やさしさに包まれて


 「毛利さん、ちょっと良い?」
 放課後、1人で廊下に出たところで声をかけられた。新一はいつものように目暮警部に呼び出され早
退、園子は先生に仕事を頼まれ手伝いに行ってしまっていた。
 わたしを鋭い眼差しで睨む3人組の女の子・・・。同じ3年生だが、違うクラスなので話をしたことは
ない。彼女たちは新一のファン。この学校には新一のファンがたくさんいる。それはそうだろう。あの
有名な高校生探偵の工藤新一と同じ学校にいるのだ。中には新一に憧れてこの高校に入った女の子もい
るくらいなのだ。
 そんな彼女たちにとって、新一と付き合っているわたしの存在が面白くないのは当然のこと。それで
も、以前は彼女たちが直接文句を言ってくることはなかった。それは、新一がとっても堂々とわたしの
ことを「恋人」として扱ってくれたからで―――。新一の、わたしに対する態度が変わったわけではな
い。変わったのは、周りの状況―――。そう、快斗の存在によってわたしたちを取り囲む状況は変わっ
た。
 新一が事件で呼び出されていないとき、快斗は学校まで迎えにきてくれる。わたしが呼んでいるの
ではなく、新一が快斗に知らせているらしい。それは、新出先生や他のナンパして来る男の人からわた
しを守るため、らしいんだけど・・・。わたし、そんなにもてないから大丈夫だって言ってるんだけど。
2人とも、わたしを1人にするのをすごく嫌がる。1人にするくらいならどっちかがついているってこと
になってるらしくて・・・。そして、当然それを見た彼女たちが良く思うはずがなく・・・。新一に良
く似た快斗と新一を、二股にかけてるという風に見えるのだろう。以前よりあからさまに睨んできたり、
わざと聞こえるように悪口を言ってきたりするようになった。
 でも、それも仕方がない事だと思う。それをわたしに責めることなんか、できなくて―――前に、園
子と一緒にいたとき、悪口を言われて―――
 園子が彼女たちを睨んで何か言おうとしたのを、わたしは止めた。園子はちょっと驚いて、
「蘭、気付いてたの?彼女たちのこと」
 と言った。
「うん・・・」
「へェ、超鈍感な蘭にしちゃ珍しいわね」
「園子!」
「ま、でも当然か。あんだけあからさまに悪口いわれりゃ、いくら蘭でも気付くわよね」
 いつもながらの園子の言い方に、わたしは苦笑いした。
「ね、でもさ、新一君に言っといたほうが良いんじゃないの?」
 と、園子が真剣な顔をして言った。
「新一に?」
「そうよ!あいつらそのうち絶対何かしてくるわよ!新一君から何か言ってもらってさ―――」
「そんなの・・・いいよ」
「蘭!」
 園子は不満そうだったけど・・・。でも、そんなこと出来ないよ・・・。園子は、わたしたち3人の
関係を理解してくれる数少ない友達。それは、わたしや新一のことを昔から良く知っていて、新一がコ
ナン君だったことを知っているから・・・だからこそ、分かってくれるんだと思う。彼女たちにわたし
たちのことを理解してもらうのは、難しいと思ってる。それに・・・わたしは以前、新一に告白した女
の子が、振られて泣いているのを見てしまった事がある。その時の女の子を見て、思った。「好き」っ
ていう気持ちに、時間とか立場なんて関係ないんだって。わたしは、新一の幼馴染で、ずっと昔から一
緒にいたことに安心していたのかもしれない。わたしが1番新一のことを知っていて、1番新一のこと
が好きなんだって、奢っていたのかも知れない。そう思ったら・・・彼女たちの意地悪にも何も言えな
くなってしまって。わたしが我慢すればすむことなんだって、思うようになっていた。


 「あんたさ、工藤君と別れなさいよ」
 学校の裏庭まで連れて行かれ、向き直った彼女たちの中の1人、背の高い女の子に突然そう言われた。
「それは・・・できないよ」
 射るようにわたしを睨む3人の視線を受け止めながら、わたしは言った。
「工藤君に悪いと思わないの?二股なんてかけてさっ。どういうつもりよ!」
 もう1人が叫ぶように言った。他の2人も頷く。
「わたし、二股なんて・・・」
「かけてないって言うの!?じゃあ、工藤君がいないときにあんたに会いに来るあの男はなんなのよ!?」
「彼は・・・わたしの、大切な人よ」
 わたしの言葉を聞いて、一瞬彼女たちは息を呑んだ。わたしが、快斗のことを”ただの友達”とでも
言うと思っていたのだろう。
「な、何が大切な人よ!!工藤君がかわいそうじゃない!」
「そうよ!あんたみたいな人と付き合ってたら工藤君、幸せになれないわよ!」
 ―――どうして?
 そう聞きたかった。どうしてそんなこと分かるの?新一はわたしといると不幸になるの?快斗も?わ
たしは2人と離れたほうがいいの?わたしといたんじゃ幸せになれない・・・?
 彼女たちは次々に罵声を投げかけてきた。わたしはその言葉を聞きながら・・・だんだん重くなって
いく心に、押しつぶされそうになっていった・・・。ずっと、わたしの胸の中にある想い。それから目
をそらしていたわたし・・・。でも、いつかは出さなきゃいけない結論。2人と別れる?1人に決める
?それとも・・・
「ちょっと、聞いてるの?毛利さん!」
「・・・聞いてるよ」
 ヒステリックに叫ぶ真ん中の女の子をじっと見つめ返すわたし。その視線が癪に触ったのか、彼女は
一瞬顔を赤くしたかと思うと、目をつり上げ、手を高く振り上げた―――。
 それでも目をそらさずに、じっと彼女を見つめていると―――ふいに、彼女の手を、誰かが掴んだ。
「女の子が簡単に手なんか上げちゃいけませんよ、お嬢さん」
 そう言って現れたのは・・・
「か・・・いと・・・?」
「よ、蘭」
 と言って、快斗はわたしに向かって、軽くウィンクをした。
「なな、何よ、あんた!!」
 彼女は、顔を赤くして、快斗の手を振り払うと叫んだ。
「何って、俺は蘭のお・と・こ♪」
「!!あ、あんたこの人に二股かけられてんのよ!?」
 そう言われ、快斗の目がスッと細くなる。
「―――二股・・・?」
「そうよ!工藤君とね!」
「う〜ん・・・その表現はちょっと違いますね、お嬢さん」
 と言って、快斗はニッと笑った。
「ち、違うって―――」
「俺も新一も、蘭のそばにいたいだけだから。俺たちが、好きで蘭のそばにいるんだよ」
 繰り返し言いながら、彼女たちを睨む。その目に、彼女たちが怯む―――と、そこへ、
「―――そうそう。これは俺たち3人の問題だから。口出ししないで欲しいんだけどね」
 と言ってわたしの肩を抱いたのは・・・
「新一!?」
「くく、工藤君!」
 いよいよ真っ赤になって、彼女たちが後ずざる。
「蘭は、俺たちにとってなくてはならない存在。もし蘭が別れたいって言っても、俺たちが承知しない
さ」
 新一が言い、快斗と2人不敵な笑みを浮かべ、冷たい視線で彼女たちを睨む。そこへ今度現れたのは
―――
「はいはい、どいたどいた。あ、あんたたちね、これから蘭を呼び出すときは、この園子様を通してか
らにしてくれる?蘭はあんたたちと違って忙しいんだから」
 と言って、園子が彼女たちを押しのけて蘭の前に現れたのである・・・。
「園子」
 わたしはもうわけがわからず、次々に現れた面々を見て目をぱちくりさせるしかなかった・・・。


 結局あの後彼女たちは何も言わず、退散してしまった。
 なんとなく申し訳ないような気がして彼女たちの後姿を見送っていたわたしに、園子が言った。
「蘭、大丈夫だった?もうビックリしたわよ〜、教室戻ったら蘭がいなくて、聞いたらあいつらに呼び
出されてったって言うじゃない!心配したんだからね!」
「あ・・・ご、ごめん。でも、どうして快斗と新一がここに?」
 わたしが不思議に思っていたことを聞くと、快斗が
「校門で蘭を待ってたら、鈴木さんが飛んできてさ、蘭がやばい連中に連れて行かれたから探してくれ
って言われたんだよ」
 と言った。
「俺は、事件が早く片付いて。まだ蘭が学校にいたら一緒に帰ろうと思って教室まで言ったら、教室に
残ってた連中に蘭が誰かに呼び出されて、園子が探しに行ったって聞いて。園子に、あの連中のことは
聞いてたから」
「え?園子、話したの?」
 わたしが驚いて園子を見ると、園子はちょっとばつが悪そうに、
「ごめん。でも、心配だったのよ。蘭の事だから彼女たちの気持ちとか考えて、ひどいことされても黙
ってるんじゃないかって」
 と言った。
「園子・・・」
 わたしは、園子の気持ちが嬉しくって、思わず抱きついた。
「ありがと、園子。ごめんね、心配かけて・・・」
「いいのよ。でも、これからはわたしにくらいはちゃんと言ってよね?これでもわたし、蘭の親友のつ
もりだし」
「うん、うん」
「もちろん、他に好きな人が出来たときも相談に乗るわよ」
 と言って、ニヤッと笑う。
「そ、園子・・・」
「いやなこと言うなよなあ、これ以上ライバルが増えて堪るかっつーの!」
 と、快斗が顔を顰めて言うと、新一も、
「んで、オメエはいつまで蘭に引っ付いてんだよ!?」
 と言いながら、園子をわたしから引き剥がした。
「あん、何よお、蘭のこと1番心配してるのはわたしなんだからァ」
「なあに言ってんだよ!?蘭のことに関しちゃゼッテ―オメーらには負けね―ぜ」
「新一はダメだよ、事件が起きたらさっさと行っちまうんだから。やっぱ蘭には俺がついてないと・・・」
「あら、学校でいつも蘭のそばにいるのはわたしでしょ?」
「オメエには京極さんがいんだろ?蘭にまでちょっかい出すな!」
「ちょっと、京極さんは今関係ないでしょ!」
「あ、なんだよ、鈴木さん男いんの?んじゃあ勝負あったじゃん。やっぱ蘭は俺が・・・」
 3人の掛け合いを聞きながら・・・わたしは笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。クスクス笑
い出したわたしに、3人が視線を向ける。
「ら〜〜ん?」
「何笑ってんだよォ?」
「ごめ・・・おかしくって・・・」
 と言いながら・・・でも嬉しくって・・・次は涙が出てきた。
「え?蘭?」
 新一がわたしの涙を見てギョッとする。
「どうした?」
「どっか痛いの?」
 快斗と園子も心配してわたしの顔を覗き込む。
「違うの・・・嬉しくって・・・わたし、すごく幸せ者だよね・・・こんなに幸せで、いいのかな・・・」
 わたしの言葉に3人は顔を見合わせ、そしてやさしく笑う。
「なあに言ってんのよ」
「それはこっちのセリフだぜ?」
 快斗の言葉に、わたしはキョトンとする。
「え?」
「あのさ、俺たちがやさしい気持ちになれるのは蘭がいるからなんだぜ?オメエはさ、損得とか関係な
く人にやさしくすることができるだろ?たとえばさっきみたいな連中のことも、オメエはあいつらの気
持ちを考えて黙って殴られようとしてたろ?そういうやさしさは、俺たちには真似できねえよ。だから
さ、守ってやりたくなるんだ。蘭にはいつでも笑っていて欲しいと思う。オメエの側にいれることが、
俺たちにとっての幸せなんだぜ?オメエのやさしさがあるから、俺たちもやさしい気持ちになれるんだ」
 快斗のやさしい声が響く・・・。
「オメエ、言いたい事全部言いやがったな・・・」
 と、新一が顔を顰め、そしてわたしを見てふっと笑った。
「オメエは、今のままで良いよ。そのままで俺たちの側にいてくれれば、充分なんだぜ」
「新一・・・」
「蘭、わたしのことも忘れないでね?今日みたいなことがあったときは必ずわたしに言わなきゃダメよ
?この学校の中では、わたしが1番蘭の側にいるんだから」
「うん。ありがとう」
 3人のやさしさが、心に染み渡る。
 嬉しくって、心があったかくなる―――。わたしの存在が少しでも役に立つなら、わたしは側にいる
よ。3人が、側にいて欲しいと願ってくれる限り、わたしは幸せ。他には、何もいらないよ・・・。
「帰るか」
 新一が言った。
「そうだな」
「ねえ、これからカラオケ行かない?」
「ゲ、カラオケ?」
 新一が、また顔を顰める。快斗がそんな新一を見てニヤッと笑い、
「いいねえ、名探偵のすばらしい歌でも聴きに行きますか」
「快斗、テメ・・・」
「ね、蘭、行こうよ」
 園子がわたしに腕を絡めて言う。
「うん、良いよ」
「ら〜〜ん・・・」
 新一が情けない顔でわたしを見る。わたしは可笑しくってクスクス笑う。
「蘭もそう言ってる事だし、決まりね」
「それは良いけどよ、鈴木さん、蘭に引っ付きすぎ」
「あら、あんたたち2人で蘭を取り合うよりこの方が良いわよねえ、蘭?」
「え?う、うん・・・」
 そして、また3人の掛け合いが始まる。

 ―――ありがとう。

 心の中で呟く。

 ―――みんな大好きだよ・・・。


                                          fin

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  今回は蘭視点のお話。ちょっと暗くなってしまいました。
でも最後には3人の蘭争奪戦ってことで・・・。この3人の掛け合いは、書いてて楽しかったです。
今度は快斗視点のお話にしようと思ってます♪
 感想とかいただけたら嬉しいな♪