-tsukasa-
体が、勝手に走り出していた。 たった10メートル程の距離がとても遠く、もどかしかった。
牧野の足が動き、俺の方へ踏み出す。 こっちへ伸ばされた手を掴み、思いきり引き寄せた。
そのまま力いっぱい抱き締めた。 小さな牧野の体を確かめるように、そのぬくもりを封じ込めるようにしっかりと・・・・・
「バレンタインデー?」 牧野を俺の部屋へ連れて行き、2人ソファーに腰を降ろし落ち着いたところで牧野が突然来た理由を話し始めた。 「そうだよ。今日は2月14日じゃない」 言われてみれば・・・・・ すっかり忘れていた。 「忘れてると思ったけどね」 牧野は呆れたようにそう言うと、足元に置いていたバッグを開け、中から四角い箱を取り出した。 「はい、これ」 差し出されたその箱を受け取る。 「開けてみてよ。結構自信作なんだから」 得意気に笑う牧野。 箱にかけられた青いリボンを解き、真っ白なその箱を開ける。
中から出て来たのは、ハート型のチョコレートケーキだった。 表面にはホワイトチョコレートで書かれた『To
Tsukasa』の文字。
「道明寺?」 「・・・・・」 胸がいっぱいだった。 言う言葉が見つからなくて、暫く黙り込んでいると、牧野がしびれを切らしたように俺の顔を覗き込んだ。 「ねえってば!黙ってないでなんか言ってよ!」 「お、おお」 それでもまだ呆然としてる俺に、今度は不安そうな顔をする。 「気に入らなかった?」 「―――っかやろ」 「へ?」
-tsukushi-
突然、道明寺の力強い腕があたしを抱き寄せた。 「・・・すげぇ、嬉しい」 「道明寺・・・・・」 「びっくりした・・・・・会いに来るなんて思ってなかった」 「驚かせたかったの・・・・・どうしても今日、これを届けたくて。何回も失敗しちゃったけど」 「きれいにできてんじゃん」 にっこりと微笑む道明寺。あんまり優しく笑うから、なんだかくすぐったい。 「どんなんでも良いよ。来てくれただけで嬉しいから」 「な、なんでそんな素直なの。いつもと違うじゃん。なんか調子狂う」 「わりいかよ。ここんとこずっとろくに話もしてなかったじゃねえか。少し・・・・・不安になってたんだよ」 「不安?」 「好きなのは・・・・・会えなくて寂しいと思うのは、俺だけなのかと思ってた」 いつもと違う弱気な道明寺に、あたしは戸惑った。 「そんなこと、考えてたの?」 「俺は、お前の何倍もお前のこと思ってるよ。近くに類がいるって思っただけで不安になる。そういうのは迷惑か?」 「め、迷惑じゃないけど」 「出来ることなら、今すぐにでも一緒になりてえよ。そう出来ないのがすげぇもどかしい」 「道明寺・・・・・」 切なげな道明寺の表情が、あたしの胸を締め付けた。 「あたしだって、寂しかったよ。時々テレビや新聞で見るあんたは別人みたいで・・・・・余計に寂しくなる。まるで全然知らない人みたいで、あたしだけ取り残されたような気分になる。だから・・・・・今日だけはどうしても会いたかったの。会って、あたしが作ったケーキ食べて欲しかったの」 「牧野・・・・・」
道明寺の大きな手があたしの頬に触れる。 まっすぐにあたしを見つめる瞳。 ―――ああ、この瞳だ。ずっと会いたかった。ずっと・・・・・
「つくし・・・・・」
―――聞きたかった、声。
道明寺の顔が近づき、そっとあたしの唇に口付ける。 道明寺の長い睫に思わず見とれて目を閉じずにいると、ふと、目を開けた道明寺と目があってしまった。 「お前、何目ぇ開けてんだよ」 「ご、ごめん、つい」 「ったく・・・・・」 溜め息をつく道明寺。
―――どうしよう。呆れられるかな。でも、どうしても今・・・・・
「ど、道明寺」 ドキドキする胸を押さえながら口を開くと、道明寺があたしを見る。 「何だよ」 不思議そうにあたしを見る道明寺の襟首を掴む。 「うわっ、な・・・・・」 思い切って目を閉じ、唇を重ねる。
数秒のキスのあと、そっと離れて目を開けて見ると、真っ赤になった道明寺と目があった。 「・・・・・大好き、だよ。ずっと・・・・・だから、約束して」 「・・・・・何を」 「あたし以外の人から、チョコレートもらわないで」 超美形な道明寺は、英得の生徒にはもちろん、今や日本中の女の子の憧れの的だ。 婚約者っていう立場でも全然安心なんて出来ない。 いつも、あたしの心は不安でいっぱいだ。
道明寺は、暫く呆気に取られたようにあたしを見ていたけれど・・・・・
「それなら、心配無用だ。チョコレート以外だって、お前以外の女からは何一つ受け取らねえよ」 にやりと笑い、もう一度口付ける。
今度はもっと深く、熱く・・・・・ そして、とろけそうなほど甘く・・・・・
「ずっと、お前だけ愛してる。つくし」
チョコレートよりも甘く、あたしの心に溶け込んでいった・・・・・
fin.
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