The unexpected guest
「クリスマスは、2人きりで過ごしたいな」
頬をピンクに染めて、そう言ったのは蘭だ。そん時の顔が超絶に可愛くって、俺は2つ返事で承諾し
た。もちろんこの日ばかりは目暮警部にも言って、呼び出さないようにしてもらっていた。
そして準備万端整え、明日の朝まで蘭との時間を堪能してやろうと思ってたんだ。
それなのに・・・どうしてこうなるんだ?
いや、確かに、今俺の家に蘭はいる。
だけど!どうして2人きりのクリスマスのはずが、こうなっちまうんだ?
俺は思いっきり溜息をついた。
「新一?どうかした?」
蘭が、かわいらしく小首を傾げる。その表情は抱きしめたいほど可愛いってのに・・・。蘭の膝に抱
かれたそれが邪魔で、それも叶わないなんて。
それは、柔らかそうなキャラメル色の毛皮に包まれた、耳の長い小さなもの・・・
「なんで、クリスマスプレゼントにうさぎなんだ?」
と、俺が先刻から疑問に思っていたことを口にする。蘭は嬉しそうに笑い、
「前にね、テレビで見てて可愛いって言ったのを覚えてくれてたみたい。このうさぎね、あのピーター
ラビットと同じ種類なんだって。ちゃんと血統書もついてて、大きさは2キロぐらいまでしか成長しな
いんだって。ホント可愛いよねえ、小さくって」
と言うと、うっとりとそのうさぎを見つめた。
そう、蘭の膝に抱かれたそのうさぎは、今日蘭の母親である妃英理からプレゼントされたものらしい。
確かに小さくてふわふわしたその姿は愛らしいが・・・でも、なんだってここにつれて来るんだよ?
「この子、まだ赤ちゃんなのよ。お母さんと引き離されたばっかりで、すごく寂しいみたい。だから、
一緒にいてあげたくて」
蘭の言葉に、俺ははっとする。
蘭は、小さい頃に母親が家を出てしまい、ずっと寂しい思いをしていたのだ。きっと、このうさぎに
小さな頃の自分を重ねているんだろう。
そう思うと、俺はもう、文句を言う気にはなれなかった。
「名前とか、あんのか?」
「うん。クリスマスプレゼントだからね、クリリン!」
得意満面にそう言う蘭に、思わず俺はずっこける。
ク、クリリン・・・。すげえネーミング・・・。
「何よォ、可笑しい?」
俺の態度に、蘭は頬をぷうっと膨らませる。それがまた可愛くて・・・俺は、我慢できずに蘭のその
かわいらしい唇に、ちゅっとキスした。途端に、蘭の頬がポッと赤く染まる。
「おかしかねえけどさ。おめえ、ただでさえ部活とか家事で忙しいのにそいつの世話なんかできんのか
よ?」
「うん、大丈夫。お父さんにも頼んであるし」
「おっちゃんに?大丈夫なのか?」
「うん。あれでもお父さん、結構世話好きなのよ?」
「ふーん・・・?」
多少疑問は残るが・・・まあ、あの英理さんのプレゼントだもんな。たぶん、大丈夫なんだろう。
蘭は、膝の上で寝てしまったクリリンを、そっと持ってきたカゴに入れた。
「お腹すいたでしょう?すぐ作るから待っててね。もう、ほとんど出来てるんだ。あとは火を通すだけで」
と言って、さっさとキッチンへ行こうとする蘭の手を掴み、ぐっと引っ張る。
「きゃ!」
引っ張られてよろけた蘭が、俺の膝の上に座る。
「ちょっと、新一!」
文句を言おうとした蘭の唇を、自分のそれで塞ぐ。
「!―――――んっ―――」
慌ててじたばたする蘭の体を抱き込み、更に深く口付ける。
やがて、蘭の体から力が抜け、おとなしく俺の膝におさまると、俺は漸くその唇を解放した。
蘭が真っ赤な顔をして、上目遣いに俺を睨む。その表情が、更に俺を煽ることも知らないで。
「もう・・・」
「仕様がねえだろ?さっきからずっと我慢してたんだから」
「我慢?」
きょとんとした顔で小首を傾げる蘭が、また可愛くて、再びその頬にキスをする。
「あんっ、ね、ご飯作らなきゃ・・・」
「あとでいいよ」
俺はその腕を緩めず、額に、耳に、キスを落とす。
「んっ・・・だって、今日はケーキもあるんだよ?」
せっかく作ったのにと、頬を膨らませる蘭に、仕方なく俺は腕を緩めた。
「わーったよ。んじゃ、あとで、な・・・」
にっと笑い、蘭の頬にもう一度キスをすると、蘭は赤くなりながらも小さく頷き、俺の膝から降りて
、キッチンへ行ってしまった。その後姿を、愛しさを込めて見つめる。
今日は、蘭も泊まっていくつもりで来てくれている。それがどうしようもなく嬉しかった。
テーブルにちょっと豪華な料理が並べられ、シャンパンをグラスに注ぎ、2人きりのクリスマスパー
ティを始める。
「メリークリスマス、新一」
「メリークリスマス、蘭」
チリン、とグラスの触れ合う音が響き、2人微笑み合う。こんなふうに2人きりの時間を過ごすのも
久しぶりだった。
「蘭、いつも1人にさせてごめんな?」
と、俺が言うと、蘭はふわりと笑い、
「ううん、いいの。わたしは、探偵をしてる新一も好きだから」
嬉しさに、胸が詰まる。
「それに・・・」
「それに?」
「これからは1人じゃないもん」
楽しそうに笑う蘭を、俺は訝しげに見つめる。
「1人じゃないって・・・どういうことだよ?」
「ふふ・・・。これからは、クリリンが一緒にいてくれるからね。寂しくないよ?」
と言って、蘭はソファに置かれたカゴの中のクリリンを優しい瞳で見つめた。
「・・・・・」
なんとなく、複雑な気分だった。蘭が寂しい思いをしなくてすむのは結構なことだが・・・。
そんな顔、俺以外の奴に見せて欲しくないんだけど・・・。とは思っても、相手がうさぎではさすが
に言いづらい。
「新一?食べないの?」
蘭が黙ってクリリンのほうを見ていた俺を、不思議そうに見つめて言う。
「いや、食べるよ」
俺は慌てて料理に手を伸ばした。
時間をかけて作ったと言うだけあって、蘭の料理はどれもすごくおいしかった。全てが、見事に俺の
好みにぴったりで、さすがと言うほかなかった。
「すっげー美味いよ」
と言うと、蘭は嬉しそうに頬を染め、にっこりと笑った。
くううーーっ、すげー可愛い!もう、ゼッテー離せねえよなあ、こいつだけは・・・
俺が蘭の顔に見惚れていると、ソファのほうで、カタンと音がした。
「あ、クリリン、起きたみたい」
見ると、カゴの中のクリリンが目を開けてこちらを見ていた。
「うふふ、こっち見てるよ?やっぱり可愛いねえ」
うっとりとクリリンを見つめる蘭。
・・・だから、そういう顔を俺以外の奴に見せんなって・・・。
俺は、蘭に気付かれないよう、そっと溜息をついたのだった・・・。
クリスマスケーキは、俺の好みに合わせた、甘さ控えめの紅茶のシフォンケーキだった。
これまた、店に出してもおかしくないほどの出来栄えだった。
「すげえな、ケーキ屋もできるぜ?おめえ」
「大げさだよォ。本見て作ったんだもん、誰にでもできるよ?」
蘭は照れくさそうに、それでも嬉しそうに微笑む。
軽くて、食べやすいそのケーキを2人であっという間に平らげた後、、紅茶を飲みながら、蘭がクリ
スマスプレゼントの包みを取り出した。
「ハイ、新一。今年は、ちょっとがんばって2つ作ってみたの」
照れくさそうに渡された包みを受け取り、丁寧にそれを開ける。
中から出てきたのは、オフホワイトのセーターと、お揃いの毛糸で編まれた手袋だった。
「へえ、すげえな、上達したじゃん」
「そう?新一、冬も外にいることが多いでしょう?だから・・・」
「ああ。サンキュー」
俺は、プレゼントを自分の脇へ置くと、ソファの下に隠しておいた、小さな箱を取り出した。
「俺からは、これ」
金色の包装紙に包まれたその箱を渡すと、蘭は丁寧にその包みを開けた。
中から出てきたのは、赤いビロードで作られたハート型の箱。蘭は、無言のまま、その箱を開けた。
「・・・新一・・・」
「ん?」
「これ・・・」
「うん」
箱に入っていたのは、小さなエメラルドのはめ込まれたシルバーの可愛いリング。
俺は、呆然としている蘭の手からその箱を取ると、中の指輪を取り出した。
「蘭、手ェ出せよ」
「え?」
「手。―――はめてやるから」
さすがに、ちょっと照れくさくてそっぽを見て言うと、蘭は瞳を潤ませながら、右手を差し出した。
それを見て、俺は顔を顰める。
「おめえさ・・・」
「え?」
「普通、左手ださねえか?こういうとき」
俺の言葉に、蘭ははっとし、顔を赤らめた。
「あっ、ご、ごめん、ボーっとしてて」
慌てて左手を出す蘭に、俺は苦笑いする。
ま、こういうところも可愛いんだけどな。
俺は差し出された左手を取ると、その細い薬指に、指輪をはめた。
「良かった。ぴったりだな」
「新一・・・これ・・・」
「ん・・・これは、予約。本番ときは、もっとちゃんとしたやつやるから」
顔を赤くして言う俺を、潤んだ瞳で見ながら、蘭は首を振った。
「蘭?」
俺は、黙って首を振る蘭に、少し不安になった。
いや、なのか?
「これでも・・・充分だよ。新一・・・ありがと・・・」
とうとう堪えきれなくなったのか、大きな瞳から真珠のような涙をぽろぽろと流しながら言った。
「蘭・・・」
俺はほっとして、蘭の体を抱き寄せた。蘭も素直に俺に体を預けている。
「蘭・・・俺、きっとおめえを幸せにするから・・・今はまだ半人前で、おめえに寂しい思いさせちま
うこともあるけど。でも、絶対おめえのところに戻ってくるって約束するから・・・」
「新一ィ・・・」
「だから・・・ずっと、俺と一緒にいてくれよ・・・」
「うん・・・うん・・・」
俺の肩に顔を埋めたまま、何度も頷く蘭。
可愛くて、愛しくて、俺は力を込めて蘭を抱きしめた。
「蘭・・・顔、上げろよ」
「や・・・涙でぐちゃぐちゃだもん、恥ずかしい・・・」
「いいから・・・」
恥ずかしがる蘭の顔を両手で包み込み、俺のほうに向けさせた。涙に濡れた瞳が、俺を映し出す。
「蘭・・・愛してる・・・」
「新一・・・わたしも・・・」
蘭が、ゆっくりと瞳を閉じた。俺は、そっと顔を近付け、自分のそれを蘭の唇に重ねた。
涙で、少ししょっぱい味のする唇に、何度も角度を変えながら口付ける。
歯列をなぞり、その隙間から舌を滑り込ませると、その口内を徘徊し、蘭の舌を絡め取る。貪るよう
にその唇を味わい、蘭の息が続かなくなるまで続ける。そっと盗み見た蘭の表情はせつなげに眉が寄せ
られ、なんとも言えない色気を醸し出していて・・・俺は、自分の体が熱くなるのを感じた。
力の抜けた蘭の体を、そっとソファに横たえようとした、ちょうどその時―――
『ガタタンッ』
というすごい音がして、俺たちはギョッとして思わず動きを止めた。
「な、なんだ?」
「あ!」
音のした方を見ると・・・クリリンの入っていたカゴの蓋が開き、クリリンがカゴの外に出てちょこ
んと座っていたのだった。
「クリリンっ」
蘭が、パッと俺の腕の中から飛び出し、クリリンに駆け寄る。
突然ぬくもりを失った俺の手は、行き場を失い、宙を彷徨った。
「・・・・・」
「もう、吃驚するじゃない。このカゴ、蓋の鍵が壊れてるのね。直るかなあ。ね?新一?」
蘭が、くりんとこっちを見て言う。
「え?あ、ああ、直せると思うけど・・・ちょっと待ってろよ」
と、俺は力なく言うとソファから立ち上がり、ドライバーを取りに行くべく、リビングを出たのだっ
た・・・。
「はあ・・・」
部屋を出たとたん、俺の口から大きな溜息が漏れる。
何でこうなるかな・・・。いいところで邪魔しやがって・・・まさか、分かっててやってるんじゃね
えだろうな、あのうさぎ。などと、我ながらバカらしいことを考えながら歩いていたが・・・ふと、あ
ることを思いつき、立ち止まる。
そうだ・・・あの蓋を直して、ちゃんと鍵がかかるようにしておけば、もう邪魔されねえんだよな?
・・・なんだ、簡単なことじゃねえか。よし!ゼッテー開かないようにしてやるぞ!
俺は、さっきまでの落ち込みはどこへやら、急に元気になって口元に不敵な笑いを浮かべながら、張
り切ってドライバーを取りに行ったのだった・・・。
そしてその夜・・・カゴの中で暴れまくるクリリンに、何度も邪魔されることになることをこのとき
の俺は、まだ知らなかった・・・。
このお話は10.000番をゲットして頂いたyosirou様のリクエストによる作品です。
ラブラブなお話は、書いてて楽しいですね。そして、新一がバカなほど楽しい(笑)
クリスマスに絡めてということだったので、どうにか間に合うようにとちょっと急いじゃいましたが、
いかがだったでしょうか?楽しんでいただけたら嬉しいです♪
それでは♪
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