ふと、目が覚める。
さっきまで確かに感じていたぬくもりが消えていた。
眠るとき、この腕に頭を乗せ静かな寝息をたてていたはずなのに・・・・・
「―――つくし?」 司の呼びかけに、答える声はない。 慌てて体を起こし、ベッドを降りようとして―――
バルコニーに、人影があるのに気付く。
バルコニーに置かれた白いロッキングチェアーに座り、ゆらゆらと揺れる影。 あれは―――
「つくし」 静かに窓を開け、声をかけるとつくしがゆっくりと振り向いた。 「あ・・・・ごめん、起こしちゃった?」 ふわりと微笑むつくしの腕の中には、すやすやと眠る愛娘、光の姿が。 「どうした?」 「さっき、ちょっとぐずって・・・・・。起こしちゃいけないと思って、すぐにここに連れて来たんだけど」 「俺のことは気にするな。もう寝たのか?」 司の言葉に、つくしは再び光に目を落とし、愛しそうに見つめる。 「うん、やっとね・・・・・。すぐにベッドに寝かそうとするとまた起きちゃうから、暫くここにいようかと思って」 月明かりの下、ロッキングチェアーに揺られるパジャマ姿のつくしと光。 思わず見惚れるほどの美しさに、司は目を細めるが・・・・・
「いつまでもこんなとこにいたら風邪ひくぞ。まだ夜は冷える」 司の言葉に、つくしは再び顔を上げる。 「でも・・・・・」 「抱いてれば、大丈夫なんだろう?そのまま、一緒に寝ればいいだろう」 「いいの?またぐずりだしたりしたら、起こしちゃうかも。久しぶりにうちで寝られるのに―――」 3ヶ月ぶりの我が家。 来週にはまた、アメリカへ行かなければいけない。 「だからこそ、だろ?1週間しかこっちにいられないんだ。光のぬくもりを、この腕にしっかり残していきたい」 その言葉に、つくしが嬉しそうに微笑む。 「うん・・・・・」
ゆっくりと立ち上がり、司に肩を抱かれ部屋に入っていくつくし。 そのまま静かにベッドに横たわると、いつものように司の腕枕に頭を寄せ、2人の隙間に光を寝かせた。 少し身じろぎしたものの、そのまま静かな寝息をたて続ける光の姿に、2人でほっと息をつく。
「・・・・・お前に、任せきりにして悪いな」 司の言葉に、つくしは首を振った。 「そんなこと、気にしてない。すごくがんばってくれてることわかってるし・・・・。大変だけど、みんながいろいろ手伝いに来てくれるから、楽しいよ」 「寂しくないか?」 「うん、大丈夫」 「・・・・・それもちょっと、複雑だな」 溜め息とともに呟かれる言葉に、つくしが思わず噴出す。 「笑うなよ」 「だって・・・・・」 司と結婚して、1年後には娘の光も生まれて・・・・・ 大変だけれど、毎日幸せを感じていた。 愛するものといられる幸せ。 でもそれだけではなく・・・・・ 「俺といる時間より、類たちといる時間の方が絶対長いだろ」 拗ねたような司の口調に、くすくすと笑うつくし。 「だって、毎日のように来るんだもん。美作さんなんて、あたしよりも光あやすのうまいし。西門さんも、マイフェアレディーだなんて言ってる」 「ふざけろ。ぜってーあいつらにはやらねえぞ」 額に青筋を立て、光を抱きしめようとする司に、つくしも慌てる。 「ちょっと、起きちゃうよ」 「―――お前は、大丈夫だろうな」 「何が?」 「類と・・・・・何もねえだろうな」 「当たり前、でしょ?」 にっこりと微笑むつくしに、漸く安心したように微笑む司。
毎日のように屋敷に押しかけてくる友人たち。 その存在が、つくしにとってとても大きなものであることは、司も承知していた。
この広い屋敷で、子育てに追われる毎日が大変じゃないわけはない。
家を空けることが多い夫の司。 使用人たちの助けはあるものの、精神的に孤独感に襲われることは避けられないことと、半ば覚悟していたのだが。 それを埋めてくれるのは、高校時代からの友人たちだった。 もちろん、自分たちだって忙しいのだ。 それでも、毎日誰かしらが顔を出して光とつくしの様子を見に来てくれるのが、つくしにはとてもありがたかった。 傍にいて、話し相手になってくれるだけでもかなり違うものだ。
そしてそんなふうに妻の力になってくれる親友たちに、司だって感謝しているのだ。 心配事はあるものの・・・・・ それでも家に帰って来たときに迎えてくれるつくしの笑顔が変わりないことに、ほっとする瞬間。 それはやはり親友たちのおかげであると、理解していた・・・・・。
暫くすると、司の腕に頭を乗せてすやすやと寝息をたて始めるつくし。 司はそんな愛しい妻と妻にそっくりな愛娘の寝顔に、目を細め・・・・・
優しくつくしの額にキスを落とした。
そして、次に目覚めたときにも、2人の穏やかな寝顔が見れるといいと思いながら目を閉じたのだった・・・・・。
fin.
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