miracle christmas 
  12月24日、クリスマスイヴ。
  誰もが浮かれ、はしゃいでいるこの日に、蘭は一人学校にいた。
夜の8時。暗い教室の中、月明かりだけがほのかに蘭を照らし出していた。
「新一・・・。やっぱり今年も帰って来れないのかな・・・」
 窓から月を見上げながら呟く蘭。言葉と一緒に白い息が吐き出される。
「今日は・・・どこにいるのかな」
 そう呟いたときだった。突然、教室の後ろのドアが、ガラッと開かれた。
「!!?」
 驚いて振り向く蘭。誰もいないと思っていた学校に忍び込み、教室に入ってしまった
のを、誰かに見つかってしまったのだろうか?
 だが、そこに立っていたのは、蘭が予想もしていなかった人物で・・・
「蘭・・・」
 その人物は、蘭の姿を見つけるとほっとしたようには―っと息を吐き出して言った。
「おめえ・・・何してんだよ、こんなとこで・・・」
「し・・・んいち・・・?」
 蘭は、信じられない思いで、その姿を見つめた。
 会いたくて会いたくて、仕方がなかったその人が、今自分の目の前にいる。
 ―――これは、現実?それとも、夢・・・?
「おい、蘭・・・?」
 目を見開いたまま、自分を見つめて何も言わずにいる蘭を、不思議に思いながら新一
が近づく。
「どうしたんだよ?」
「ほんとに・・・新一・・・?」
「あたりまえだろ?他に何だっつーんだよ?」
「だって・・・新一がここに来るなんて・・・」
「―――って、じゃあ、他に誰が来るわけ?おめえ、ここで誰かと会う約束でもしてん
の?」
 眉を顰め、蘭を軽く睨みつける新一。
 ―――ほんとに、新一だ・・・
 そう思った途端、蘭の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「お、おい、蘭?」
 新一は、あせって蘭のそばに駆け寄ると、その顔を覗き込んだ。
 その瞬間、蘭は新一の胸に飛び込んだ。
「蘭・・・?」
「う・・・ばかー!!今まで・・・どこに行ってたのよォ!?どれだけ・・・わたしが、
心配・・・」
 堰を切ったように声をあげて泣き出した蘭の肩に、新一はそっとその手を置いた。
「ごめん、蘭・・・」
「うう・・・コナン君まで・・・いなくなっちゃって・・・寂しくって・・・」
「うん・・・」
「新一・・・連絡くれないし・・・もう、わたしのことなんて、どうでもいいんだと・
・・」
「んなわけねえだろ?その・・・俺の関わってきた事件が、漸く大詰めになってたもん
だから・・・連絡できなくて、ごめん・・・。どうしても、今日までに帰ってきたくて、
急いでたんだ」
 新一の言葉を聞きながら、ようやく落ち着いて来た蘭が、顔を上げた。
「事件、終わったの?」
「ああ、終わった。もうどこにもいかねえよ」
「ホント・・・に?わたし・・・もう待ってなくて良いの・・・?」
「ああ。ごめんな、ずっと待たせて・・・」
「う・・・新一ィ・・・」
「泣くなって・・・。それよりおめえ、何でこんなとこにいたんだ?すげえ探したんだ
ぞ?」
 ふてくされたように言う新一を、蘭はきょとんとした顔で見つめ、
「そういえば、良く分かったね、ここ」
「全然わかんなかったよ。思いつく限りのところ探し回って、もうどこ行って良いかわ
かんなくなって・・・。おめえんちで待ってようかと思ったんだけど、ふと、思いつい
て・・・」
「ここに来たの?」
「ああ。特に理由はねえんだけど、なんとなくおめえがいるような気がして・・・」
「そっか・・・。今日はお父さんとお母さん、2人でレストランで食事してるの。わたし
がセッティングしてね」
「ふーん」
「でも、そしたらあの家にわたし1人でしょう?なんか1人でいるのいやで・・・でも、
街に出ても回りはカップルばっかりだし。どうしようかなって思って・・・。気が付い
たら学校の前にいたの」
「ここにいても1人だろうが」
「そうだけど・・・」
「ったく・・・あせったんだからな。おめえが・・・もしかしたら誰かと出かけちまっ
てんじゃねえかと思って・・・」
「誰かって?」
 蘭がきょとんとした顔で聞く。
「・・・別に・・・」
 新一はなぜか、少し顔を赤らめて横を向いた。そして、急に何か思いついたように、
「あ、そうだ。これ、サンキューな」
 と言って、新一は持っていた手提げ袋から、青い包装紙の包みを見せた。
「!それ・・・わたしが阿笠博士に預けた・・・」
「ああ。ちょうど家から出た時に博士に会ったんだ」
「・・・そっか・・・新一の家で待ってれば良かったね」
「けど、結局会えたんだからいいけどな。開けて良いか?」
「うん」
 新一は包みを開けると、中からオフホワイトのセーターを取り出した。
「なんか、いつも同じようなものなんだけど・・・その、他に思いつかなくて・・・」
 蘭が、頬を染めて恥ずかしそうに言う。新一はそんな蘭を愛しそうに見つめ、
「去年より上達したんじゃねえか?・・・サンキュー」
「えへへ・・・」
 蘭が嬉しそうに、頬を染めて笑う。
「俺からも、プレゼントあるんだけど・・・」
「え、ほんと?」
「ああ・・・蘭、手えだして」
「手?どっちの?」
「・・・左、かな」
 なんとなく新一の顔が赤い。蘭は不思議に思いつつも、左手を新一の前に出した。
 その蘭の手を取り、新一はポケットからそれを取り出すと、薬指にはめた。蘭の顔が、
見る見る紅潮していく。
「し、新一、これ・・・」
 それは、小さなエメラルドの埋め込まれた、シルバーのリングだった。シンプルなデ
ザインのそれは、蘭の細い指にとてもよく似合っていた。
「蘭・・・今まで待っててくれてありがとう。もう、絶対どこにも行かないから・・・。
これは、その約束のしるし・・・。本物は、俺が自分で稼げるようになってから、な」
 照れたように言う新一を、蘭が潤んだ瞳で見上げる。言葉が出てこなかった。
 何も言わない蘭を、ちょっと不安そうに見る新一。
「蘭・・・?その、迷惑、だったか・・・?」
 蘭は、その言葉にはっとし、ぶんぶんと首を振った。
「ち、ちが、なんて言って良いかわかんなくて・・・。すごく、嬉しいよ。ほんとに・
・・わたし、これ貰ってもいいの・・・?」
「あたりめえだろ?おめえ以外にやるつもりねえよ」
「新一・・・」
 蘭の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。
「蘭、俺・・・蘭が好きだ。ずっと前から、好きだった」
「うん。わたしも・・・ずっと新一のこと、好きだったよ」
「蘭・・・」
 新一は、蘭の頬を両手でそっと包み、顔を上向かせると、その唇に自分のそれを重ね
た。
 柔らかい唇を、味わうように口付ける。蘭は一瞬吃驚したように身を硬くしたが、や
がて力が抜け、されるがままになっていた。
 長いキスのあと、新一は蘭の唇を解放し、その瞳を見つめた。
「蘭・・・。覚悟しとけよ?これからはゼッテーおめえをはなさねえからな」
 蘭は、ふんわりと微笑むと、頷いた。
「うん・・・。離さないで、絶対・・・」
 外では、いつのまにか雪が降りはじめていた。

「・・・ね、新一・・・」
「ん?」
「今は、何も話さなくて良いから・・・そのうち、わたしにも話してくれる?今までの
こと・・・」
「蘭・・・」
「少しずつでいいから・・・コナン君のことも、哀ちゃんのことも・・・本当のこと、
話してほしいの」
 新一は、驚いて目を見開いた。蘭は、窓の外を見つめていた。
「わたし、待ってるから・・・新一が話してくれるまで・・・」

 それから2人は、暫く黙ったまま、窓の外の雪に見惚れていた。
 どのくらい時間がたったのか。新一は、蘭の吐く息が白いのを見て、体が冷え切って
いることに気付いた。
「蘭。俺んちにいかねえか?」
「え?」
「ここにずっといるわけにいかねえだろ?おっちゃんたちもいつ戻るかわかんねえし・
・・ひょっとしたら戻ってこねえかもしんねえし」
「ふふ・・・そうだね」
「それに・・・まだ、離れたくねえし・・・」
 赤い顔でそう言う新一を見て、蘭は嬉しそうに笑った。
「うん。ね、じゃあクリスマスケーキ買っていこう?あと、チキンとか・・・」
「今頃売ってるか?」
「あるところにはあるのよ。ね、行こう」
「ああ」
 嬉しそうに新一の腕を掴み、先に歩き出す蘭と一緒に、新一も歩き出す。
 2人学校の外に出る頃には、もう雪は止んでいた。寒さは一段と厳しくなっていたが、
今の2人にはそんなことは何の妨げにもならないようだった。
 頬を上気させながら歩いていく2人。まるで2人の周りだけが、春になってしまった
かのように暖かい空気に包まれていたのだった。







                            Fin

2002年・・・だったかな?のクリスマス小説です。
B&Sのほうに、これの続編をアップ予定です♪