やることになって、牧野のところに行ってるよ」
「はあ?なんだそりゃあ」
司が怪訝そうに顔を顰める。
「牧野の親父さんが具合悪くって、急遽そうなったらしい。親父さんの頼みなんだと」
あきらの言葉に司はますます顔を顰め、ぼそっと呟いた。
「あいつ―――そのまま牧野連れ去ったりしねえだろうな」
教会に人が参列し、パイプオルガンが厳かに旋律を紡ぎ始める。
俺は牧師の斜め前に立ち、入り口を見つめた。
やがて入り口の扉が静かに開き・・・・・
類に付き添われた花嫁―――牧野つくしがその姿を見せた。
純白のウェディングドレスは見事に色白なつくしの美しさを引き立てていた。
ゆっくりと近づいてくるその表情はまだ伺うことができないが、おそらく緊張しているだろうことは、類の腕に掴まるその手が微かに震えていることでも手に取るようにわかった。
やがて2人は俺の前で足を止め、類が俺を見て微笑んだ。
「バトンタッチ。ちゃんと連れてきて、安心したでしょ?」
「心配なんか、してねえよ。つくしが、俺以外のやつのとこなんか行くわけねえ」
俺の言葉に、類がくすりと笑う。
「俺はいつでも、準備オッケーだったんだけどね。―――しょうがないから譲ってあげるよ」
類に促され、つくしが俺の隣に立つ。
「―――類、ありがとう」
ヴェール越しに類を見たつくしの目には、きっと涙が浮かんでいるんだろう。
「―――俺は牧野の一部だから。いつでも力になる。これからもずっとね」
そう言って類は下がり、あきらと司のいる列に並んだ。
神父の前で愛を誓い、指輪の交換をする。
そしてつくしのヴェールを上げると、その日初めて俺は愛する女―――牧野つくしの顔を見た。
潤んだ瞳が俺を見上げる。
「―――きれいだ」
俺の言葉に、照れくさそうに微笑む。
「ありがと―――西門さんも、かっこいいよ」
「いい加減、名前で呼べよ。つくし」
俺の言葉にポッと頬を染め、慌て始める。
「そ、そうだけど、つい―――」
「本当に、類に連れ去られたらどうしようかと思った」
「―――馬鹿」
「馬鹿で結構。それだけお前に惚れてるってことだ・・・・・。つくし」
「うん?」
「―――愛してるよ」
その言葉に、つくしの瞳から涙が零れ落ちる。
「―――わたしも・・・・・」
そして、やわらかく微笑んで。
「愛してる、総―――」
重ねられる唇。
鳴り止まない歓声と拍手。
そしてライスシャワーの中俺はつくしと手を繋ぎ、仲間の元へ―――
「先輩!ブーケ!」
どこからか桜子の声が響き―――
つくしは、持っていたブーケを青空に向かって勢いよく放り投げたのだった・・・・・
fin.
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