***Blue Christmas vol.1***



 -tsukushi-
 
 今日は仕事だって言ってたのに。
 だからあたしは1人で買い物なんかしてるのに。

 なんでこんなとこにいんの?
 そこは2人でよく行く喫茶店。
 オープンテラスで微笑み合いながら話し込んでる男女。
 女の方は緩くまとめた柔らかそうな髪が女性らしく、キリッとした眉が仕事の出来る女という感じで同性のあたしから見ても魅力的な人だった。
 そして、その向かい側で足を組み、女を魅了する微笑みを浮かべ、向かい側の女性を柔らかく見つめている男。

 その男の名前は西門総二郎。
 あたし、牧野つくしの彼氏だった。

 まるで映画の中の恋人同士みたいだった。
 絵になりすぎてて、声をかけるのも憚れるほど。


 どうやって家まで帰ったかも覚えていない。
 夜になって何度も西門さんから携帯に着信があったけれど、出る気にはなれなくて。
 夜中の12時頃にかかって来た時にはさすがに電源も切ってしまおうかと思ったのだけど。

 着信の名前を見てあたしは驚いた。
「美作さん?」
 大学を卒業してからすぐに日本を離れてしまった美作さん。
 まさか海外から?
「も、もしもし」
『よぉ、牧野?俺』
「本当に美作さん?びっくり!今どこにいるの?」
『日本だよ』
「え。帰って来たの?いつ?」
『今日』
「ええ?そうなの?初めて聞いたよ」
『そりゃそうだろ。初めて言ったし』
 ・・・・・脱力。美作さんてこういう人だったっけ?
『んなことよりお前、総二郎のケイ番知ってるだろ?あいつ、携帯変えたこと俺に黙ってやがって』
 今、一番聞きたくない名前が出て、思わず一瞬言葉につまる。
 そういえば、以前西門さんが言ってたっけ。
 付き合っていた彼女たちと別れた時、別れた後もひっきりなしにかかってくる電話にうんざりして『携帯変えた。番号も変えたから』と・・・・・

『牧野?どうした?聞いてるか?』
「あ、ごめん、聞いてるよ」
 慌てて答えると、少し間が空いて、美作さんの声が聞こえる。
『総二郎と何かあったのか?』
「べ、別に、何も」
『何だよ、聞いてやるから言って見ろよ』
 美作さんの優しい声に、思わず涙が出そうになる。
『牧野?』
「ん。ごめん。大したことじゃないの。ただ・・・・・」
『ただ?』
「ちょっと自分に自信なくなっちゃって・・・・・」
『は?』
 あたしは今日あったことを美作さんに話した。

 『ふーん、なるほどね。その女があんまりきれいだったから、お子ちゃまの牧野は落ち込んじゃってるわけだ』
「・・・・・どうせ、ね。あたしなんて美作さんや西門さんから見れば子供だろうけど」
 思わず卑屈になってしまう自分が情けなくって嫌だ・・・・・。
 電話の向こうでくすくすと笑う美作さん。
「ちょっと・・・・・」
 思わずむっとするけど、美作さんは相変わらず明るい声であたしに語りかけた。
『あのな、あの総二郎が付き合ってる女全部切るほど惚れる相手なんて、お前が初めてなんだぜ?もっと自信持てよ』
「だって・・・・・・」
『今日のその話だって、総二郎に確かめたわけじゃねえんだろ?総二郎の言ったとおり、仕事の相手だって何で思わねえの?』
「あたしだって、そう思いたいよ。でも、なんていうか2人の雰囲気が・・・・とてもそんな感じじゃなくって・・・・・」
『そりゃ、お前がそういう目で見るからだろ』
「う・・・・・・」
 あっさり言われると、否定できない。
 そうなんだろうか、ほんとに・・・・・・
『しょうがねえなあ・・・・・じゃ、ちょっと試してみる?』
「え?」
 美作さんの言葉に、あたしは首を傾げる。
「試すって・・・・・・」
『いいから、言うとおりにしてみ』
 電話口の向こうで、にやりとほくそ笑む美作さんの顔が見えるようだった。
 なんとなく不安になりながらも、あたしは美作さんの話を聞くのだった・・・・・。


 -soujirou-

 あのやろう・・・・・こんな時間に誰と話してるんだよ?
 俺はイライラとしながら、ツーツーと無機質な音の流れる携帯電話を切った。

 今日はせっかくの休みなのにあいつと会えなかったから、せめて電話だけでもと思って9時くらいからずっとかけているのに、一向に電話に出ない牧野。
 それでも、友達と出かけているのかもしれないとか、外にいて、携帯の音に気付かないのかもしれないとか、着信履歴に気付けばかけ直すかと思っても一向にかかってくる気配もないし、携帯をどっかに忘れたのかもとも思ったのだが・・・・・
 日付が変わるころになって、コール音が話中の音に変わり・・・・・
 それが1時間近くも続いていれば、イライラもするというもの。
「くそっ」
 ついには携帯電話をベッドの上に放り投げ、そのままどさっと自分自身の体を投げ出した。

 お互いに仕事が忙しくて、この2週間ほどはまったく会う事が出来なかった。
 今日は、牧野のほうの仕事が久しぶりに休みで、俺も会いたかったけど・・・・・
「ったく・・・・人の気もしらねえで・・・・・」
 思わず溜息が漏れる。
 
 いつも電話をかけるのは自分のほう。
 デートに誘うのも自分。
 あいつの嬉しそうな声が聞きたくて。喜ぶ顔が見たくて。
 だけどたまには牧野のほうから電話してきて欲しい。
 そう言ってみれば、『だって、忙しかったら悪いなと思って・・・・・』と頬を染めて言う。
 そんな顔を見てしまえば、何も言えなくなってしまう。
 愛しさが溢れて抱きしめずにはいられない。
 そんな俺の行動を恥ずかしがる牧野。
 こいつも、俺のことちゃんと想ってくれてるんだと思う瞬間は嬉しいけれど・・・・・

 だけどやっぱり、俺のほうがよりあいつに惚れてしまってるんだという気がする。
 会えなくて寂しいと思うのは俺だけなのか。
 声が聞きたくて仕方がないと思うのは俺だけなのか。
 こんなに恋焦がれているのは、やっぱり俺だけなのか・・・・・


 翌日、俺は朝早く牧野の家まで車を飛ばした。
 ちょうど牧野はアパートの階段を降りて来るところだった。
「牧野!」
 俺の声に、驚いてこっちを見る牧野。
「ど、どうしたの?」
「・・・・・出勤前に、捕まえないとまた話もできねえだろ?最近残業ばっかりしてるみたいだし」
「だからって・・・・・」
 何か言いたげな牧野の傍へ行き、その手を掴む。
 牧野が驚いて目を見開く。
「な、何?」
「・・・・・昨日、何してた?」
 俺の言葉に牧野の顔色が僅かに変わり、俺から目を逸らした。
「何って、買い物とか・・・・・」
「誰と?」
「1人だけど」
 当たり前のようにそう答える牧野。
「・・・・・なんで電話に出なかった?」
「・・・・・電車の中にいたときにマナーモードにしてて、そのまま忘れてたの。着信履歴も見なかったし、気付かなかった」
「12時過ぎに話してたのは誰だよ?ずっと話し中だったじゃねえか」
 俺の言葉に、ぎくりと肩を震わせる牧野。
「・・・・・ゆ、優紀。つい話し込んじゃって・・・・・」
「・・・・・ふーん・・・・・」
 こいつはいくつになっても嘘が下手だ。
 そんなんで、俺を騙せると思ってるのか・・・・・
「も、もういいでしょ?あたし行かなきゃ・・・・・」
 さっさと話を終わらせようとする牧野。
 2週間ぶりに彼氏に会えたっていうのに、その態度かよ?
「・・・・23日、空いてるよな?」
「え?」
 牧野が漸くこっちを見る。
「イブの前日。イブは仕事だって言ってたけど・・・・・23日は会えるよな?」
 それは前から話していたことだ。
 イブの日は仕事で、会えるのはたぶん夜になってしまう。翌日も仕事があるから、食事するくらいしか出来ない。
 だけど23日は休みだから。
 そう言っていたから、俺も23日は何とか休めるように調節していたのだけれど・・・・・
「ご、ごめん、その日は・・・・・」
「は?」
「用事があって・・・・・会えない・・・・・」
「・・・・・・・用事って、何」
 思わず声が低くなる。
 牧野の手を握る手にぐっと力が入り、牧野が顔をしかめる。
「あの・・・・・き、急に取材が入って・・・・・・その日しか、スケジュールが合わないからって・・・・・」
「・・・・・・」
 俺は、握っていた手をぱっと離した。
 牧野がほっとしたように息をつき、俺を見る。
「・・・・わかった。悪かったな、引き止めて」
 俺の言葉に、牧野は少し気まずそうに首を振った。
「う、ううん・・・・・じゃ、あたし行くから・・・・・」
「ああ」
 牧野の後姿を見送り・・・・・・・
 俺は車に乗り込むと、ドアをばたんと乱暴に閉めた。
 ダッシュボードからタバコを取り出し火を着けると、気分を落ち着かせるように煙を吐く。

 あいつの嘘は、すぐに分かる。
 目を合わせようとしないし、言葉にも詰まる。
「何が取材だ・・・・・」
 俺はイライラと、せっかく火をつけたタバコをすぐにもみ消した。
 せっかく久しぶりに1日一緒にいられると思ったのに・・・・・
 牧野に会えないということはもとより、嘘をついてまで会うことを拒否されたことにショックを受けていた。
 心も体も、通わせたと思っていた。
 狂おしいほど会いたいと思ったり、声が聞きたいと思うのは、やはり俺だけなのか・・・・・。

 俺は、深い溜息をつくと、車のエンジンをかけたのだった・・・・・





  

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