***Fall in Love. 〜総つく〜***



 手がかじかむのを、両手をこすり合わせ、は―っと息を吐いて温める。

 そんな仕草を何十回と繰り返しているうち、すでに指の感覚もなくなって来ていた。

 それでもそこから動くことができなくて。

 あんな約束、きっと彼は忘れてる。

 だけどもしかしたらって。

 そんな期待を捨てることができなくて。


 かじかむ手でバッグの中から携帯を取り出し時間を確認する。

 ―――11時30分。

 もうすぐ、日付が変わる。

 きっと、もう来ない。

 そう思ってもう帰ろうと足を踏み出し―――

 一瞬考え、もう一度バッグを開けて、中から小さなプレゼントの包みを取り出す。

 それを門の前に置いて。

 今度こそ帰ろうと踵を返した時―――

 「牧野?」
 目の前に、派手な化粧の女の人と腕を組んで現れたのは―――西門総二郎。
「お前―――ここで何してんの?」
「だれ―?この女」
 じろりと、無遠慮にあたしを眺める女の視線を無視して、あたしは一歩彼に近づいた。
「―――メリークリスマス」
「は―――?」
「それだけ、言いにきた。ごめんね、急に。―――ばいばい」
 精いっぱいの笑顔を向けて。

 あたしは2人の横を通り抜け、足早にその場を後にした。

 あんまり寒過ぎて。

 涙も、出てこなかった―――。


 ―――『クリスマスに、一緒に過ごすやつがいなくて寂しいんだったら、俺が一緒にしてやるよ』

 そう言われたのは、1ヶ月前。
 仕事帰り、偶然会った西門さんと近くのバーで飲むことになって。
「お前、今1人?彼氏くらい作れよ。もうすぐクリスマスだぜ?」
「別に、平気。どうせ仕事忙しくってクリスマスどころじゃないし」
「色気ねえなあ。司と別れて、類もフランス行っちまって―――寂しいんじゃねえの?」
 そう言ってあたしの顔を覗き込む西門さんの目は、冷やかすようで、その奥に優しい光が潜んでた。
「―――1人なんて、いつものことだし」
「そんなのに慣れるわけねえだろ?寂しいときは寂しいって言えよ。こんないい男が傍にいてやるって言ってんのに」
「何言ってんのよ、そんな風にたくさんの彼女に同じこと言って、西門さんの体はいくつあんの」
 なんだかドキドキして、そんな憎まれ口をきくあたしに。
 西門さんは、楽しそうに笑った。
「女の数だけ、増えりゃあいいのにな。けど、俺は約束は守るぜ。―――クリスマスに、一緒に過ごすやつがいなくて寂しいんだったら、俺が一緒にしてやるよ」

 西門さんと2人でいて、こんなに甘い雰囲気になることがあるなんて思わなかった。

 自然に寄り添って。

 帰り際に抱きしめられて、優しいキスをされた。

 「―――約束、忘れんなよ。待ってるから―――」

 そう耳元に甘い約束を囁いて。

 だけど、その約束を忘れたのは彼の方だった―――。


   零れそうになる涙を止めようと、暗い空を見上げた。

 「―――何してんだよ、お前」

 突然背中を温かいぬくもりに包まれた。
「―――なんで―――」
「それはこっちのセリフ―――。あれからずっと、連絡寄越さなかったくせに―――さすがの俺も振られたって思うだろうが」
「だって―――本気であんなこと言われると思わなくて―――でも、気になって―――気がついたら足が向かってたんだもん―――」

 そう言った瞬間、くるりと体の向きを変えられて、正面を向かされる。
 一瞬目に入った西門さんのその瞳を見つめる間もなく、唇が重ねられて。

 唇から、そのぬくもりが伝わってくる。

 「―――こんなに冷えて。俺に手袋なんて買う前に、自分の手袋買えよ」
 西門さんの手には、あたしが門の前に置いてきたプレゼントの黒い手袋―――。
「自分の買いに行ったんだよ。でも、気がついたら―――西門さんに似合いそうなの、探してた」
「ばかだな」
「何よ―――いらないんだったら返して」
 強がってそう言うあたしに。
「んなこと言ってねえ。だいたい、お前がこれ持っててどうすんだよ。メンズの手袋なんて」
「他の人にあげるもん」

 その瞬間、体を離され―――
 じろりと冷たい視線。
「誰に」
「誰って―――」
「ここまで来て、他に男がいるとか、ふざけんなよ?」
 ぐいと掴まれた手が、痛かった。
「―――そんな人、いない」
「当然。いまさら、他の奴にやる気はねえからな」
 そう言って不敵に笑う西門さんが、ちょっと憎たらしくて。
「何よ―――自分だって、彼女と会ってたくせに」
「あれは彼女なんかじゃねえよ。クラブで会って、ここまで勝手にくっついてきただけ」
「クラブって―――1人で?」
「ああ。クリスマスの誘いは、全部断ってたからな。誰かさんからの連絡待って―――当日、もう8時過ぎたらさすがに無理だと思って、クリスマスパーティーやるから来いって言われてたクラブに顔出して。すげえ盛り上がってたけど全然面白くなくて、もう帰ろうと思ったら酔っぱらった女に絡まれて―――心配しなくても、家に入れるつもりなんかなかったよ。ここまできたらタクシー呼んで帰らせるつもりだった」
「し、心配なんか―――やっぱりって思ったし」
「あほか。お前、俺の話聞いてたか?俺は、ずっとお前からの連絡待ってたんだよ」
 急に真剣な顔で言うから、あたしは思わず後ずさる。
「だって―――西門さんだって言ってたじゃない。彼氏作れって」
「ああ言ったよ。けど―――気になってしょうがなかった。お前から連絡してくるのを、期待してる俺がいて。だから、今日どれだけ俺ががっかりしたか―――本気で、お前に惚れちまったんだって、嫌ってほど思い知らされたよ」
 そっと頬に触れる掌は、優しくて、あったかくて。

 あたしの頬を、涙が伝い、西門さんの手を濡らした。

 「お前が、好きだ。つきあってほしい」

 まっすぐな瞳にとらえられて、あたしは身動きもできなかった。

 「なんか、言えよ」

 照れくさそうにあたしのおでこを小突く西門さん。

 あたしは、その瞬間思いっきり背伸びして。  

 背の高い彼の首に手を回して。

 精いっぱいの気持ちを伝えた―――。

 「―――メリークリスマス―――大好きだよっ!」



                      fin.









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