***2009 Valentine Special 司編 vol.1***



 -tsukasa-

 『あ、道明寺?ごめん!今忙しいの!!後でかけ直すから!!』
 画面いっぱいに牧野の顔が現れたかと思ったら、巻くし立てるように叫び、ブチッと切れた。
「・・・・・」
 ツーツーという無機質な音と暗くなったテレビ画面に暫し呆然とする。

 「あのやろう・・・・・」
 思わず顔が引きつる。
 ここのところ忙しくて電話もできなかったから。
 久し振りに電話してみたら、この様だ。
 日本を離れて2年。
 テレビ電話での会話はあるものの、こうして離れている時間があまりにも長くて、最近じゃ一週間連絡がないなんてこともざらで、それが普通になってきてしまっていた。
 あいつは相変わらずバイト漬けの毎日で忙しいらしく、滅多に自分からは電話を寄越さない。
 それも気に入らないことの一つだが、それよりももうひとつ。
 類のやつが相変わらず牧野の家に入り浸ってるらしいってのが気に入らなかった。
 牧野を疑うわけじゃないが、類の気持ちを知ってるだけに安心はできなたった。
 類は、昔のことだって言うけど・・・・・

 「司様、よろしいですか?」
 部屋の外から西田の声がした。
 危うく考えに浸りそうになっていた。

 ―――やべえ、まだ仕事があるんだった。

 俺は首を振り、雑念を振り払うようにそっと息を吐いた。
「・・・・・今行く」
 俺はテレビ電話の電源を切ると、そのまま部屋を出たのだった・・・・・。


 -tsukushi-

 「ふう、危なかった」
 あたしは電話を切ると、大きく息を吐いた。
 後ろを振り返れば、そこには溶かしたチョコレートの入ったボールと情けないほど不格好なチョコレートを混ぜたスポンジケーキ。
「また、やりなおしか」
 溜め息も今日で何回目だろう。

 3日後に迫ったバレンタインデー。
 遠く離れた婚約者を驚かせたくって・・・・・

 「よし、もう一回!」
 気合いを入れ直して腕捲りをしたところで、玄関をノックする音。
 ガクッと気が削がれてしまったが、出ないわけにもいかない。

 「はーい、どなた?」
「牧野、俺」
 聞き慣れた声に、急いでドアを開ける。
「類」
「・・・・・どろんこ遊びでもしてた?」
 類が、びっくりした顔をしてあたしを見た。
「は?」
 なんのことかと思って聞き返せば、ふいに類の手が伸びて来て、あたしの頬をそっと撫でた。
 突然の類の行動に驚いて声も出せないでいると、類はその手を自分の口元に持っていき、指先をペロリと舐めた。
 と思ったら、急に顔をしかめた。
「あまっ」
「へ?」
「チョコレート?」
「ああ・・・・・」
 漸く状況が飲み込めたあたしは、いつもながらの類の唐突な行動に溜め息をついた。
「・・・・・入る?」
「いいの?」
「いいよ。散らかってるけどね」
 そう言いながら、あたしは類を部屋に通した。

 「・・・・・本当にすごいね」
 類が、部屋に入った途端、その場に立ち尽くして言った。
「座れるところがあったら適当に座ってて」
「あい」
 そう言って、類は大人しく空いているスペースを見つけて座った。
 そして、あたしがスポンジの生地を作るのをジーッと見つめていた。

 「手伝おうか?」
 暫くして、手持ちぶさたになったのか、類が聞いてきた。
「ううん、いい。これは自分の手で作りたいの」
 そう答えると、類はクスリと笑った。
「・・・・・何よ」
「いや・・・・・牧野も女の子だなあと思って。それ、バレンタインデー用でしょ?」
「・・・・・うん」
「渡せると良いね」
「・・・・・うん」
「バイト、頑張ってたもんね」
 にっこりと微笑む類。
 何もかもお見通しっていうのが気に入らないけど、でも無邪気な類の笑顔を見てたら、やっぱり答えなくちゃいけない気がして。
「・・・・・うん」
 ずっと、見守ってくれてた人だから。
 一番にあたしの気持ちを理解してくれてる人だと思う。
 時々、罪悪感を感じたりもするけれど・・・・・

 『牧野の笑顔が見れたらそれでいいんだ』

 そう言って穏やかに笑ってくれるのが嬉しくて。
 その笑顔についつい甘えてしまうんだ。

 「きっと司も喜ぶよ」
「そ、そうかな」
「うん」
 妙に確信した表情に、何故だか安心してしまうあたし。
「・・・・・花沢類も、受け取ってね」
「俺?なんで?」
 不思議そうな顔の類。
「いつもお世話になってるから。感謝の気持ちだよ」
「・・・・・食べれる?」
「ひどっ」
 無邪気に笑いころげる類。
 あたしがほっとする瞬間だ。


 「司様」
 運転手の声にはっとして目を覚ます。
「おやすみのところ申し訳ありません。もう到着いたしますので」
「―――ああ」
 車がゆっくりと停まり、扉が開けられる。
 車を降りると、そこには西田が立っていた。
「司様。お客様がいらしているようですよ」
 何やら含んだような笑顔の西田。
「客?」
 首を傾げる俺を黙って促す。
 俺は仕方なくそのまま歩き出し、開けられた玄関を通る。
 両脇にズラッと並んだ使用人達が一斉に頭を下げる。
「おかえりなさいませ」
 そこまではいつもの光景。
 だがその使用人達の向こう側に立っていたのは―――

 「おかえり。道明寺」
 にっこりと微笑む。
 その笑顔は、ずっと会いたいと思っていた―――

 「牧野!」








  

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