***White Christmas***



 「東京で、ホワイトクリスマスなんてありえないっつーの!!」
 凍えるような寒空の下、
 あたしは1人震えながら、サンタクロースのコスプレをして街中でケーキを売っていた。

 12月24日、いわずと知れたクリスマスイブ。
 街中クリスマスムード一色の今日は、嫌でもカップルの姿が目に付いてしまう。
 そんなクリスマスイブに、何が悲しくってケーキ屋のバイトなんて・・・・しかも、店が目立たない場所にあるからといって、ワゴンを外に出して売る事に。
 それだけならまだしも、一緒にバイトする予定だった子はドタキャン、そして日中は12月とは思えないほど晴れていたのに、夜になってから急にふぶきだし目の前を行き過ぎる人はケーキなんて目もくれずただひたすら風から身を守りながら歩いていく・・・・・。
 その中に楽しそうな人がいると思って見れば決まってラブラブのカップルたちだ。

 「いいんだけどね、別に・・・・・」
 溜息もつきたくなるっつーもんよ・・・・・。

 やがて本格的に雪も積もり始め、人通りもまばらになってきたころ、漸くケーキもあと3つを残すところ・・・・・となっていた。
「牧野さん、お疲れ、もうあがっていいよ」
 店長が、あたしのところまできて言った。
 お約束の、サンタクロースの衣装が妙に似合う人の良さそうなおじさんだ。
「あ、でも後3つ・・・・・」
「それ、持って帰っていいから」
「へ?」
 3つも?
「1つは自分用、1つは家族用。残りの1つは彼氏と一緒に食べたらいいよ。じゃあ、お疲れ様!」
 そう言って高らかに笑うと、また店の中に消えてしまった・・・・・。

 「彼氏って・・・・・・んなもん、いないっつーの・・・・・」
 脱力。
 ―――仕方ない、3つともうちで食べるか。
 そう思って、あたしは帰り支度を始めたのだった・・・・・。

 道明寺と別れて半年が過ぎていた。
 遠恋なんて、あたしには無理。
 これ以上、待つことなんて出来ないよ。
 その言葉に、半ばほっとしたように頷いた道明寺。
 世界を動かす仕事にやりがいを感じ始め、打ち込んでいた道明寺にとって、あたしはもうただの重荷に過ぎなかった。

 道明寺と別れてからも大学は続けていたけれど・・・・・
 F3との関わりは、ほとんどなくなっていた。
 ジュニアである彼らも忙しく、大学へ来てもあたしと会う事はほとんどない。
 たまに顔を合わせれば挨拶くらいはするけれど・・・・・・・
 あたしは、あの非常階段に顔を出すこともなくなっていた・・・・・。

 ケーキをビニール袋に3つ入れ、ワゴンを店の裏の倉庫にしまいに行こうとしたとき・・・・・・
「牧野?」
「へ?」
 ふいにかけられた声。
 振り向こうとして、足元のぬかるみに気付かず・・・・・・
「危ない!」
「うわあ!」
 バシャッ!
 派手な音とともに見事にすっ転び、サンタの真っ赤な衣装は、見事に泥まみれ・・・・・・
「あーあ・・・・・大丈夫?」
 そう言ってあたしを覗き込んでいたのは・・・・・
「花沢類・・・・・」
 この猛吹雪の中、傘もささずに雪にまみれながら立っていたのは、紛れもなく花沢類だった・・・・・。


 倉庫で服を着替え、バッグとケーキを手に外へ出ると、黒いコートに白い雪を積もらせた花沢類が、にっこりと笑った。
「お疲れ。やっぱり今日もバイトしてたんだ」
「そりゃ・・・・・・ってか、花沢類は何でここにいるの?どこか行くところじゃなかったの?」
「ん。牧野のところに」
 当然のように言われ、あたしは驚く。
「は?何で?」
「クリスマスだから」
「???あ、それで思い出した。このケーキ、1ついらない?」
 1つだけ、別のビニール袋に入れたケーキを差し出す。
「え?」
「余ったの、3つ。店長に頂いたんだけど、さすがにうちも3つは要らないし。花沢類、持って帰って食べない?」
 そう言うと、花沢類は戸惑ったように首を傾げた。
 薄茶色のビー玉のような瞳が、ケーキの箱を見つめる。
「・・・・嬉しいけど・・・・うちも俺の他は使用人しかいないから、もらっても・・・・・」
「じゃ、使用人の人たちにも食べてもらってよ。だめになっちゃうのもったいないし。ね?」
 そう言って笑うと、花沢類はあたしの顔を一瞬驚いたように見て・・・・・ぷっと吹き出した。
「な、何よ」
「いや・・・・・じゃ、それ、一緒に食べようよ」
「は?」
「うちにおいでよ」
 そう言って、花沢類はにっこりと微笑んだのだった・・・・・。


 そのまま花沢類の家に連れて行かれたあたしは、コーヒーを入れてもらい、花沢類と2人でケーキを食べていた。
「甘い・・・・・」
 ちょっと顔をしかめる花沢類。
 相変わらずの彼に、あたしの頬が知らずと緩む。
「そりゃ、ケーキだもん。でもおいしい」
 冷え切っていた体が、温かいコーヒーと暖房の聞いた部屋のおかげで急速に溶けていくようだった。
「・・・・・・久しぶりだね」
 花沢類が、穏やかな瞳であたしを見つめる。
「だね。大学でも最近会ってなかったから・・・・・・」
「非常階段にも、来なくなったでしょ?」
 その言葉に、どきりとする。
「・・・・・・うん」
「・・・・・・司と別れて・・・・・俺たちとは会いたくなくなった?」
「そ、そういうわけじゃ・・・・・」
 ただ、なんとなく会いづらかったから・・・・・・
「俺は・・・・・会いたかったよ、牧野に」
 急に真剣な声で言われ、はっと顔を上げる。
 透き通るような瞳が、あたしを見つめていた。
「花沢類・・・・・・?」
「ずっと、会いたかった・・・・・・。避けられてるのはわかってたけど・・・・・司と別れて、俺たちの関係も終わりなんて、そんなものにして欲しくなかった」
「ご、ごめん、あたしはただ・・・・・・」
「牧野」
 俯いたあたしの手を、花沢類の大きな手が捉える。
 はっとしてその手を引こうとしたけれど、花沢類は手を離さなかった。
「俺は、傍にいちゃダメ?」
「花沢類・・・・・」
「牧野の傍にいたい・・・・・・。司のことを忘れられなくても良い。友達のままでいいよ。傍に・・・・・いさせて」
 ゆっくりと顔を上げれば、真剣な眼差しとぶつかる。
「俺には・・・・・牧野が必要なんだ・・・・・。避けられて・・・・・会えないことが、こんなに辛いと思わなかった。何にも手につかなくて・・・・・いつも、クリスマスなんて興味なかったのに、今年は牧野のことがどうしても気になって・・・・・・一緒にいたかったんだ、牧野と・・・・・」
「花沢類、あたしは・・・・・」
「ずっと支えたい。牧野が辛いときには、傍にいたい。たとえ俺に友情以外のものを感じなくても・・・・・・いずれ他の男を好きになる日が来ても・・・・・・それでも俺は、牧野の傍にいたい。そう思うのは・・・・・迷惑・・・・・?」
 あたしの瞳からは、涙が溢れていた。
 気付けば目の前がぼやけて、花沢類のきれいな顔が霞んで見えた。
 それでもあたしは花沢類を見つめながら首を振った。
「牧野・・・・・・?」
「迷惑なんかじゃ・・・・・・ないよ。他の男なんて・・・・・・言わないで」
 ぽろぽろと零れる涙を、手の甲で拭う。
「道明寺と別れて・・・・・・もう、関わりたくないと思ってF3とも距離をとってた・・・・・・・花沢類の傍にいたら、きっと甘えちゃうから・・・・・もう、利用しちゃいけないって・・・・・・・でも・・・・・」
 あたしはしゃくりあげながら、必死に言葉を紡いでいた。
「でも、会いたくて・・・・・・道明寺と別れた事より・・・・・・なによりも・・・・・・花沢類に会えなくなることが、悲しかった」
「牧野・・・・・・」
「毎日・・・・・花沢類のこと考えてた・・・・・・こんな都合のいいこと、考えちゃいけないって、あたしって最低な女だと思って・・・・・・やっぱり花沢類には会えないって思った・・・・・・それでもやっぱり忘れられなくって・・・・・・ずっと・・・・・辛かった・・・・・・」
「牧野」
 ふわりと、花沢類の腕があたしを包み込んだ。
 花沢類の胸の音が、あたしの耳元に響いていた。
「同じって・・・・・・思ってもいいの?俺の思いと、牧野の思いは同じって・・・・・・」
 花沢類の言葉に、あたしは無言で頷いた。
 あたしを抱きしめる腕に、力がこもる。
「好きだよ・・・・・・牧野が、好きだ・・・・・」
 耳元で囁かれるちょっと震えた声。
「あたしも・・・・・好きだよ・・・・・」
 漸く言葉に出来た、あたしの思い・・・・・。

 ふっと腕が緩み、体を離すと目の前には花沢類のビー玉のような瞳。
「ずっと・・・・傍にいたい・・・・・」
「ずっと、傍にいて・・・・・?」
 ゆっくりと、近づく2人の距離。

 唇が重ねられ、2つの影がひとつになり・・・・・・・
 そのまま、離れることが出来なくなってしまったかのようにずっと、あたしたちは何度もキスを繰り返し、抱きしめあい・・・・・・

 クリスマスの朝には、2人で真っ白になった街を眺めていた。
 暖かい部屋で、毛布に包まりながら・・・・・・
 プレゼントは何もない。
 でも、2人にとって何よりも大事なものを手に入れた、最高のクリスマスだった・・・・・。

                             
                                       fin.









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