white angel 
  蘭はその日、新一の家で黙々と働いていた。
 部屋の飾り付けから、料理、ケーキ作りまで、たった一人、小さくなってしまった体
でチョコチョコと働くその姿はいじらしくもあったが・・・。
 時折大きなため息をついては、涙を堪えるように口をきゅっと結び、首をぶんぶんと
振って、また動き出す。そんな動作を繰り返していた。
 時々窓から外を見る。どんよりと厚い雲が空を覆っていて、今にも雪が降り出しそう
だった。
 今日はクリスマスイヴだ。雪が振ったらさぞロマンチックだろうと蘭は思った。
 だが・・・
 蘭は時計を見て、また溜息をついた。
 ―――今日は、2人でパーティしようねって言ったのに・・・。
 また、涙が出そうになって、急いでぶんぶんと首を振り、それを堪える。
 博士は今日はマージャン仲間とドンチャン騒ぎである。新一と蘭を気遣ってのことか
もしれないが1人モノが集まってのそれは毎年恒例のものらしかった。
 蘭はもう何日も前から飾り付けの準備をし、料理を考え、今日の日を楽しみにしてい
たのだ。新一も、何も言わないがクリスマスツリーを出してくれたりして、結構楽しみ
にしているようだったのだ。
 それなのに・・・、また、事件で呼び出されてしまった。
 「心配すんなよ。さっさと片付けて帰ってくるからさ」
  そういって出かけていった新一。蘭もそれを信じて待っているのだが・・・
「もう、6時だよ、新一・・・」
 部屋の飾りつけも、料理の準備も大方終わってしまった。
「早く、帰ってきて・・・」
 決して本人には言えない言葉が、口から零れる。ソファに座り、膝を抱えて顔を伏せ
ているうちに、いつしか蘭はうとうとし始めていた・・・。


 寒さに体が震え、ふと気付くともう時計は8時を回っていた。
「わたし、寝ちゃったんだ・・・。新一・・・まだ帰ってないの・・・」
 蘭はまた溜息をつき、外を見る。
「あ・・・雪・・・」
 窓の外は、さらさらと降る雪で幻想的な雰囲気を作り出していた。
 蘭は、玄関に行くと靴をはき、中庭に出てみた。
「きれい・・・」
 空を見上げる。降り続ける雪が、蘭の髪や頬に落ちては溶けてゆく。
「新一も、この雪見てるかな・・・」
 柔らかな雪が、蘭の凍えそうな心に優しく降り積もる。自然と蘭の顔に笑みが浮かぶ。
 目を瞑り、肌だけで雪を感じる。
 ―――大丈夫・・・。だって、約束したもの。新一は、約束破ったりしないもの。
  だから、大丈夫・・・。
 そのとき・・・ふと後ろに人の気配を感じたかと思うと、蘭の体を暖かいものが優し
く包んだ。
「風邪、引くぞ」
 新一が、自分の着ていたコートを蘭にかけ、優しく微笑んでいた。
「新一・・・」
「ごめんな、蘭、遅くなって」
 新一が、しゃがんで蘭と目線をあわせる。蘭は首を振り、にっこり笑った。
「大丈夫。だって約束したもん。新一、きっと帰ってきてくれるって思ってたよ」
「蘭・・・」
 新一は堪らなくなり、蘭の小さな体をぎゅっと抱きしめた。蘭もされるがままになっ
ている。
「ホワイト・クリスマスなんて、すごいね」
「ああ・・・きれいだな」
「うん。―――新一と見れて、良かった」
 恥ずかしそうに言う蘭。そんな蘭の顔を覗き込み、はにかむような笑顔に見惚れる。
「俺も・・・蘭と見れて良かったよ」
「ふふ・・・」
「・・・帰ってきたら、蘭の姿が見えないから、怒って帰っちまったのかもしれないと
思ったんだ」
「そんなこと、しないよお」
「そうだよな・・・。それで、外を見たら・・・最初、天使がいるのかと思ったよ」
「ええ?」
 新一の言葉に、蘭は真っ赤になる。そんな蘭がかわいくて、新一はくすくす笑う。
「ほんとだぜ?雪の中に、白い服着た蘭がいてさ。天使みたいだった。そのままにしと
いたら、どっかに消えちまいそうで、慌てて掴まえに来たんだ」
「・・・わたしは、どこにも行かないよ。ずっと新一の側にいるもん」
 頬をピンクに染めながら言う蘭に、新一は目を丸くする。
「蘭・・・」
「いつも、新一の側にいたい・・・。来年も側にいても良い?」
「・・・あたりまえだろう?たとえおめえがいやだっつっても、俺が離れねえからな。
ずっと、蘭の側にいるよ。絶対離れねえ」
「新一・・・」
 蘭が、小さな手を新一の首に回し、きゅうっと抱きつく。新一は蘭の髪を優しくなで、
そのつややかな黒髪に、そっとキスをした。蘭が驚いて、パッと離れる。新一が、ちょ
っと悲しそうな顔をした。
「いやか?」
 蘭は、真っ赤になりながらもぶんぶんと首を振った。
「い、いやじゃ、ないよっ。吃驚しただけで・・・。新一だったら、全然いやじゃない」
「らん・・・」
 新一は嬉しそうに蘭を見詰める。蘭は恥ずかしそうにもじもじしながら、新一を上目
遣いで見つめた。
 2人の目が合い、じっと見詰め合う。まるで、時間が止まってしまったようだった。
降り続ける雪だけが、静かに時を刻んでいる。
 新一の大きな暖かい手が、蘭の冷えてしまった頬に触れる。その小さな顔を両手で包
み込むように、頬に手を添えると、そっとその顔を上向かせる。蘭は、少しだけ潤んだ
瞳を閉じた。
 2人の距離がゆっくりと近づき、やがて新一の冷たい唇が蘭の小さなそれに触れた。
 優しく、掠めるようなキス。蘭は真っ赤になって俯いてしまった。新一はそんな蘭の
顔をもう一度自分のほうに向かせると、再び唇を重ねた。優しく、何度も啄ばむような
キスを繰り返す。
 何度目かのキスのあと、新一はようやく蘭の唇を解放した。
 蘭は繰り返されたキスのせいで頬が上気し、瞳は潤んでいた。
 新一がくすっと笑うと、蘭はちょっと拗ねたように軽く新一を睨んだ。
「もう・・・」
「蘭・・・俺、おなかすいたんだけど」
 という新一の言葉に、蘭は一瞬きょとんとし、やがてぷっと噴出した。それを見て、
今度は新一が蘭を睨む。
「なんだよ、仕様がねえだろ?朝、ここで朝食を食べて行ったきり、なんも食ってねえ
んだから」
「うん、そうだと思って、たくさん作っといたよ。新一が好きなもの」
「んじゃ、中に入るか」
 新一は優しく微笑むと立ち上がり、蘭の手を引いた。蘭はその手をきゅっと握り返し、
新一と一緒に歩き出した。

 2人きりのクリスマスパーティを始めるために並んで歩いていく姿を、降りしきる雪
だけが優しく見守っていた。
  その後、2人がどんなクリスマスを過ごしたのか。それは、2人だけの秘密。
  そう。雪だけが知っているのです。2人きりの甘いクリスマスを・・・。

 ―――来年のクリスマスも、絶対一緒にいようね―――

 小さな白い天使の囁きが、優しく雪にとけていった・・・。



                             Fin


以前にアップしたクリスマス小説です♪
新ちび蘭のクリスマス特別バージョンです。
覚えてる人もいるかな?
このお話はあくまでも番外編としてお読みくださいね♪